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1990年頃に元ソロモンブラザーズでエマージング・デット・マーケット(Emerging Debt Market)の
ビジネスをしていた人達が某インベストメント・バンクに転職してきました。
Emerging Debt MarketはHigh Yield Bond を含むCorporate Bond
のヘッド・トレダーの統括になっていました。
彼も元ソロモン・ブラザーズのシニアーな人でした。
二人のEmerging Debt Market ( 新興・債券・ローン市場)の担当者がニューヨーク
本店から東京にマーケティングのために来ました。
1980年代前半にメキシコ、ブラジル、アルゼンチンなどのLDC諸国
( Less Developed Countries) がローンの債務不履行(Default)を起こしました。
1989年3月に米国によって構想されたBrady Planに基づき債務不履行になった
ラテン諸国などの政府(Sovereign)の借り入れのローンを新しく
発行された債券と交換しました。
主に米国債の30年ゼロ・クーポンで保全が強化されていました。この債券(Bond)
はBrady Bond と呼ばれました。Brady の名前は当時の米国財務長官であった
Nicholas Brady の名前からとったものです。
Less Development Countries(後発開発途上国)からDeveloping Countries (発展途上国)、
そしてEmerging Countries (新興諸国)と呼び方が時代とともに
イメージの良い言葉に変遷していました。私が初めてエマージングの言葉
を聞いたのは1991年に彼らが来日した時でした。
一人はエマージング・マーケットの商品のマネージャーでもう一人は
トレーダー(Trader)でした。銀行、事業法人、リース会社等のノン・バンクの
顧客を訪問しました。
訪問の目的はメキシコ、アルゼンチン、ブラジルの2-3年の短めの
CD(Certified Deposit) やBond が売れるか需要をさぐるのと
Brady Bond の顧客の保有状況の調査でした。
エマージング・マーケットの担当者は米国債とBrady Bond とのCorrelation (相関関係)の
話題やPar Bond、Discount Bond,、Front Loaded Interest Reduction Bond (FLIRB)
などブレディ構想によって発行した各国の様々な種類の
ブレディ債を顧客に各々の概要を説明していました。
邦銀はラテン諸国にシンジケート・ローンなどで貸付を
していたのでブレディ債をかなりの金額で保有していました。
カントリー・リスクのエクスポジャー(Exposure)
を減らすために時期をみて値段しだいで売却したい意向のようでした。
商社の金融子会社やリース会社等はメキシコ、アルゼンチンの2−3年までの満期の
債券や銀行のCDなら投資はできるとの返事でした。
彼等は資金調達コストが高いのでリスクはあっても高い利回り
志向でした。
東京にきた二人は数年後に他社のインベストメント・バンクに
転職していました。トレダーだった一人はその後に
ロックフェラー・センターにオフィスのあるPrivate Equityの
会社の共同創業者になっていました。
もう一人はEmerging Market Traders Association
のDirectorを兼務したりBrady Bondに関する本をシカゴ商品取引所
と共著で書いたようです。
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