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みんな広く知ってほしいですね。
だいぶ認知され始めましたけどね。
青い光で自閉症啓発
全国各地のタワーや橋がライトアップ
「世界自閉症啓発デー」で青くライトアップされた東京タワー
国連が定めた世界自閉症啓発デーの2日夜、全国各地のタワーや橋が青くライトアップされた。自閉症への理解を深めてもらおうと、兵庫県内の母親グループの呼びかけで実現。東京都港区の東京タワーでも落ち着きのあるブルーにライトアップされた。
我が県でも、ライトアップが行われました。
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特別支援教育
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引っ越し終わった−
昨日、引っ越し先のカーペット工事が終わったので、今日は本格的に引っ越し。
とはいっても部屋が半分に区切られるので、荷物全部というわけにはいきません。
必要最小限度の荷物だけ運んで、後はほかのところへ振り分けました。
全部使えたらいいのにな。
4月からまた1年が始まります。
頑張ります。
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そんな無茶苦茶な。
目の前で怒っていることから目を背けてどうするの?
福島県教委
「原発の是非に触れるな」と指示
現場は混乱
東京電力福島第1原発事故を受け、全国に先駆けて放射線教育を実施している福島県教委が、原発事故やそれに伴う被ばくに触れない国の副読本から逸脱しないよう教員を指導していることが分かった。「原発の是非に触れるな」とも指示。学校現場では、指示通りに教えると被ばくに不安を抱く親から批判され、危険性に言及すると違う立場の親から苦情が来るといい、実情に合わない指導で混乱も生じている。
放射線教育は4月から全国で始まる見通しで、同様の事態の拡大も懸念される。
福島県内の放射線教育は、小中学校で週1時間の学級活動を使って計2〜3時間教える形で、郡山市や会津若松市などの一部の学校で実施されている。 県教委は実施前の昨年11月以降、県内7地域で各校から教員を1人ずつ集めた研修会を開いた。参加した教員によると、指導主事から「副読本に沿って教えよ」「原発には中立的な立場で」などと指導を受けた。会場から「被ばくのリスクや原発事故を子供にどう説明するのか」など質問が出たが、何も答えなかったという。 研修を受けた教員は「副読本は放射線が安全だと言いたげで、不安に苦しむ住民は納得できない。県教委に従えば、県議会が県内の原発の廃炉を求めて決議し、県が廃炉を前提に復興計画を作ったことにも触れられない。」と疑問を示す。 小中学校の教員で組織する福島県教組によると、親の間では被ばくの影響について見方が割れ、学校や教委に「放射線の危険性について認識が甘い」「不安をあおり、過保護にするな」など正反対の苦情が寄せられている。放射線量が高い地域の小学校教諭は「親の意向で弁当を持参して給食を食べず、屋外での体育を休む児童がいるが、他の親たちに批判的な空気も生まれるなど厳しい状況にある。副読本や県教委の指導は福島の現実に即していない。」と指摘する。 県教委学習指導課は「大半の教員は放射線の素人で、教え方がばらついても困るので副読本に沿うようお願いしている。」と話す。 副読本を作成した文部科学省開発企画課は「地域や教員によっては物足りないと感じるかもしれないが、自治体教委の要請もあり、放射線について最低限必要な知識を伝えるために作った。使うも使わないも自治体教委の自由だ。来年度も作ることになれば、意見を踏まえて充実させたい。」と説明している。 ★放射線教育の副読本 文部科学省が小中高校別に3種類作り、A4判18〜22ページ。「100ミリシーベルト以下の被ばくでがんなどになった明確な証拠はない」としつつ「被ばく量はできるだけ少なくすることが大切」とし、中高生には防護や避難の一般的方法も説く。だが、福島第1原発事故への言及は前書きのみで、事故の経過や放射性物質汚染の広がりなどは書かれていない。その一方で放射線が医療や工業、学術研究で役立っていることを強調している。 |
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被災地が広いことや地震・津波・原発事故などで数が多くなっているのでしょうね。
実は先日取っていいる新聞に震災遺児のことが掲載されていました。
その記事を先に掲載します。
“ 「今、どこにいるの?」
宮城県のある女子中学生は母の遺影に語り掛ける。母は津波で流され、かばんだけが見つかった。もう会えないと分かっていても、どこかで生きている気がする。そしてこう書いた。
「あの日の前に戻りたい。」
東日本大震災では、多くの子どもたちが家族を失った。厚生労働省によると、親を亡くした18歳未満の子どもは1567人。その一人一人に家族との日常があった。地震や津波が奪い去るまでは・・・・・・・。
大切な人と死別する。喪失感は大人でもつらい。まして子どもの傷の深さはどれほどか。遺児支援に取り組むあしなが育英会が発行した震災遺児の作文集を読むと、悲しさに胸がつまる。
岩手県の女子中学生は、震災の1カ月後に父親の遺体と向き合った。
「父じゃない。」
そう思えるほど変わり果てていた。「お父さんだよ」の声に、涙が止まらなかった。 遺体安置所で父親と対面した福島県の小学生も「顔を見たら、血だらけで泣きました。」とつづる。
むごい再会というしかない。それでも前を向こうとする。親と再会できない子は、手紙や写真をお墓に入れて弔いをした。
「ありがとう。」
生前に言葉にできなかった気持ちを親に伝えようとする子もいる。
そんな東北の遺児たちを、阪神・淡路大震災で親を亡くした若者らが支えている。悲しい時は泣いたっていい、一人じゃないよと。私たちも一緒になって、同じ言葉を伝えたい。”
震災遺児、1206世帯2005人
■津波・原発事故で離散 父親「もう故郷戻らない」 「娘と笑って生きたい」
東日本大震災で親ら保護者が死亡、行方不明になった震災遺児が1206世帯、2005人に上ることが、あしなが育英会の調査で分かった。 平均年齢は12.1歳で、小学生以下は全体の42.6%に当たる853人だった。同育英会は「成人するまでの期間が長く、長期的な支援が必要になる」と指摘している。
同育英会は、遺児に支給する特別一時金の申請書を元に家庭状況を調査。遺児がいる1206世帯のうち母子世帯が569、父子世帯432、両親がいない世帯も205あった。 また、7割を超える860世帯が家屋の被害を受け、全壊も703世帯に上った。 被災後に住居を移った遺児は半数以上の1021人。中でも福島県で移転があった遺児の割合は78.9%と他県に比べ突出しているという。 移転を伴うと、財政的に苦しくなるほか、援助の情報も入りづらくなる恐れがあり、同育英会は「重点的に調査する必要がある」としている。 銀世界に包まれた北アルプスの麓、長野県白馬村のペンションでオープンに向けて準備中の木村紀夫さん(46)は、1年前から岡山県で離れて暮らす長女の舞雪(まゆ)さん(11)=小学5年=に思いをはせながら、しみじみとかみしめた。 「やっぱり親子は一緒に暮らさないとね…。」
津波は福島県大熊町に住んでいた木村さんから何もかも奪い去った。父の王太朗(わたろう)さん(77)、妻の深雪(みゆき)さん(37)、そして次女で小学1年の汐凪(ゆうな)ちゃん(7)は自宅とともに流され、勤めていた養豚場も被災、職を失った。 さらに東京電力福島第1原発事故は、残された父と娘も引き離した。木村さんは事故後まもなく、舞雪さんを妻の実家の岡山県に避難させることを決断。流された3人が見つかっていなかったため、自身は、母の巴(ともえ)さん(73)とともに福島に残る道しかなかった。 ▼心の傷深く 木村さんは、舞雪さんが避難する車中で妙に明るかったことを覚えている。勝手に作詞した意味のない歌を口ずさみ、笑顔を振りまいた。 「父親に心配をかけないようにしていたのか、それとも悲しみを封じていたの か。その姿がふびんに思えた。」
それから月に1回程度、岡山を行き来する生活が始まった。電話でも頻繁に話したが、舞雪さんは以前と変わりない様子だった。家族の思い出の写真も見るし、「あの頃は楽しかったね」「遊び相手の汐凪がいないとつまんない」と冷静に話した。 だが、舞雪さんの心の傷の深さは想像以上だった。4月末に王太朗さんの遺体が発見されたのに続き、6月2日、自宅から50km離れた場所で見つかった遺体が深雪さんと確認された。それを伝えたとき激しく取り乱した。その後は津波のニュース映像に目を向けず、深雪さんの話は口にしようとしない。 木村さんの不安は募る。 「いずれ大きくなったときに傷が表に出てくるのではないだろうか…。」
▼新天地移住 舞雪さんは家族だけでなく、お互い支え合うはずの友人も転校を余儀なくされ、散り散りになった。かといって故郷に戻れるようになっても放射能への不安はどうしてもつきまとう。 最愛の娘を思う木村さんは決断した。 「もう故郷に戻らない。」 新天地は長野県白馬村。まだ見つかっていない汐凪ちゃんの捜索もあり、福島県会津若松市の仮設住宅で一緒に住む母は故郷を離れたくないと言った。だから、放射能の影響はなく車で通える場所を選んだ。 趣味のスキーや自然散策を生かし、思い切って中古のペンションを購入した。そして、4月に舞雪さんを白馬に呼び寄せることにした。 2月25日、1年の区切りを前に、汐凪ちゃんが見つかるまでは、と思って待っていた3人の葬儀を行った。 「3人にも人生がありつながりがあった。周囲にも区切りをつけてもらう必要が あった…。」
木村さんは今でも、舞雪さんに、母と妹を亡くしたことや思っていることを聞きづらいという。でも心の底から願っていることがある。 「舞雪と一緒に笑って生きていきたい。それを天国の3人に見ていてほしい。」
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これ面白いかもしれない。
創造力(イマジネーション)養うのにいいかもしれない。
いろいろ使えそうですね。
新感覚 文字のないカルタ
即興せりふで勝負!
文字のない新感覚のカルタ「ヒットマンガ」の登場で、アナログゲーム再燃も
■カードゲーム「ヒットマンガ」タンサンアンドカンパニー
「犬も歩けば棒に当たる」といえば、文字や文章が書かれた読み札と取り札で楽しむカルタその常識を覆す、文字のないカルタ「ヒットマンガ」が話題になっている。 日本では電子ゲームが隆盛を誇るが、海外では「UNO(ウノ)」や「オセロ」といったアナログゲームも変わらず人気だ。 学生のころにそんな数々のアナログゲームと出合い、夢中になったというヒットマンガのパッケージデザインを手がけた吉田昌乗さん(23)は「電子ゲーム時代に生まれ育ったぼくらにとって、その存在は逆に新鮮だった。」と話す。 ゲームに興じた同級生2人と「新たなゲームを作って、世界に発信したい。」という夢を描き、大学卒業後に3人でデザイン会社「タンサンアンドカンパニー」(京都市左京区)を立ち上げて商品を開発。昨年春の販売以来、すでに2千個以上を売り上げている。 このカルタの特徴は、各札に「空白の吹き出し」と「漫画の1シーン」が描かれているところ。読み札と取り札は各30枚あり、読み手が即興で作ったせりふから、そのせりふに合うと思った札を取る。正解とされれば双方にポイントが入るという仕組みで、最終ポイント数を競い合う。 仲間同士なら、身内ネタなどで盛り上がれるといい「知恵をしぼって心理戦を駆使する人間相手のゲームの楽しさを改めて感じてほしい。」と吉田さん。 「学園編」や「SF編」など各1200円。 問い合わせは同社((電)050・5539・8847)へ。
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