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金刀比羅宮参詣(1)
参道を歩いて行くと、階段の始まるところに、備前焼の狛犬が。
いよいよ石段の始まり。 大門までの石段には、昔の回廊の遺構が残ってたりしました。
一年の日数と同じ365段目に立っている大門を入ると、大きな傘を広げた古風な姿で有名な“五人百姓”が“加美代飴”を売っている。
境内での営業を唯一許されたお店。
試食の飴をほおばって、いざ本宮へ。 歩き始めてすぐ、書院前右手の旧社務所高橋由一館で“ゴーゴー・ミッフィー展”の案内が・・・・。 それを過ぎて、目の前には大鳥居と神馬のいる広場に。 ここには、“こんぴら狗”もいた。 代参はしてくれないので、記念撮影だけ。
鳥居の向こうにある書院では、表書院の円山応挙障壁画の公開も・・・・・・・・。 全ては、帰りに見学することにして、本宮へ 。 途中、新しくできていた資生堂のパーラー「神椿」の所で休憩。 さらに登って、629段目の旭社(あさひのやしろ)でまずお参り。 ここが本宮かなと思うほどの、華麗な二層入母屋造りの社殿。 明治になるまでは、神様と仏様を一緒にまつっていた神仏混合の社だった。 あまり立派なので、「森の石松も御本宮と間違って帰った」とかいわれているくらいです。
何も表札や案内板がなかったら、そうかもしれませんね。 旭社の前のベンチに腰掛けて、休憩がてら眺めることにしました。 |
四国
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酒蔵“金陵の郷”
車をホテルの駐車場に置かせてもらって、金刀比羅宮へ参詣に。
参詣の前に、参道口にある“金陵の郷”へ寄り道。 ここは、お酒の資料館。 寛政元年(1789)に創業し、当時の面影を偲ばせる白壁の酒蔵の中で、酒造りの歴史や作業を展示紹介している。 見学に入ったら、“きらめき”のビックボトルと宮水井戸がお出迎え。 ちょっと気になる、金比羅大芝居の額も・・・・・・・・・・・・・。
入館後、係員と、酒米“山田錦”についてちょっと話をした。 香川では、最近山田錦と香川米(名前忘れた)を交配させてつくった酒米が出回り始めたらしい。
向こうの人は、山田錦の“特A”について尋ねてきた。
その後、酒造りの様子を伝える“歴史館”を見学して、文化館へ。 《昔の仕込みの様子》
文化館には、いろいろな種類の“杉玉”や“徳利”・“猪口”等が展示されていました。 杉玉を調べてみると、以下のように書いてありました。
杉玉(すぎたま)とは、スギの葉(穂先)を集めてボール状にした造形物。
酒林(さかばやし)とも呼ばれる。日本酒の造り酒屋などの軒先に緑の杉玉を 吊すことで、新酒が出来たことを知らせる役割を果たす。「搾りを始めました」 という意味である。
吊るされたばかりの杉玉はまだ蒼々としているが、やがて枯れて茶色がか ってくる。この色の変化がまた人々に、新酒の熟成の具合を物語る。
今日では、酒屋の看板のように受け取られがちであるが、元々は酒の神様 に感謝を捧げるものであったとされる。
起源は、酒神大神神社の三輪山のスギにあやかったという。俗に一休の作 とされるうた「極楽は何処の里と思ひしに杉葉立てたる又六が門」は、杉玉を うたったものである。
スギの葉は酒の腐敗をなおすからスギの葉をつるすという説もある。
一般的には、丸い形のものを思い浮かべますが、ここには、「束ねただけのもの」や「楕円形」「半円形」等がつるされていました。
《杉玉の色々:ボール状、束状、半円状、楕円状(上から順に)》
陶芸が好きな僕にはたまらなくほしくなるような物も展示されていました。 《色々な形の徳利:沖縄》
《伊万里焼徳利》
《人物おもしろ徳利》
《陶器の酒樽》
その他、金陵の看板の元になった書や、中国酒仙屏風図もありました。
最後に、大吟醸とゆず酒を試飲をさせて貰って、“金陵の郷”をあとに、いざ参詣へ。 係員と試飲しながら話してると、
「本当は、金刀比羅宮本宮までの石段は、本当は786段あるんだけど、全国的には7 85段にしてあるんです。どっかに下がってる石段があるんですよ。上の方ですけど。」 って。 786にすると「786でナヤム」で縁起悪からだそうです。 それも探しながら参詣することにしました。 |
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疲れた−!
早速疲れた体をお風呂で流して、夕食。
《ホテルの庭園》 今日も角部屋で、部屋食。
仲居さんも若くて、カワイイ。
料理も美味しく、満足しました。 夕食後またお風呂へ。
帰ってくると、布団が敷いてあった。 そのままバタンキュー。 心地よい眠りでした。 目が覚めると、昨日までとはうって変わったいい天気。
窓から琴平電鉄駅が見えました。 朝風呂に入って、朝食。
さすが讃岐うどんの香川県。
朝から釜揚げうどんが出てきた。 目の前で、だし巻きを作ってくれるし、干物はいろいろ好きなだけ。 ローストビーフも出てきた。 けっこうボリュームある。 満腹満腹。 部屋からは、高燈籠も見えた。
ロビーには、金比羅大芝居のお練り用人力車が飾られていたり、茶室もありました。
ホントいいお宿でした。
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今度はダメだった!
翌日は、須崎にある「雪割桜の里」へ。
まだ時期的に早かったようで、菜の花しか咲いてませんでした。 《昨年の様子》
もう一度高知へ戻る途中に、伊野(いの)で「紙の博物館」へ寄り道。 《展示されていた紙のウェディングドレス》
《紙でつくられた衣装》
博物館を出る頃には、大粒の雪が舞ってた。 高知へ戻り、「龍馬の生まれたまち記念館」へ。 見学後、龍馬生誕の場所へ。 アンパンマン電車も走ってた。
それから、昼食へ。 今回は、桂浜近く海老料理の富久美味さんへ。 伊勢エビの兜煮や刺身など、結構いろいろあった。 ちょっと値段は張ったけど、豪華な昼食でした。
今日のお宿に行くつもりだったけど、少し時間が早いし、折角ここまできたんだからと、坂本龍馬記念館へ立ち寄りました。 《龍馬記念館から望む太平洋》
《暗殺時の宿近江屋》
それが悪い方にでてしまいました。
龍馬記念館を出て、高知道へ。 南国SAで、文旦を買ってるところへアナウンス。 なんと高知道通行止めのアナウンス。 結局大豊ICで降りて、国道32号線を行く羽目に。 大豊IC手前で、ちょっと喧嘩したり、IC出るのに40分ほどかかったりしたけど、何とか32号線へ。 徳島県境を越えて、香川県へ。 もう少しで琴平到着という手前の道の駅でトイレ休憩。 みかんのお酒を買ったのに、握力がなかったのか、袋にちゃんと入ってなかったのか、落として割ってしまった。 妻はちょっとあきれて、怒って、気まずい雰囲気になった。 なんとか今夜の宿“華の湯 紅梅亭”に到着。 予定より1時間あまり遅れた。 でも、夕食締め切りまでには、まだ1時間余りあった。 セーフ! |
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ミニ皿鉢に、カツオのたたき!
通行止めも解除になり、鳴門から徳島道から高知道へ。
南国SAでは、鯨舟や鯨車、鯨が出迎えてくれました。 高知のお宿は土佐御苑。 ロビーや湯上がり処におひな様が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
《ロビーのお雛様》
《湯上がり処のお雛様》
いたるところ春の装いでした。
いつの頃からか、高知の宿は土佐御苑に決まってます。 国民宿舎桂浜荘にも泊まってみたいのですが、初めて泊まった時の印象がよかったせいもありますが・・・・・・・・・・・・。 もう何度目でしょう。 最近は5年ほど前、寛人の母親(僕の長女)が結婚前に3人で泊まって以来です。 今回も角部屋の和洋室広い、しかも夕食は部屋食。
ミニ皿鉢に、カツオのたたき、豆乳鍋など盛りだくさんでした。 《創作ミニ皿鉢》
《鰹のたたきや刺身》
《豆乳鍋》
カツオのたたきも2回目のお変わりができて、最高でした。
《2回目の鰹のたたき》
料理も美味しく、仲居さんも愛想良かった。 大満足の一夜でした。 お値段もけっこうリーズナブルでした。 「ホント次回もここだね。」といって妻と二人、宿を後にしました。 ※ 土佐御苑のHP → http://www.tosagyoen.co.jp/
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