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長崎・天草地方の「潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に登録された。
登録地域などを見たときに、“生月島(いきつきしま)”が入っていなかった。
おかしいなと思っていたら、こんな記事を見つけた。
みんな登録すればいいのに……。
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沖縄・九州
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沖縄で、ディゴの花が咲き始めたそうです。
“ディゴの花”から僕は、“島唄”を連想します。
島唄の歌詞には“73年前の沖縄戦の悲しい歴史”が込められています。
『島唄』
歌: The BOOM 作詞:宮沢和史
でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た 1945年春、災厄を告げるというでいごの花が咲く頃、 米軍の沖縄攻撃が開始された。
でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た 繰りかへす哀しみは 島わたる 波のよう でいごの花が咲き誇る初夏になっても、米軍の沖縄攻撃は続いている 多数の民間人が繰り返し犠牲となり、人々の哀しみは、島中に波のように広がった ウージぬ森で あなたと出会い ウージぬ下で 千代にさよなら サトウキビ畑で、愛するあなたと出会った サトウキビ畑の下の洞窟(ガマ)で、愛するあなたと永遠の別れとなった 島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ 島唄よ、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡り、 遥か遠い東の海の彼方にある神界 "ニライカナイ" に戻って行きなさい
島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしぬ涙 島唄よ、風に乗せて、 沖縄の悲しみを本土に届けてほしい
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ ささやかな幸せは うたかたぬ波の花 でいごの花が散る頃、 沖縄戦での大規模な戦闘は終わり、平穏が訪れた
平和な時代のささやかな幸せは、波間の泡の様に、はかなく消えてしまった ウージぬ森で うたった友よ ウージぬ下で 八千代ぬ別れ サトウキビ畑で、一緒に歌を歌った友よ サトウキビ畑の下の洞窟で、永遠の別れとなった (*繰り返し) 島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ 島唄よ、風に乗せて、 死者の魂と共に海を渡り、遥か遠い東の海の彼方にある神界 "ニライカナイ" に戻って行きなさい
島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を 島唄よ、風に乗せて、 彼方の神界にいる友と愛する人に私の愛を届けてほしい
海よ 宇宙よ 神よ いのちよ このまま永遠に夕凪を 海よ 宇宙よ
神よ
命よ 万物に乞い願う
このまま永遠に穏やかな平和が続いてほしい
(*繰り返し) この歌に込められた平和への願いと沖縄戦の歴史を「ディゴの花」からもう一度考えましょう。
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こちらは最終日ですね。
熱気、駆け抜ける山
清道を駆ける三番山笠大黒流
博多祇園山笠の追い山が祭り最終日の15日早朝あり、福岡市博多区の櫛田神社を出発点に、七つの流(ながれ)の舁(か)き山と上川端通の飾り山が夜明けの街を駆け抜けた。同神社や沿道には多くの見物客がつめかけ、男衆が舁く勇壮な山笠に大きな声援を送った。
《一番山笠の「恵比須流」(えびすながれ)》
博多祇園山笠「追い山」
15日間の祭りに幕
博多の街に舁き出す一番山笠・恵比須流
国の重要無形民俗文化財の博多祇園山笠は最終日の15日朝、福岡市博多区の櫛田神社に山を奉納する「追い山」が行われ、15日間の祭りに幕を下ろした。 空が白み始めた午前4時59分、出発の時刻を知らせる太鼓が鳴り響くと、一番山笠の恵比須流が櫛田神社の境内に勢いよく駆け込んだ。桟敷席の観衆から歓声と拍手を浴びた男衆は「博多祝い唄」を歌い上げると、再び博多の街に飛び出していった。 続いて、六つの舁き山と、上川端通の飾り山が奉納。沿道に詰めかけた観光客から拍手と勢い水を受けながら、狭い路地など約5kmを駆け抜けた。 |
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写真だけでも凄い勢いがわかりますね。
集団山見せ 城下町、走る
福博の街を勇壮に駆け抜ける一番山笠の恵比須流
博多祇園山笠の「集団山見せ」が13日、福岡市中心部であった。商人の街、博多で生まれた山笠がシーズン中に唯一、城下町の福岡地区に入る行事。 名士たちが台上がりして午後3時半、一番山笠の恵比須流(えびすながれ)が博多区の呉服町交差点をスタート。その後各流が続き、中央区の福岡市役所まで約1.3kmを走った。 福岡市のこの日最高気温は34.9℃。山を舁(か)いて走る男衆に、沿道から盛んに勢い水がかけられた。山笠は14日に各流が地元で山笠を舁く流舁(か)きがあり、15日は午前4時59分にスタートする「追い山」でクライマックスを迎える。 |




