|
もう一人は別のやはり大手米銀のグループC社のPA氏でスペインの電力会社向けのファイナンスやギリシャやハンガリーの中央銀行などの数百億円にのぼる資金調達に関する案件をリース会社にアレンジしていました。彼は幻のオリンピック選手だったようです。元ボート選手でモスクワ・オリンピックに出る予定がオリンピックの開催が政治問題でながれた時の選手だったようです。体のがっちりしたエネルギシュな若いアメリカ人でした。電力公社の場合は電力設備などを使って割賦販売(Sale&Buy Back)の形をとって融資をしていました。ハンガリーの中央銀行の場合いも割賦販売の形をとっていましたが実質はシンジケート・ローンであり邦銀の担当者からは後に篭脱(カゴヌケ)リースと呼ばれ始めました。仲介のAsset 資産は膨大な数の自動車を使っていました。資産の売却代金がローンの資金に変わります。
邦銀が海外への長期の円ローンが出せない時期であり日本のリースが仕組みを作ることにより円建ての長期のファイナンスが出来ていたのを非難するものでした。
リース会社は通産省の管轄であり同省は当時の日本の国際化の時代的な背景もありリース会社の国際的な取引にサポートしていたと思います。直接ローンだとリース会社でも当時の大蔵省に許可を得るために届けなければいけませんでした。届けても許可は得られないと思われていました。
マーチャント・バンカーは欧米や日本の弁護士などと相談して法律、規制の問題のない(抜け穴的な場合もある。)契約形態を知恵をだしてつくっていました。非常にスマートだと感心していました。海外との契約の時に活躍する渉外弁護士(国際弁護士)というのを知ったのもこの頃でした。日本人の渉外弁護士が100人ぐらいいるかいないかの時代でした。
ニューヨーク州を扱う当時は数少ないアメリカのM&Tという日本の東京事務所で航空機や篭脱けのリースの契約書を日本のリース会社のために作成していました。 代表幹事の担当者としてスペインの電力会社FECSAとFENOSA2社の円建て100億円、と150億円の割賦販売案件(実質シンジケート・ローン)に携わりました。
|