日々燦々 − はぁ〜、のんびり のんびり -

3月。桜はまだですが、花粉が飛び始めてます。一雨ごとに暖かくなってきました。今年もノンビリボチボチ頑張ります。

特別支援教育

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頑張れ!

経営がうまく軌道に乗るといいですね。
頑張れ!
 
あえて助成金に頼らない
学童保育の株式会社設立
「持続性が高まる」
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ペパーソンインターナショナルを設立した神谷哲郎さん
 
 中東を中心に、海外で20年以上も地域のために尽力してきた男性が昨年、相模原市緑区で放課後の小学生を預かる学童保育を運営するための株式会社「ペパーソンインターナショナル」を設立した。未来を担う子供たちの育成に民間活力を生かすため、あえて助成金に頼らない株式会社の形態を採用。今春から小学1年の子供2人が放課後を過ごしている。

 同社を設立した神谷哲郎さん(44)は東京学芸大学の教育学部を卒業。教員になるつもりだったが、青年海外協力隊の一員として訪れたヨルダンで、「国づくりに関わりたい」との思いが芽生えた。それ以降、海外で20年以上、国際協力機構(JICA)や国際連合の地域開発プロジェクトに従事してきた。
 国連のスタッフとして足を踏み入れたパレスチナのガザ地区では、「壁画制作プロジェクト」を展開。インティファーダ(反イスラエル闘争)時代の傷跡が残るガザ地区で、壁の殴り書きを希望に満ちた絵に描き換えるために若者を雇用して、育てた。
 その後も、エジプトやフィリピンなどで地域の活性化につながる人材育成などに尽力。そうした経験を積む中で、日本でも人材を育成するため「学童保育の会社を立ち上げたい」という志を抱くようになったという。

 転機が訪れたのは平成23年。エジプトに滞在していた3月11日、東日本大震災が発生した。帰国し、岩手県でボランティアに参加。そのとき、「日本にいない自分に納得がいかない」と、心に抱いていた学童保育の会社設立を決意した。
 会社名のペパーソンは、ペップ(活性化させる)とパーソン(個としての人)の造語。子供を預ける時間の長さにもよるが、月に2万〜4万8千円と公的な施設に比べ金額面では割高だ。しかし、あえて助成金に頼らない株式会社としたのにもこだわりがある。
 自身が海外で地域開発に携わり、民間の力の重要性を感じた経験から、「民間の活力を使って子育てに関わっていく必要があると感じた。創意工夫が生きてかつ助成金に頼らずやれたら、サステナビリティ(持続性)が高まる。」からだ。
 さらに、「学童プラスの“プラス”の部分で選んでもらうしかない」と強調する。その“プラス”とは、子供の社会性や多様性を育てる“ナナメの関係”。子供が中学生や高校生、さらに社会人など多様な人と触れあう場を提供したいという。
 「両親に安心して子供を預けてもらい、子供は宿題をこちらでやって帰る。家に帰ったら親子で楽しく過ごしてもらいたい。その中で、子供の社会性が育っていけばいいなと考えています。」と笑顔で話した。

 問い合わせは同社(電)042・703・4504へ。

浪江小の現実

これが現実ですね。
 
新入生は来なかった
浪江小教諭「できる限りのことをしたい」
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「これからの浪江を支えるのはこの子たち」
 
  「1時間20分に50分を足すと、何分でしょう?」
 小さな木の机の上に開かれた算数の教科書。福島県浪江町から二本松市へ避難し、旧校舎を使って授業を行う町立浪江小学校の教諭、星千尋(ちひろ)さん(51)は3年生になったばかりの教え子の隣に座り、答えられるのを待った。
  「130分かなあ。」
ゆっくりと鉛筆が動き、幼い目が自信なさげにこちらを向いた。

  「うん、すらすらできるようになってきた。」
 赤ペンでノートに二重丸をつけ、にっこりとほほえみ返した。ほんの30分前、授業が始まったころには頭を抱えていたのに。子供たちの成長を肌で感じる。

 東日本大震災の前、浪江小には約600人の児童がいたが、現在は17人。二本松周辺へ避難した子供たちがバスで通学している。この春、星さんは1年生の担任となる予定だったが、新入生は来なかった。いつ転入があってもいいように教材の準備を進める傍ら、他学年の授業を手伝う日々を送っている。

  「新入生が来なくて寂しかった、というのが正直な気持ち。でも、これから入  ってくる子もいるかもしれないからね。」

 浪江小は母校でもある。浪江で生まれ育ち、仙台市内の大学へ通った数年間を除いて、一度も故郷を離れたことはなかった。
 東京電力福島第1原発事故に襲われたときは6年生の担任だった。10日後に控えた卒業式を行う間もなく避難を余儀なくされた。その夏、校長に掛け合い「卒業証書を手渡す会」を開き、半年遅れで教え子たちを送り出した。

  「半年見ないうちに、みんな大人の顔になっていた。分かっていたことだけ   ど、子供は成長していくもの。そして、この子たちも同じように巣立ってい   く。」

 大人になることは幼い日の記憶が薄れることだ、と思う。校内には、子供たちがその記憶をとどめ、復興を考えられるよう工夫された教育の跡があふれている。たとえば、教室の壁に貼られた手作りのカルタ。

  《「ね」がいごとたくさんしたよ浪江神社》

 子供たちが震災前の地元での思い出をたぐり寄せ、絵と文章を作った。たとえば、帰還後の未来を想像して作った畳一畳ほどの町の模型。「先生の家も作ってあげるよって、ほらここ。」と模型の右上を指差す先に、紙の大きな白い家があった。こうした学びを「ふるさとなみえ科」と呼び、総合学習に充てている。
 4月に警戒区域が再編された。6年生の子供たちが立ち入りができる15歳となるのは早くて3年後だ。
 避難指示解除準備区域となった浪江小は今月26日から、置いたままになっていたランドセルの持ち出しが始まり、保護者に校舎を一時的に開放する。星さんも立ち会うため、月に数回は浪江へ戻ることになる。

  「これから浪江を支えるのはこの子たちの世代。自分の将来と町の未来を  重ねてもらいたい。浪江とつながっていられる場所は、今はここしかないの  だから。」

 故郷とは−。星さんはしばらく考え、「大きすぎて…。ちょっと言葉が出てこないね。」とつぶやいた。代わりに「今、教師としてこう考えている。」と続けた。

  「この子たちが将来、たくましく歩いていけるようにできる限りのことをした   い。大震災や原発事故を理由に、浪江にいないからできないというのでは   なく、浪江小にいるからこそできることを教えたい。」

 職員室の壁にかけられた予定表には、太いマジックで「5月18日 運動会」と記されている。その日は校庭に、近くの仮設からたくさんの浪江の人々がやってきて、ひとときの故郷となる。
学校だけが全てじゃない。
元教師が言うのだから間違いない。
というより僕の持論。
いけないなら無理していかなくていいじゃない。
行きたくなったら行けばいい。
学ぶ意欲があれば、どこでも学べる。
学校へ行くことが大事じゃなくて、そこで何を学ぶかが大事。
だから行けなくなったら、行ける所で学べばいい。
 
不登校小5句集
「春の虫 踏むなせっかく 生きてきた」
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出版本を手に笑顔をみせる凜君
 
 大阪府岸和田市の小学6年生、小林凜(りん=本名・西村凜太郎)君(11)が、壮絶ないじめを受けて不登校になった日々をつづった句集「ランドセル俳人の五・七・五」(ブックマン社)を出版した。
 一つ一つの句に、いじめを乗り越えた凜君の成長の軌跡がうかがえる。

 2001年5月、予定日より3カ月早く生まれた凜君は、944gの小さな赤ちゃんだった。検査や感染症で何年間も入院を繰り返した。

 発育が遅かった凜君は、小学校で激しいいじめを受けた。階段で突き飛ばされたり、首を絞められたりして、命の危険を感じた。だが学校は「いじめではない」と取り合ってくれない。5年生の6月に不登校を決めた。
 そんな凜君の心の支えが俳句だった。幼稚園の頃、母史(ふみ)さん(49)が読み聞かせる絵本に登場する俳句に興味を持った凜君は、突然、こんなことを口にした。

  「おかあさん はなればなれは だいきらい」

 やがて本格的な句作を始めた凜君は、家族と過ごす穏やかな時間、四季の移ろい、そしていじめに耐える心を、300句を超える俳句に詠んだ。
 俳号の「小林凜」は、何度も励まされてきた「やせがえる 負けるな一茶 これにあり」を詠んだ小林一茶にちなんだ。

 「俳句は僕の心を伝えるメッセージ」と語る凜君。いじめに苦しんでいた小学3年生の夜、祖母に「生まれてきて幸せ?」と聞かれ、こんな句を詠んだ。

  生まれしを 幸かと聞かれ 春の宵

 8歳の時には、こんな句も詠んでいる。

  春の虫 踏むなせっかく 生きてきた

  「俳句と家族が支えだった。不登校は無駄じゃなかった。」

 趣味は生き物観察。夢はロボットを造ること。素顔は無邪気な小学生だ。4月から通級教室に通う。「今は学校に行くのが楽しみ」と笑顔を見せる。
 最近、こんな句を詠んだ。小3の時に祖母に詠んだ「生まれしを」の句の対句だ。

  葉桜や 祖母の幸とは 我のこと

  母もまた 我を幸とす かすみ草

ニュータイプ

「発達凹凸」いいですね。
それより、「ニュータイプ」がいいかも。
人類から発達進化したニュータイプ。
こういう方が理解しやすいかも。
響きがイイネ。
 
発達障害はあの「ニュータイプ」かもしれない〜アスペから自閉症スペクトラムへ
 
■ 社会維持のためのマイノリティ化
 僕は、社会参加しづらい子どもや若者の支援を本業としている。
 そのなかには、不登校・ひきこもり・ニートの人たちが大勢いらっしゃるのだが、それらは日頃の「状態像」を指す言葉であり、中身をよ〜く見ていくと、それぞれ専門的に区別することができる。
 たとえばひきこもりの若者の中には、精神障がい(統合失調症や躁うつ病)の方もいらっしゃるし、発達障がいの方もいらっしゃる。
 これら精神障害や発達障がいは、近代社会が「発明」したものかもしれず、近代社会成立以前にはこのような障がい名は世界に存在していなかった。
 逆にいうと、我々の近代社会が成立するために必要だったもの(このような「変わった方々」を排除することで社会は統率され生産性が上がっていく)が、これら「精神障がい」や「発達障がい」等の障がい名と障がい基準だと言える。
一人ひとりの状態を見ていくと、そんな「障がい」みたいな大げさな名付けは必要ではない(まあ、一定の安定やペースをつかむまで本人と周辺はたいへんだが)と思うものの、人間の特徴である「社会」を形成していくとき、このような、「変わった人たちをマイノリティとしてカテゴライズして一定のルールのもとに統率することで、社会そのものを維持していく」ことは仕方のないことなのかなあと思うことで僕は折り合っている。
 何よりも、当事者やその家族が、ある程度の障がい名とカテゴライズを受け入れることで、近代社会が持つ「障がい者支援」制度のサービスを受けることができる。
 こうした制度を受けることで、当事者とその家族は、そうした制度を受けないよりも「ベター」な状況となることが多い。
 僕は学者でもジャーナリストでもなく「支援者」だから、本人たちが必要であれば、たとえその裏に近代社会がもつある意味「暴力的カテゴライズ」に気づいていたとしても、それに反対はしない。
 
■アスペがせっかく市民権を得たのに……
 で、そうした暴力的カテゴライズによって安定する障がいのひとつが「アスペルガー症候群」に代表される発達障がいだと僕は思っている。
 アスペ(こっちのほうがかわいいので略します)は、嘘か本当か知らないけれど、アメリカでは社会から歓迎される要素もある「障がい」らしく、ある意味「突出した才能を持って生まれた代わりに、人間社会をやりすごすための『見えない諸ルール(“場の空気”をよむ、言葉の多義性を読み取る、計画の変更を受け入れる等)』に対処しにくい人たち」だと一言で言い表してもいいと思う。
 かわりに、アスペの人が活躍できる「環境」さえ設定できればものすごい才能を発揮すると言われ、たとえば坂本龍馬もエジソンもアインシュタインもゴッホもアスペルガーだったといわれているし、映画監督のスピルバーグは診断も受けている。
 逆に、そうした環境を設定できなければ、アスペの人たちはたいへん苦しくかつ生きづらくなり、二次障がいとして抑うつ状態になったりその他さまざまな精神症状が現れる。
 このような二次障害を生まないために、支援者は家族とともに「生きづらくない環境づくり」を形成していく。
 このブログの媒体はYahoo!なので、これ以上の専門的見解は控えておこう。
 
 このようなアスペルガー症候群が、アメリカの精神医学の診断基準DSM5での改定で消滅し、「自閉症スペクトラム障がい」に統一されるそうだ。
 これは以前から専門家の間では知られていたのだが、ついに一般にまで報道されるようになった(すぐに見つけた記事ではこんなの→自閉症、アスペルガー・・・「ASD」に統合 米精神医学会、基準を改訂)。
 僕は、日本では、アスペがせっかく市民権を得始めたのに非常にもったいないと思う。
 アスペはこれまで、時々犯罪と結び付けられて報道されることも多かったが、行政や保健・医療期間、関係者によるメディア活動等の地道な取り組みにより、最近はそれらの偏見もだいぶ緩和されてきたと思っていた。それなのに、関係者はまた一から社会的偏見との格闘を始めなければいけない。
 
■ニュータイプ
 また、最近は「発達凸凹」というかわいい名称も流通し始めたところだった。  これは、発達障がいとまでは診断しにくいけれども「かなりそれっぽい人たち」のことを総称しようということで、杉山登志郎医師が発案したものだ。
 発達凸凹はすごく便利な言葉で、はじめに書いたカテゴライズの暴力性から逃れてはいないものの、凸凹というある意味「アート的」というか抽象的な意味合いが交じることで、この概念のあいまいさを上手に表現している。
 何よりも凸凹と言われても、当事者はあまり傷つかないように見えるのがいい(僕自身も発達凸凹な人なのだが、むしろ笑いに転嫁できる強みがこの言葉にはある)。
 だから、だ。アスペルガーにしろ発達凸凹にしろ、近代的「名づけ」とカテゴライズの暴力性からは逃れられないにしろ、その言葉を受け入れることの有利さをいかすために、関係者の努力でその言葉に伴う偏見をやっと除去し始めることができていた。
 なのに、またまた新しい暴力的カテゴライズ(DSM5での自閉症スペクトラム障がいへの統一)が登場した。関係者・当事者は、またその言葉に伴う偏見と格闘しなければいけない。
 新しいもの好きの日本の専門家の方たちも、以上のようなことを考慮した上で、新しい言葉を使ってほしいものだ。
 実は僕は、スピルバーグもエジソンも含まれるこうしたタイプの人達は「障がい」というよりは(主体的にハンディキャップをもっているというよりは社会からハンディキャップを与えられているという点から)、進化した「新しい人類のかたち」なのでは、とこの頃は思い始めた。
 これはジョークでもなんでもなく、あの「ガンダム」で出てきた「ニュータイプ」の、ひとつの現実的展開がここにあるのでは、と真面目に思っている。
笑いとばしてもらってもいいんですが、「ニュータイプ」としてアスペルガー症候群をとらえるとすべてが説明つくんですよね〜。
 といっても凸凹である僕はニュータイプまでとはいかず、たぶんシャアどまりなんでしょうが(←これも誤解を与えそうな……)★
そりゃあ増えるよ。
明らかな体罰と分かるものを覗いて、指導の範囲とされるものでも、された側の受け取り次第だからね。
それに、文科省がアンケートをとったりするからこの事態は予想できた。
我が県は、24人で全国11番目。
トップは大阪96人、次いで福岡77人、岐阜64人・・・と続いてる。
校種別では、中学校が多い、次いで高校。
怪我の内容は、「打撲」が一番多く、ついで「外傷」。
体罰の内容は、「素手で殴る」が6割を占めてる。
体罰をした状況は、「授業中」が最も多く、中高に限ると「部活動」も多い。
それより気になるのが、把握のきっかけ。
当事者と同僚を合わせた「教員の申告」が最も多い。
ついで、「保護者の訴え」、「児童生徒の訴え」と続く。
「体罰はいけない」事は明白、これからは指導の範囲でも注意すべき事が多々出てくるでしょうね。
教師と子供・保護者の信頼関係をどう担任がつくっていくのかが、今問われている。
数に目を奪われることなく、一番大事なポイントを文科省はどう指導していくのかが問われている。
勿論教師も・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 
公立教員840人が体罰
77年度以降最多、申告増え?
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体罰をしたときの状況
 
 全国の公立小中高校・特別支援学校で、昨年4月〜今年1月に体罰をした教員が計840人にのぼることが文部科学省の調査でわかった。前年度1年間の2・1倍で、同様の調査を始めた1977年度以降で最多だった。大阪市立桜宮高校での暴力が社会問題化し、教員や学校の申告が増えた結果とみられる。
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【体罰をした教員数の推移】
 調査結果によると、体罰をした教員の数は、小学189人(2011年度=81人)、中学416人(同180人)、高校220人(同139人)、特別支援学校15人(同4人)。
 840人のうち、すでに懲戒処分とされたのは84人。免職は2人で、桜宮高校の男性と神戸市立小学校の男性。神戸市の男性は、知的障害のある児童をたたいたり、カッターやはさみを見せ、「おなかを切って(給食を)入れた方が(食べるより)早いのと違うか」と暴言を浴びせたりした。

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