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いつかは噴火するのでしょうが、できれば噴火してほしくないですね。
でも、不気味な兆候は続いてますね。
噴火しないことを祈りましょう。
そして備えましょう。
富士山「10年以内に噴火」危機!
“奇妙な連鎖”が意味するもの
都市機能を壊滅させる首都直下地震に、巨大津波が襲う南海トラフ連動地震。2011年3月の東日本大震災に続く未曾有の天災に警戒感が高まる一方、地震と密接な関係がある火山も不気味な動きを見せている。5月に入ってから、環太平洋火山帯に属する世界各国の火山が相次いで噴火したり、活動を活発化させたりしているのだ。この火山帯には実は日本列島も含まれる。富士山も無縁ではないようだ。
北米、南米、日本列島と太平洋の周囲をぐるりと帯状に広がる環太平洋火山帯。太平洋プレートを中心とする海洋プレートが、その周辺のプレートの下に沈み込むことで形成された火山列島や火山群が集まる地球の“火薬庫”のような一帯だ。 過去に起きた超巨大地震、マグニチュード(M)8.6以上のほとんどが集中するこのエリアで、いま異変が起きている。 「今年に入って環太平洋火山帯に位置する火山が立て続けに噴火や活動 を活発化させている。その分布範囲も広く、東南アジアから北米、中南米に まで及んでいる。」(地震学者) 最近の例を挙げるだけでも、5月7日にフィリピンのマヨン山(標高2462メm)が噴火し、8日に中南米エクアドルのトゥングラワ山(5023m)が活動を活発化。13日には米アラスカ州南部のパブロフ山(2519m)、その翌14日には中南米メキシコのポポカテペトル山(5465m)が噴煙を上げた。 この奇妙な連鎖は何を意味するのか。 火山地質を研究する千葉大大学院理学研究科の津久井雅志教授は「なかには普段から火山活動が活発で、断続的に噴火を繰り返しているのもある。ある一時期に噴火が重なったからといってすぐに関連性を見いだすことはできない。」としつつ、気になる指摘をする。 「環太平洋火山帯では、M7以上の大地震の前後に火山が噴火することが 多い。M9.1を記録した2004年のスマトラ沖地震の後では、インドネシア の火山が相次ぎ噴火した。スマトラと同程度の規模だったM9.0の東日本 大震災が同じように周辺の火山噴火を誘発するとも考えられる。」(津久井 氏) 噴火リスクを抱える日本列島の活火山といえば、真っ先に思い浮かぶのが富士山だ。1707年に発生した「宝永地震」(M8以上)の49日後に噴火し、「宝永大噴火」として大量の火山灰を降らせた。それから300年以上も沈黙を続けている。 山梨大学地域防災・マネジメント研究センター長で、同大大学院の鈴木猛康教授は、地震と火山との関連を「火山活動も地震活動もプレート理論でいえば、プレートの動きに影響されるという意味で同じ現象。地震活動が活発になると、火山全体が揺さぶられたり、火山を構成する岩盤にかかる応力が変化する。これによって、地中深くのマグマだまりが上昇して噴火を起こす。」と説明。火山の噴火直前には震源の浅い地震が頻発し、地磁気が乱れるなど、はっきりとした前兆も現れるという。 いまのところ、富士山に明らかな兆候が出ているわけではないが、鈴木氏は「過去の例からみても、富士山は大地震の後に噴火を起こしている。環太平洋火山帯で頻発する火山噴火も広い意味で東日本大震災の影響を受けた可能性があり、富士山も今後、10年ぐらいの間に噴火する危険はある。」と危ぶむ。 未曾有の大地震が、霊峰を長い眠りから目覚めさせるのか。 十勝岳「大正火口」で発光現象確認
十勝岳の大正火口で確認された発光現象
北海道大雪山系十勝岳(標高20m)の山頂北西にある「大正火口」で9日午後8時半ごろ、付近が明るく見える発光現象が確認された。札幌管区気象台によると、火口付近で高温ガスや硫黄が燃えたとみられる。規模が小さく噴火の恐れは無いが、火山ガスが登山道に流れる可能性があり、気象台は注意を呼びかけている。 発光現象は、大正火口から西約3kmの吹上温泉(上富良野町)に設置された道の高感度カメラで観測され、午後11時10分ごろまで続いた。マグマ上昇を示す火山性地震の増加や火山性微動は観測されず、地殻変動や空気振動(空振)のデータにも変化が無かったため、警戒レベルは平常時の「1」のままとした。 大正火口では、昨年6月30日〜7月5日に発光現象が6日連続で観測され、8月13日にもごく弱い発光が観測された。今回の発光はそれ以来。規模もほぼ同じで、肉眼では確認できなかったという。 気象庁の火山の活発度を示すランクで、十勝岳は最高のA。大正火口は2010年から噴煙が続き、昨年12月には火山性地震も観測された。札幌管区気象台火山監視・情報センターは「すぐに噴火する恐れは無いが、火山としての活動は徐々に活発化している。引き続き推移を注視したい」としている。 地元の美瑛町と上富良野町は十勝岳の入山規制は行わず、予定通り16日に山開きする。両町とも「現段階では危険性は無いと考えている」と説明している。 |
震災・災害
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あれからもう22年なんですね。
あの時、初めて“火砕流”という言葉を知り、火砕流の映像を見て怖さを知りました。
自然の怖さを思い知らされた時でもありました。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
普賢岳の大火砕流から22年、
各地で追悼行事
犠牲者追悼之碑に献花し、手を合わせる古川隆三郎・島原市長ら
43人が犠牲となった長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流は、3日で22年を迎えた。
被災地の同県島原市では、この日を「いのりの日」と定めており、各地で追悼行事が営まれた。 被災者の移転先となった同市仁田町の「噴火災害犠牲者追悼之碑」の前には、朝から献花所が設けられ、遺族や市民らが白菊を手向けた。 日本テレビカメラマンだった小村幸司さん(当時26歳)の両親で和歌山市から駆けつけた文宏さん(78)夫妻は白菊を手向け、「何年が過ぎても私たちの中では息子の姿は当時のまま。『今年も来たよ。来られる限りは会いに来るよ』と語りかけました。」と声を詰まらせた。 大火砕流が発生した午後4時8分には、防災無線を通じてサイレンが鳴り、市民が黙とうをささげる。 大火砕流から3日で22年
死者・行方不明43人を出した長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流発生から3日で22年を迎える。同県島原市ではさまざまな追悼行事が予定され、被災した消防団員が詰めていた北上木場農業研修所跡近くでも二十三回忌法要が営まれる。長男透さん(当時24歳)を亡くした同市新湊、元大工、佐藤均さん(75)は災害遺構の保存活動に汗を流してきた。「お父さんたち家族を見守ってくれ」。法要では、そう語りかけるつもりだ。
1991年6月3日午後4時前。佐藤さんは、避難所の市立第五小学校体育館でテレビのニュースを見ていた。農業研修所に入っていく消防団員の透さんの姿が映し出され「きょうも警戒に行っとるな」と思っていたところ、間もなく大火砕流が起きた。 透さんは火砕流に巻き込まれ、すぐに長崎市の長崎大学病院に搬送された。集中治療室ではベッドに横たわり、顔も手もきれいだった。口から管を入れられ痛々しかったが、佐藤さんの質問にうなずき安心した。 しかし、それもつかの間だった。意外にやけどがひどく、日に日に体調は悪化。顔は次第に黒ずみ、呼びかけても反応は無くなった。延命措置をするかどうか。医師に聞かれたが「苦しめるだけだから」と断った。16日後、静かに息を引き取った。 透さんは高校卒業後、大工だった佐藤さんを追うように工務店に就職。2級建築士の資格を取って現場監督も任されるようになっていた。約1年前には透さんの設計で2世帯住宅が完成したばかりだった。その大切な家屋も火砕流によって一瞬にして失った。 「真っ暗闇」−−。 佐藤さんにとってそんな日々を送る中、希望の光を差し込んでくれたのは、やはり家族だった。97年から2001年にかけて同居する次女夫婦に赤ちゃん2人が相次いで誕生。孫ができたのをきっかけに、こう思えるようになった。 「何もしてやれなかった透に今、何ができるのか。」
大火砕流から10年の節目を迎えた01年、上木場災害遺構保存会の発足に参加。研修所跡の保存活動を始めた。 透さんも乗ったはずの消防車や、焼けたパトカーを掘り起こしては水で洗った。見つかった消防の半鐘を磨き、研修所跡に慰霊の鐘として設置した。04年の追悼式では、2歳になった孫の聖也(まさや)君を抱き上げて一緒に鳴らした。 6月3日が近づくたびに研修所跡周辺で草刈りをしてきた。しかしメンバーの高齢化で10年を最後に打ち切られ町内会連合会が引き継いでいる。佐藤さんも体調を崩したが「透にしてやれる唯一のこと。そう思い活動してきた。やりきった。」 05年には、研修所跡に苗木を植えた。透さんが建てた住宅近くで火砕流に遭いながらも生き残った柿の木の種から育ち高さ約1.5mに伸びている。佐藤さんは「孫とともに成長を楽しみにしています。」と言って目を細めた。 |
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いろいろな見方があるけど、ないよりはマシ。
意識改革するためもの。
とにかくいざに備えましょう。
それしか助かる道はない。
ハザードマップ
「逆に避難を妨げる」との見方
住民の避難方法を示した新型のハザードマップ
32万人の犠牲者が想定される「南海トラフ巨大地震」に関しては、昨年7月に公表された中間報告などで、「人命確保」を第一に、迅速な住民避難を促すことがうたわれている。
しかし、避難促進を目的に、国が自治体に、住民への周知を求めるハザードマップ(浸水域想定図)について、専門家から「逆に避難を妨げる」として、厳しい見方が出ている。
◆根幹は意識改革 「災害に向き合える国民強靱(きょうじん)化を目指すべきだ。」 先月11日の衆院予算委で、群馬大の片田敏孝教授は「国民の意識改革が津波地震対策の根幹」と主張した。片田教授は、岩手県釜石市の小中学生ほぼ全員約3000人が避難した「釜石の奇跡」の立役者。冒頭の発言は釜石での10年間の防災教育・訓練の取り組みを背景にしたものだ。
この発言を裏付けるように、昨年6月の災害対策基本法の改正では、釜石にならい、防災意識の向上を「住民の責務」とした。 こうした中、「南海トラフ巨大地震」の対策が検討されてきたが、昨年7月に公表された「中間報告」で、「安全で確実な避難の確保」の項目の第1項で掲げられたのが「ハザードマップ等の整備促進」だった。 ◆「安全」思い込み ハザードマップについて、片田教授は「マップは特定の被災モデル下で、浸水域とそうでない地域が明確に表現される。居住地が浸水域でない住民は『安全だ』と思い込む傾向が非常に強い・」と指摘する。 実際、片田教授が、東日本大震災で約1000人の死者・行方不明者を出した釜石市で、犠牲者868人について、居住地を調べたところ、「居住地が浸水想定域の外にあった住民の死者数は、浸水域内にあった住民のほぼ2倍となっている。明らかに、浸水域外の住民は逃げていない。」。 この傾向は、片田教授が釜石市の生存者を対象に行った調査でも明らかになった。「浸水域外の住民」のうち、東日本大震災の際「逃げる必要をとても感じた」と回答したのは36.8%で「浸水域内の住民」の53.4%を下回った。 ◆避難考える動機に これでは、国が普及を目指すハザードマップが、かえって逆の効果をもたらしていることになる。 なぜこうなるのか。 片田教授は、その理由について、「従来のハザードマップは行政からの一方通行の情報であり、配布しているだけでは、住民は自己都合で勝手に解釈してしまうからだ。」と指摘する。浸水域外の住民が「安全だ」と思い込むのはその典型だ。 そこで、片田教授は、ハザードマップの情報をベースに、住民自らが個々人の生活状況や体力に応じ、居住地で実現可能な避難経路を考え、その情報を上書きしていくことで、地域のなかでの住民の安全度が分かる「新型ハザードマップ」を手がけている。ここでは、住民が工夫すればするほど安全度が上がり、「自ら避難を考えようという動機付けになる」という。 当然、安全度をアップさせるには、既存の避難路や避難施設では安全な避難が必ずしも可能でないことも分かってくる。 そうした場合、地域の自主防災会や自治会を舞台に、住民どうしが新たな避難路や避難施設をどうするか知恵を出し合い、行政に協力を求め、安全な地域づくりを実現するきっかけにもなる。片田教授は「広域に被害をもたらす巨大災害では、行政が住民を守るという構図は成り立たない。住民は自分で自分の命を守る算段をしなくてはいけない。」と今後の対策のあり方を主張。 住民が自ら防災行動を起こすためには、「行政からの一方通行の情報提供はいかに精緻化しても、住民の情報依存をもたらし、迅速な避難を妨げる。住民と同じ目線にたち住民と繰り返し意見交換することで役割を見いだすべきだ」としている。 【用語解説】ハザードマップ 水防法により、国などの河川管理者から示された浸水想定区域図をもとに、市町村が避難場所の情報などを加味し、住民に公表することが義務づけられている。平成6年以降、現在までに全市町村の9割以上が策定している。しかし、津波のマップについては、24年の総務省消防庁の全国市町村約670(回答率72.8%)への調査によると、488市町村(23が内陸)のうち、大震災以前から策定していたのは50%にとどまっていた。また、大震災後、新たに策定したのは7.2%、修正したのは3.3%だった。 観光客、避難どこへ 悩む京都・奈良
平日も観光客でにぎわう奈良公園
国の中央防災会議の作業部会「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」(WG)は28日、具体的な地震・津波対策などをまとめた最終報告を公表した。観光地を抱える自治体は、観光客対策にも頭を悩ませている。
年間3000万人以上の観光客が訪れる奈良県。南海トラフ巨大地震の発生後1日で14万人の避難者が想定されるが、現行の防災計画には「観光客を受け入れる避難所」という視点はない。帰宅困難となる観光客の支援マニュアル策定が急がれるが、どれぐらいの帰宅困難者が発生するか、想定できていないのが実情だ。 京都市は最悪の場合、清水・祇園地域で約2万9000人、嵯峨・嵐山地域で約1万4000人が帰宅困難になると試算。地震発生直後に地域住民らの協力も得て、寺院の境内や公園などの広場に誘導し、帰宅の可否を確認、すぐに帰宅できない観光客は3日間をめどに、住民の避難所とは別の施設に受け入れるとする避難対策の指針をまとめた。市防災危機管理室は「観光客向けの避難施設は地域の協力が不可欠。現在、担当者が説明に回っている」と話した。 「予知困難」 事前防災、対策の要
南海トラフの想定震源域と年表
南海トラフ(浅い海溝)で想定されたマグニチュード(M)9・1の最大級の巨大地震について、中央防災会議の作業部会は28日、事前防災の重要性と、地震の確実な予測は困難とする調査部会の見解を盛り込んだ最終報告を公表した。東海地震や巨大地震の直前予知に否定的な見方を示したもので、国は予知の確実性を高めるため新たな観測体制などの検討に入る。
古屋圭司防災担当相は会見で「今後、どんな観測体制で、どういう情報を伝えるかが課題。南海トラフ全域を対象に議論する場を設ける必要がある。」と述べ、予知体制のあり方を検討していく方針を示した。 南海トラフはM8級の東海・東南海・南海地震の震源域が東西に並んでおり、これらが連動して巨大地震が起きる恐れがある。気象庁は東海地震の直前予知を目指して地殻変動を監視しているが、前兆現象が検出された場合、東海を上回る巨大地震の発生の有無を予測できるかが防災上の焦点になっている。 作業部会の下部組織の調査部会は科学的な知見を検討し、前兆現象を捉えて地震の発生時期や規模を高い確度で予測することは困難との見解をまとめた。 気象庁は昭和19年の東南海地震の直前に観測された地殻変動を前兆現象と解釈し、予知の根拠としてきたが、調査部会は「疑わしい」と指摘。南海トラフの地震は「確度の高い予測は難しい」と結論付けた。 これを受け作業部会は最終報告で「新たな防災体制のあり方を議論すべきだ」として、予知を含む防災体制の再検討を求めた。 最終報告は巨大地震の被害について「国難ともいえる巨大災害」と強調。その上で避難を主体とする津波対策や耐震化の徹底を求め、新たな法的枠組みや達成時期を明記した防災戦略が必要だとした。これに基づき国は今年度中に対策大綱を策定する。 復興が遅れると「国としての存立に関わる」として事前の防災対策を重視。被災地では行政の支援が行き届かないため、家庭で1週間分以上の食料などを備蓄するよう求めた。 ■最終報告の骨子 ・津波対策は住民避難を中心に「命を守る」ことを基本とする ・防波堤、避難路整備などハード面と、避難訓練などソフト面の両方で対策 ・事前の防災対策を強化、家庭備蓄を1週間分以上に ・地震予測は研究・観測のあり方について検討を進め、新たな防災体制を議 論 滑り24時間監視 効果疑問 成功率「大変低い」
東海地震の前兆滑りの仕組み
南海トラフの東端に位置する東海地方では、フィリピン海プレート(岩板)が陸側プレートの下に沈み込んでいる。両プレートの境界は強く固着しており、陸側が地下に引きずり込まれてひずみが蓄積。これが限界に達すると境界部が大きく滑って陸側が跳ね上がり、東海地震が発生する。
気象庁は地震直前にプレート境界の一部がはがれ、ゆっくりと滑り始める「前兆滑り」と呼ばれる現象が起きる可能性があるとして、この検知による予知を目指してきた。 根拠は昭和19年に起きた東南海地震の約3日前に観測された地殻変動だ。気象庁はこれを前兆滑りと解釈し、同様の現象が東海地震の直前にも起きる可能性があるとして、高感度のひずみ計を設置して24時間態勢で監視している。 しかし調査部会は、この現象を前兆滑りと解釈するには「疑わしい点があり、確定的な結論を得ることは困難」と指摘。プレート境界の滑りではなく別の現象の可能性や、単なる測量誤差の疑いもあるとした。 気象庁は従来、前兆滑りが小規模だった場合などは予知できないと認めてきた。しかし、調査部会の報告は予知の前提条件を事実上否定したもので、信頼性は土台から崩れた形だ。 予知の成功率は算出できないが、地震学者は高くても2、3割とみており、調査部会では「大変低い」との厳しい意見が出た。 東海地震の予知を担う気象庁判定会の阿部勝征会長は前兆滑りの信頼性が否定されたことについて「学問の進展とともに予知の見方が変わりつつある。反論はしない。予知は百パーセントを保証するものではない。」と述べた。気象庁の土井恵治地震予知情報課長は「前兆滑りが完全に否定されたわけではなく、可能性がある以上、きちんと監視する意義はある」と話す。 前兆を検知した場合、東南海・南海地震との連動を予知できるかも重要な検討課題だったが、調査部会は過去の地震の震源域は多様なことから「規模や発生時期を高い確度で予測することは困難」と結論付けた。 地震予知は米国やイタリア、ギリシャなどでも研究されてきたが、明確な成功例はなく「国際的には確実性の高い予測は困難との認識がある」と指摘した。 ■「70年前の根拠、適切ではない」 ≪鷺谷威(さぎや・たけし)名古屋大教授(地震学)の話≫ 「警戒宣言が出れば想像もつかないほどの影響が生じるが、前兆滑りはそれに見合うだけの科学的根拠はなく、政策決定に使える情報ではない。70年近く前の観測技術で得たデータを根拠とする前兆滑りに、相変わらず依存しているのは適切ではない。今の予知体制をあと10年も続けてはいけない。南海トラフの次の大地震は、東海地方で断層のずれが始まったとしても、震源域がどこまで広がるかは予測できない。予知できないことを基本に防災対策を進める必要がある。」 |
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「日本海は安全だ」なんて誰が言ったんだ。
日本中どこにいても同じ。
みんな備えよう。
日本海中部地震30年
日本海側にも大津波は来る!
教訓受けた対策は?
日本海中部地震の津波による死亡者数と、
秋田県が想定した3連動地震の場合の最大津波高
昭和58年に発生し、津波で100人が犠牲になるなど秋田県を中心に計104人の死者を出した日本海中部地震から26日で30年。日本海側を震源とする地震や津波は研究が遅れていたが、東日本大震災を受け、国が発生予測の見直しを始めたほか、各自治体でも対策強化を進めている。地震空白域があるとされる日本海側の防災に今、あらためて注目が集まっている。
83人が死亡するなど大きな被害が出た秋田県では24日、発生30年を前に各地で防災訓練が行われた。県庁では県や県警、自衛隊など関係機関の約90人が、マグニチュード(M)8・7、最大震度6強の巨大地震と10m以上の大津波が襲ったとの想定で情報伝達訓練を実施。小学生13人が津波の犠牲となった男鹿市では、高校生ら約110人が参加し、通学する電車から約400m離れた避難場所に逃げる訓練が行われた。 日本海中部地震では、当時、日本海を震源とする地震で大きな津波がしばらく発生しておらず、住民の間に「日本海側には津波が来ない」という誤解があったことや、震源が陸に近く、津波の第一波到達が地震発生からわずか7分後だったことなどが被害を拡大させたといわれている。 秋田県は地震発生日の5月26日を「県民防災の日」と制定。20〜26日までを「県民防災意識高揚強調週間」とし、各種防災訓練の実施や防災意識の啓発に取り組んできた。当時はほとんどの自治体になかった住民への情報提供のための防災無線設置も進め、今は全国瞬時警報システム「Jアラート」などを含めた情報伝達網を整備している。 とはいえ県総合防災課は「教訓をしっかり生かせたといえるほど、やれていないのが現状。」とも話す。常に巨大地震の危機感を抱く太平洋側の自治体に比べれば対応は遅いのが実情だ。 宮城県沖地震などの危険性が指摘されていた宮城県では、震災1年前の平成22年3月時点で、津波発生時の浸水域や避難経路、避難場所を記したハザードマップを沿岸15市町のうち14市町が整備。津波から逃げることができる避難ビルも計52カ所指定していた。 それに対し、秋田県の沿岸8市町で震災前にハザードマップがあったのは3市のみ。避難ビルもわずか1カ所だった。 そんな意識を変えたのが東日本大震災だった。震災後、沿岸8市町はハザードマップの作成・見直しを実施。避難ビルはこれまでに計48カ所指定された。 さらに県は、日本海を震源とする地震が発生した際の「地震被害想定調査」を行い、昨年12月には震源として考えられる海域を南北に3つに分け、地震が3連動した際の津波高や到達時間などの想定結果を発表した。出てきたのは八峰町の最大14.36mをはじめ、各地で10mを超える最大津波高だった。調査委員会の部会長を務めた秋田大大学院の松冨英夫教授(59)は「今回は“想定外”という事態がないよう被害を想定した。」と説明する。 それまで考えもしなかった巨大津波の想定に、各自治体は戸惑いも見せる。能代市は現在建て替えを計画している市庁舎が津波の浸水域に含まれたが、「発電施設などの重要施設を上層階に設け、予定地に建てる方針」という。「対応の必要性は分かるが財源の問題もつきまとう。どこまで対応すればいいのか」。男鹿市の担当者もこうこぼす。 それでも、松冨教授は強調した。 「防災機運が高まった今こそ、しっかりした対応が求められている。」
【日本海中部地震】 昭和58年5月26日午前11時59分発生。震源は秋田県沖で震源の深さは14km、マグニチュード(M)7.7。当時の震度表示では秋田市、青森県むつ市などで震度5を観測した。死者は津波による100人を含む104人。験潮所で計測した最大津波高は秋田県能代市で1.94m。気象庁の現地調査では八竜町(現三種(みたね)町)で標高6.6m、東北大の調査では峰浜村(現八峰(はっぽう)町)で同14mまで海水が達した記録がある。 |
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起こる確率は確率でしかない。
明日起こるかもしれない。
いつ起こるかは分からない。
本当の予知はいつになったら・・・・・・・・・・・・・。
30年以内に起こる確率は60〜70%
新たな南海トラフ地震評価対象領域
政府の地震調査委員会(委員長・本蔵義守(ほんくら・よしもり)東工大名誉教授)は24日、南海トラフを震源とする巨大地震の長期評価を見直し、新たに発生確率を公表した。これまでは「東海」「東南海」「南海」の各領域に分けて発表していたが、駿河湾から九州・日向灘までの全域で統一した確率を計算。マグニチュード(M)8〜9クラスの地震が今後30年以内に起こる確率を60〜70%とした。 これまでの確率(今年1月1日)は、30年以内に「東海88%(M8程度)」「東南海70〜80%(M8.1前後)」「南海60%(M8.4前後)」「日向灘10%(M7.6前後)」だった。今回、確率を統一したため、東海では見た目の確率が下がり、日向灘では大きく上昇した。 一方で同委員会は、日向灘の領域が単独で地震を起こす可能性もあると指摘。その場合には従来の発生確率(10%)が参考になるとしている。 新たな発生確率は、対象領域を、同時に動きうる最大の範囲に想定。ただし、南海トラフ全域が同時に動いても、一部の領域に限定されても同じ確率で表すこととした。確率計算の基となる、過去の地震の発生領域や地震の規模が多様で、発生パターンを絞り込めないためだ。ある委員は「確率を出さないという意見さえあった」と予測の困難さを説明した。 また、東日本大震災を受けて内閣府は昨年、「南海トラフで起こりうる最大級の地震」としてM9.1も想定したが、今回の確率予測には使わなかった。 24日記者会見した本蔵委員長は「評価の手法や数値が変わったが、切迫度が変わるわけではない。むしろ、大きな地震が南海トラフで起こる可能性はかなり高いという認識で、防災を進めるべきだ。」と話した。 ◇南海トラフ 駿河湾から九州沖にかけて延びる海溝。フィリピン海プレート(岩板)が、日本列島の西半分が乗るユーラシアプレートの下に沈み込んでいる。付近では90〜150年間隔でM8級の地震が発生。直近では、1944年に東南海領域でM7.9、46年に南海領域でM8.0の地震が発生している。 |




