シギーのブログ談

マーチャント・バンク、インベストメント・バンク、投資銀行、航空機ファイナンス、音楽、グルメなど雑談を気ままにしています。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全36ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

一昨年に東京での同窓会で同窓である著名な
脚本家また小説家である早坂暁さんの講演会
がありました。

テーマは「坂の上の雲、それから」でした。

松山中学(現在 松山東高校)の同窓
になる秋山兄弟と水野広徳(ひろのり)
の話題でした。

司馬遼太郎著「坂の上の雲」に関して
司馬さんは生前には放映を禁じており
そのことが遺言にも書かれていた話
がありました。

私は7年ほど前にインターネットの記事で早坂さんが
昔、司馬さんに「坂の上の雲」を書きたい
と直接依頼したところ断られたと読んだ
ことがありました。

映像では司馬さんの意図と違って戦争美化
になる可能性があるのを嫌ったのが
理由とのことでした。

遺族にNHKが熱心に交渉して放映の
許可が最終的にでたようです。

(2006年の当初予定が延期に
なりやっと本年の11月に
NHKスペシャル大河番組で放映
されるようです。)

私が早坂さんの講演で特に為になる話を聞いた
と思ったのは水野広徳の話でした。

10年ほど前にインターネットを始めて愛媛関係
をチェックした頃に水野広徳の経歴を
知り興味を持っていました。

秋山兄弟もそうですが水野広徳の
ことを記憶では高校時代に先生方から聞いた
ことはなかったと思います。

偉大な平和主義者、反戦家の彼のことを
知り同窓として誇りに思いました。

海軍大佐までなっており元は軍国主義者だった
彼が転向して反戦主義者になったのに
大変興味がありました。

まだ軍国主義者の頃に「此の一戦」という
日露戦争の海戦記を書いておりベストセラー
になったようでした。

第一次世界大戦のヨーロッパへの視察で
多くの市民が犠牲になっている
惨状を見て戦争に対して考え方が変わり
反戦主義になったようでした。

太平洋戦争へと戦意が高揚する時代
に彼は日本の敗北を予言し戦争へ
と向かっている動きに警告を発した
ようです。

当時の状況からして公に反戦を唱えるのは
並大抵の信念がないとやれないことと
思いました。

また早坂さんは広島の原爆の話に
も触れて妹さんが原爆で
なくなった話題もされました。

当初の講演予定時間を過ぎても
熱心に反戦、平和を訴えていたのに
敬服しました。


早坂暁さんが脚本を書き1995年に
愛媛の南海放送・番組「悲劇の預言者、
海軍大佐 水野広徳」が放送されて
いたようです。

昨年の2月にNHK 「その時歴史が動いた」
でも水野広徳の話題があったようでした。
残念ですがこの放送があったことを最近
ネットで知りました。


早坂暁さんの小説で自伝的な
「ダウンタウン・ヒローズ」が非常に
面白かったです。

松山、旧制松山高校(今の愛媛大学)
の話題と最後の方に博多、九州大学の
話があり親近感がありました。

松山の大街道の通りやキャバレーの
銀馬車の話や福岡の中洲、九大、東公園などは
私も学生時代に松山、福岡で過ごしたので
土地勘があり読んでいて楽しかったです。

血気盛んな学生が喧嘩をするシーンなど
はバンカラな時代を感じました。

私の卒業した高校、大学も当時
としてはバンカラ(蛮カラ)な雰囲気が
まだ残っていました。

前の空手の練習の話は大学・空手部が
メインだったので7年ほど前の
空手スクールでの練習の話を載せます。

私のホーム・ページでかつて載せた
修行日記の一つです。

やや面白くしている部分もありますが
空手の練習を知らない方などへの
参考になれば幸いです。

因みにこの空手スクールも時代の流れで
今は多分もっと若くて優しくハンサムな先生が
普段は指導されていると予想されます。

多分、練習量は当時より少なくなって
生徒さん達へより配慮がされている
と考えます。

最近あるHPにここの空手の本部道場の
先生の話が載っていて笑って
しまいました。

他の空手の先生からも某先生の空手にかける
熱意に対して敬愛の言葉が書かれていました。

空手の思いと道場の経営、採算はもちろん
別のようです。



(最高師範より女子学生へ特別指導)


今日は連休のためか練習生が日頃の半分
の4人で少なかったです。。

新しいスクール生は今日のところ来ていませんでした。
連休のためだと思いたいです。

初めて見る他の道場からの一人の女子学生
(多分高校生)も参加していました。

私達は通常やる基本の突き、
蹴りの練習からはじまりこの2年間よくやっている二人
で交互に行う相手の手に逆突き、きざみ突き
、ワンツパンチを30回づつ3セットをこなしました。

最後は男性4人が自由組手を相手を変えて
3回3分間づつやりました。
型の練習は無かったです。

女学生は最初の準備体操から師範にありがたくも
(気の毒に)呼ばれて特別訓練を指導され
ていました。

ソファーに手をついての腕立て伏せいをかなりの数を
じくり行わせ又師範の好きな壁に両手を付いて行う
足腰の屈伸運動をかなりの時間させていました。

腕胸の筋肉強化、足腰の鍛錬が重要なので特に若い
これから選手として有望な人に目をかけている
のだろうと思いました。

(なにしろ師範は某フルコンタクト系で有名なOO
館空手の最初のオープン試合に伝統空手から参加
して2回戦で反則負けをした猛者のようでした。

もちろんその流派から破門になったとのことです。

ウイリー・ウイリアムスが猪木と闘った時に
「俺にもウイリーと試合をさせろ」と言ったとか
言わないとかの噂を聞きました。

プロのキックボクシングもしていた
ようで”クレージ何某”と呼ばれていた
とのことでした。 

彼女に後半は前屈立ちでの腰を入れて逆突きの
基本をさせていました。

思うに本人は私達と一緒に練習をしたかった
でしょう。

時々見ていると何回も腕立てをさせられるので
すぐにやらないので師範から愛の励ましの
お言葉がかかっていました。

そう言えば半年前まで大学生の女性が
道場に来ていましたがずっと来ないので
辞めたみたいでした。

彼女は高校生2年生の時に1年間ぐらい
練習していました。バレーボールもやっていた
背の高い子でした。大学生になって又修行を
再開していました。

体格のよい人なのでダイエットの
目的もあったのかもしれないです。

18才の年頃なのでスタイルをもっとよく
したかったのでしょう。

この立派な体格が師範の目にとまり将来有望な
選手として鍛えたかったのはよく理解できます。

そういえばテレビで見る全日本のトップ選手も
体格がいい人が多い感じでした。

モデルタイプとはもちろん違います。
私もその大学生は修行に耐えればすばらしい
選手になりトップレベルも可能かと感じる
恵まれた体格でした。

ただ残念ながら多分彼女と先生の思惑は
違っていたようでした。(いわゆるミスマッチです)。

この大学生もよく壁に両手を付き足腰の
屈伸運動をアドバイスされやっていました。
格好のいい運動ではないです。

ハードな修行はよほど強くなりたいとか
(最初は喧嘩に強くなりたいとか)の目的を持つか
空手が大好きじゃないとなかなか続けるのは
難しいでしょう。

特に上のような鍛錬は地味で体の限界に
チャレンジする根性を要するものでしょう。

私にもなかなか出来ないことです。

実は私も大学生のとき1年間はかなり
燃えて練習をしましたが歯が無くなることが嫌なのと
怪我が多くまた軟派な生活にも興味がわいた
年代で挫折しました。

現在は体力維持が目的ですが
少しでも空手の奥義に近づきたく
練習をしています。

私は今は朝に健康のためヨガ、ストレッチを
やった後に覚えてる空手の型で好きなのを
4種類をやっています。

準備に正面の突きと前蹴りと横蹴りを
数十本くらい軽くやっています。

型はマイペースのスピードで力をあまり入れずに
体の柔軟性と呼吸のいい効果を
得るのを主に目的にしています。

大学の空手部と町道場、カルチャー・スクール
などを経験しています。習ったのはトータルでは
8年ぐらいです。

数年前に流行った「ビリーズ・ブート・キャンプ」
などでも空手の要素が入っているようですが
普通の方には多分ハードですよね。

5年ほど前に空手を習っていた女性から
私のHPの掲示板に書き込みがあって
思ったことがありました。

彼女と私が一緒に習っていた
空手のスクールでは彼女には
体力的にきつ過ぎたようです。

女性が先生で女性が生徒だけの
空手スクール『女性のための空手』で
習っているとのことでした。


「皆さんとの激しい組手や、先生の厳しい
指導が今はすごく役に立ってます!
2〜3年のブランクがあったのに、
身体にしっかり基本がしみ込んでいるのに
おどろかされます。」
と肯定的なことも述べていました。


練習量は10分の1ぐらい
のようでした。
激しいロードワークもなく、今の体力的に
適して楽しく練習していますとの
ことでした。

私も何度か空手の練習を色々な
理由で辞めました。

大学の空手部は私に根性がないのと
怪我が多すぎたり、また歯が折れるのが
嫌、軟派に転向などで一年で
断念しました。

サックス、フルートを趣味で
吹いていたので若くして歯がなくなるのは
嫌でした。

高校の同期でトランペットが
上手かった人がいました。

地元の某大学・空手部に入っていてどうも
歯が無くなりトランペットが
吹けなくなって悩んだとの話を
聞きました。

自ら若くして命をたったとショックな
悲報を聞きました。

男性の急所である金的に怪我をして
すぐ止めた同期や高校の野球部出身で
体力のある仲の良かった三人もとてもついて
いけないと1ヶ月ぐらいで辞めました。

高校の時に町道場で黒帯を
とり綺麗な突き蹴りをする
者も数ヶ月で辞めました。

組み手の練習が激し過ぎたようです。

1年生の最初の頃の組み手は喧嘩、
軍鶏(しゃも)のような
もので寸止めの突きはコントロールが
ききにくいです。蹴りはあたっても
いいとのルールだったと思います。

口を切って血がでるのは当たり前
で足の指の根元が割けたり
色々な怪我をしました。

夏、冬、春の合宿明けは皆
の顔は腫れて、足は引きづって
歩いていました。

空手衣に血がつく度に強くなっていると
徐々に嬉しさを感じるようになっていたかも
しれません。


数十年後に手にプロテクター
をして体にあたってもダメージを
軽減できるようになった空手
スクールに4年半ぐらい通いました。

プロテクターをして基本はあてない
練習をしてほとんど怪我しない良さを
知りました。

怪我が少なくなっていれば大学時代に
もう少し長くつづけられたかも
しれないと思ったりもしました。

最近ヨガのブログなどを参考に見て
いてマイペース、個人の体力
に応じてやってください等のアドバイスを
読んで同感することが多いです。

もちろん年令や目指す目的に
よって練習の仕方や方法は
違うと思います。

しいて言えば空手に興味が
あったり好きでも道場、スクールによって
は続けられたり断念したりする
のは残念だなあと感じます。

マイペースが尊重される
ところはいいかなあと思います。

本来の武道、格闘技としては軟弱な
考えかも知れませんが健康法として
は許されるのではないかなあ
と感じます。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

「世界の中心で、愛をさけぶ」の作者である
片山恭一さんの話が朝日新聞の
18日の記事に載っていました。

宇和島で18歳まで暮らしたことや
九州大学に進学したことが述べられて
いました。

宇和島、故郷の海がすごく豊かだったことを
述べていました。

小説「世界の中心で、愛をさけぶ」が
宇和島を舞台にイメージにした
ことを語っていました。

この小説が2004年以降に映画、テレビ番組
になった頃にインターネットなど
で舞台の話題が活発にされていました。

舞台をめぐっての謎解き本もありました。

宇和島が本来の舞台というのは当時は
知らない人がほとんどでした。


映画は愛媛も少しロケで使われましたが
香川県の庵治町などのロケの方が
脚光を浴びました。

讃岐うどんと同様に東京では
愛媛のPRは負けている
と感じました。

愛媛の中でも宇和島はロケもなかった
ようです。

テレビ番組の方は伊豆・下田でした。

「世界の中心ーー」というイメージで
当時はあえて宇和島と限定しない方
がロマンティクさがあったのでしょう。

今回の「ふるさとへの手紙」で彼が述べている
ように「帰省するたびに街並みが少し
ずつ変わっていくんですよ。」

なるほどねと思いました。

片山恭一さんのもうひとつの
宇和島、松山、福岡を舞台に
した作品です。

よりリアリズムに富んでいます。



両親の故郷は宇和島の大浦です。

宇和島駅からタクシーなら
10分ぐらいのところにあります。

父が亡くなる8年前にビデオと写真で山
の上から大浦の海を写した写真を父に
見せました。

大浦にまた訪れたいようで
病床からじーとビデオ、
写真を眺めていました。

私が子供の頃は祖父・祖母の家
の目の前の海で魚が網で水揚げ
されていました。

新鮮な魚がたくさん食べれました。
今でも特に食べたいのは
「ホウタレ (片口いわし)」の
刺身です。

大浦湾は今は残念ながら埋め立ての
工事が始って当時の面影は
なくなっているようです。

どうも道路、トンネルなどの工事
で出た土を持っていくために
大浦湾を埋めているようです。

20年程前から埋め立てる計画は
あるのは聞いていましたが目的は
色々と変わっているようです。

インターネットで調べてみると
大浦湾の埋め立てに否定的な
のが目につきましたが肯定的な
意見もありました。

意見が分かれているのかなあと
思ったら宇和島市商工観光課の
HPのようでした。

「今大浦湾は埋め立て工事中で、
数年後に完成し、土地が広がる予定です。
これが完成した新しい大浦の町がどうなるか、
これからまた新しい魅力が増えるものと
期待しています。」

との前向き、楽観的なコメントでした。

宇和島自体は今回の金融危機の
ずーと前から景気は悪いです。

懐かしい思い出の海が徐々に消えて
いっています。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

司馬遼太郎の「街道をゆく 南伊予・
西土佐の道」の本です。

地元の呼び方では「南予 なんよ」が
一般的だと思います。

この本を読んだきっかけで愛媛にある
歴史のある町並みの景観の良さに
気がつきました。

特に卯之町(うのまち)を評価
していたようです。

車では何度も松山から宇和島に行く途中に
卯之町を通ったり卯之町が目的
で寄ったこともありました。


何か古めかしい建物のある町だなあとの
記憶がありましたが特に感動はそのとき
は覚えませんでした。

本で司馬さんと同行している須田画伯
が卯之町の中之町(なかのちょう)の
町並みを見て感嘆の言葉を発して
いるのに注目しました。

「ここは大変な町(ところ)です。京都だって
奈良だってこんな一角がありますか」
との言葉でした。

私は本当かなあと思う反面、私はよく
見ていなかったことに少し後悔を
しました。

卯之町の町並みHP

http://www.city.seiyo.ehime.jp/kanko/uwa_bunka.html#02


松山からもっと近い内子町(うちこ・ちょう)
の話も少し述べていました。

江戸末期、明治に蝋燭(ろうそく)の商売で
栄えた町です。蝋燭店の商家が
かなり残っており風情のある
町並みです。

4年半前に内子を再訪しました。

幾たびか訪れた町ですが
蝋燭店のあった商家の町並み
のところは初めて寄りました。

いやあ昔にタイム・スリップした
感じの歴史のある通りを
歩きました。

この十数年ぐらいで有名になった
芝居小屋の「内子座」にも
寄りました。

内子町観光協会HP

http://www.we-love-uchiko.jp/


本では内子から南へ下る大洲の城下町の
話がありました。

大洲には春にはツツジの花で小さな山全体が
ピンクや赤色にそまる富士山(とみすやま)
があります。この山の話題も
されていました。

車で山頂まで登ったり、JR予讃線 に
乗った際には窓際からよく眺めて
いました。

伊予の小京都・大洲市HP

http://www.city.ozu.ehime.jp/outer/ss/index.php




大洲から先ほど述べた卯之町を
とおり吉田町(よしだ・ちょう)
そして宇和島のことが
詳細に案内され昔の
エピソードなどが語られて
いました。



宇和島を好んだもう一人の
作家の獅子文六(しし・ぶんろく)
の本「てんや わんや」です。

オリジナルは「毎日新聞」に
連載小説として昭和23年から
24年に書かれたようです。

大変に人気のあった小説
だったらしいです。

若い世代の方は知らない人が
多いと思います。

私自身も名前は父からよく
聞いていましたがこの本
を読んだのは10年ほど前でした。

父の書棚に獅子文六
の全集らしきものがあったのは
覚えていましたが長年の間、読んだ
ことはありませんでした。

宇和島の岩松(後の津島町)が舞台
で大変ユーモアに富んだ面白い
小説です。

獅子文六の奥様が岩松の出身
だったようです。家族で宇和島に疎開
していたようです。

かつての漫才コンビ「獅子てんや・瀬戸わんや」
の芸名はこの小説からとったみたいです。
若い世代の人達は知らないと思います。

映画もあるようです。古いですが。

第二次大戦の戦後間もない頃での
宇和島あたりでの奇想天外な
話のようですがかなり宇和島人
のタイプを上手く表している面も
あると思いました。

この本で宇和島近くにある
桃源郷のような町や
鰻(うなぎ)の話を知りました。

松野町の鰻は美味で
有名なことも後に
知りました。

今は高知の四万十川が
有名ですがJR宇和島から
四万十川へ行ける
トロッコ列車などがあります。

愛媛県側の松野町は途中にあります。

松野町の天然鰻の参考HP

http://www.tabite.net/shikoku/food/11/index3.htm

私は知らずに鮎の料理を
食べましたが家族は鰻
をいただいていました。

後から鰻が旨いと聞き
残念に思いました。

家族はたまたまテレビ番組
を見て情報を得ていたようでした。

1999年の再刊本「てんや わんや」を
東京で買って読みました。

作家の村松 友視( ともみ)
さんが後書きとして「解説 戦後日本人の
原型を描く」のタイトルで説明しています。

大衆小説でいっきに読める
愉快な本です。

少し艶(つや)のある話題もあります。

全36ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
シギー
シギー
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事