シギーのブログ談

マーチャント・バンク、インベストメント・バンク、投資銀行、航空機ファイナンス、音楽、グルメなど雑談を気ままにしています。

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1992年にロンドンへ出張して研修などで
3週間滞在したことがありました。

ジャズが好きとイギリス人の同僚に話した
ところ親切にもJazz Clubである「Ronny Scott」
に案内してくれました。
http://www.ronniescotts.co.uk/?home

当時はキューバなどのラテン・ジャズが
盛んでした。

滞在していたロイヤル・ガーデン・ホテル
の前にも「Cuba」という店名のBar が
ありました。

出演はコンガなどの演奏で有名な
パーカッションのモンゴ・サンタマリア
のバンドでした。

彼の祖父はアフリカのコンゴから
連れてこられた黒人の奴隷だった
ようです。

彼が作曲した「Afro Blue」は
大好きな曲です。

祖国のアフリカの大地の
リズムを感じる曲です。

同僚と立ってビールを飲みながら
「Afro Blue」の白熱したライブ演奏を聴いた
のが楽しい思い出です。

以降も数年毎に何度かこのライブ・ハウスに
立ち寄りました。

2階にはディスコもあってライブ終了後に
踊ったこともありました。

「Afro Blue 」の曲は元々はテナー・サックス
の巨人で敬愛するジョン・コルトレーン
の演奏で知りました。

ジョン・コルトレーンの作曲と間違われた
ことがあるくらいに彼はこの曲が気に入って
いるようで度々演奏して色々なアルバムに
入っています。

ライブ・ハウスのバードランドでのアルバム
が好評のようです。レコードで何度も
聴きました。

私も何回か参加したジャム・セッションでは
ソプラノ・サックスで雰囲気だけは
コルトレーンのように吹き自己満足
していました。

一昨年にブルー・ノート東京の
ライブで聴いたヴォーカルのDeeDee Bridgewater
には感動しました。「Afro Blue」
を歌ってくれないかと願っていたら
圧倒的な迫力のある声量でこの曲
を歌ってくれました。

私が大学生であった1974年に東京で録音
した彼女のリーダー・アルバム「Afro Blue」
が大好評でした。

今日は2007年の発売でBlue Note 東京
でライブ演奏後に買ったCDで「Red Earth」
の中のAfro Blue の曲を何度も聴いています。

もう一つはピアノのマッコイ・タイナー
の演奏するAfro Blue を聴きました。

CD 「McCoy Tyner」 です。
彼がサインしてくれたShiggy が
入っています。

好きな曲の「Blue Bossa」もあります。

マッコイ・タイナーはジョン・コルトレーン
の主要なメンバーでした。

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1984年にニューヨークを訪れた時にBlue Note Jazz Club
に訪れました。お店がオープンして数年後で
新しいタイプのジャズ・ライブ・ハウスでした。
http://www.bluenote.net/newyork/index.shtml

軽い食事ができて客層も洒落た感じの
人が多かった感じです。

同じテーブルの人はモルガン銀行
の方でした。前日に訪れた
ライブ・ハウス「ヴィレッジ・ヴァンガード」
に比べるとかなりリッチな雰囲気でした。

出演はボサノヴァ演奏のパイオニア
であるテナー・サックスのスタン・ゲッツ(Stan Getz)の
メンバーでした。

レコード、ラジオ等で彼の演奏を聴いていた
印象はクール、物静かな甘美なものでした。

しかし実際のライブ演奏ではサックスの音量が
もの凄くありました。メリハリのきいた
アドリブ演奏では曲によってはジョン・コルトレーン
のようなモード演奏のようにスピードが
ありました。

レコードのアルバムでは「Getz Au Go Go」
をよく聴いていました。
スタンゲツ・カルテットとボサノヴァ歌手
で有名なアストラッド・ジルベルトの
競演です。

東京のJR駅で買った安売りの
シリーズ「Stan Getz」 CDを聴きました。

1.ディサフィナード 2.悲しみのサンバ
3.ワン・ノート・サンバ等です。

今は「CHEGA DE SAUDADE」のCDを
聴いています。

スタン・ゲッツなどがボサノヴァ演奏
をしているので購入しました。

大好きな「No More Blues」、「カーニバルの朝」
の曲など16曲入っていてお買い得
でした。

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ジャズをこれから聴きたい方等への
アルバムの紹介です。

1973年の東京・中野サンプラザでのライブ録音
のCDアルバム「Sonny Rollins in Japan」
を聴きながら書いています。

私が大学2年生の時にラジオのFM放送で
よくこのアルバムが流れていて
ラジオのカセット・テープで録音して
何度も聴いていました。

ソニーロリンズ(Ts)、増尾好秋(G)
ボブ・クランショウ(ELB)
ディヴィッド・リー(Ds) 
エム・トゥーメ(Conga)

1.ポワイ 2.セント・トーマス
3.アルフィー 4.モリータート

これらの曲をアルト・サックスで
テーマーとアドリブを少しコピー
して吹きました。

テーマはいずれも口ずさめる
覚えやすい曲でした。

セント・トーマスはカリプソという
カリブ海の独特のリズムで
楽しい曲です。

アルフィーは映画のテーマ曲
でかっこいいです。

モリタート以外はソニー・ロリンズの
作曲です。

同じ下宿に住んでいた親友が私の
ちょうど上の2階に居ました。

彼は私の影響を受けてジャズ好きに
なっていました。

羨ましいことに彼はステレオを持って
おりこのアルバムのレコードを買って
聴いていました。

よく彼の部屋にお邪魔して彼がサイフォン
で入れてくれたコヒーを飲んで
このアルバムを聴いていました。

東京に転職してから霞ヶ関ビルの
会社に勤めていました。

たまたま近くにある虎ノ門にある
コンサート・ホールで1983年にソニー・ロリンズの
来日コンサートがあるのに気がつきました。

早速チケットを買ってコンサートでのライブ
を聴きに行きました。

下記の来日メンバーでした。
ソニー・ロリンズ(Ts) 増尾好秋(G)
ボビー・ブルーム(G)、ラッセル・ブレイク(G)
トミー・キャンベル(Ds)

ステージでテナー・サックスを上に何度
も振り上げて吹く姿は圧巻でした。

アドリブは何時終わるんだろうと
言うくらい長く驚異的な演奏でした。

以降は数年毎に8回ぐらい東京
と横浜で彼のグループのコンサート
を聴いています。

コンサートの中では2000年
だったかに神奈川県民ホール
であったライブが特に印象深い
です。

最終の演奏の曲に近づいたときに
聴衆がほぼ全員がステージの近く
まで近寄って見に行きました。

ソニー・ロリンズも一生懸命
に吹き続けながらかがんで
聴衆に顔を向けて目を見開いて
いるのが特に感銘を受け印象
に残っています。

彼は日本の文化に大変造詣が
また禅、ヨガに熱心なようです。

1968年には曹洞宗の大本山である
横浜・鶴見にある「総持寺」を訪れた
ようです。

私は総持寺の近くに住んでいるので
この話を知ったときには少し
嬉しくなりました。

ヨガは私もします。
彼はヨガの呼吸法をサックスの演奏にも
取り入れているようです。

長く吹き続けられるのはそのあたり
の訓練と精神面があるのかなあと
思いました。

小さなライブ・ハウスでの演奏ではなく
大きなコンサート会場などで演奏している
のはクラッシクとジャズも同じステイタス
であるとアピールしているようです。

若い頃から黒人差別問題を意識
して曲をつくり、また地球環境問題
へのジャズの演奏を通して
強くアピールしています。

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7年ほど前にホームページに「博多ラーメンの想い出」
のコーナーをつくったことがありました。

ラーメンのホームページは沢山のお店を
紹介しているのが数多くあり東京に
ある博多ラーメン、九州ラーメンに的を絞りました。

HPの縁で饂飩(うどん)とラーメン好きの
某メーリング・リストに勧誘された
ことがありました。

MLのメンバーでのオフ会に参加
したことがありました。

テレビでよく拝見していたラーメン
の評論家の方やテレビ・チャンピオン
の人達が参加されていました。

気さくなパーティで楽しく
うどん屋、ラーメン屋さんの話が
できました。

私は単なる麺好きでぶらぶら
と東京にある饂飩屋さんと主に
博多ラーメン屋を食べ歩いて
いただけです。

博多ラーメンの追想です。

1980年に東京に来た頃には
博多ラーメンを食べれる店は
知りませんでした。

1985年頃に渋谷にあった「ふくちゃん」
が東京で最初に訪れた博多ラーメン店
でした。

20年ほど前に六本木での飲み会の
後に西麻布にある「赤のれん」に
初めて寄りました。

福岡での大学時代に何度か
寄った店の暖簾分けのようでした。

15年ほど前に博多から恵比寿に進出
してきた「一風堂」が新しいタイプの
博多ラーメン店だなあと思いました。

何軒か博多ラーメン屋さんを載せます。


博多ラーメン 「ふくちゃん」

東京に来て初めて食べた本格的な博多ラーメン店
数年前まで渋谷店がありましたが
今はないようです。

築地・本店の方に何度か
訪れました。

トッピング等のサービスがよく気に入っています。

築地総本店
東京都中央区築地6-9-5 ふくちゃん1・2F
電話 03−3545−6005

お店HP
http://fukuchan-foods.co.jp/top.html


博多ラーメン 「赤のれん」

東京での博多ラーメンの老舗です。
麺はやや平たいオリジナルの細麺。
スープは薄茶で濃厚だが臭みは感じられないです。
懐かしい味で好きなお店です。

六本木駅から西麻布方面へ左側を歩いて6−7分。

港区西麻布3-21-24第五中岡ビル1F

お店参考HP

http://ramen.gnavi.co.jp/shop/jp/g545500n.htm


博多「一風堂」

恵比寿店がオープンして間もない頃に
訪れました。

新しい洒落た店内でいつも
繁盛していました。

麺もよくスープも旨いと思いました。

都内にチェーン店が増えている評判のお店です。


JR恵比寿駅から近く明治通り沿いにあります。

恵比寿店 

渋谷区広尾1−3-12 
電話 03ー5420−2225

六本木店、明大前店、横浜ポルタ店なども
訪れました。 ニューヨーク店もできている
ようです。

お店HP
http://www.ippudo.com/top/index.html



「博多っ子」 お茶の水

JRお茶の水駅近くの「博多ラーメン」の看板
しかないお店です。

お店の人に聞くと店名は「博多っ子」
ということでした。開店当時は他に
博多ラーメンを食べれる店は
お茶の水の近くになかったとの
ことでした。

1階と2階がありカウンター席。
学生などで繁盛していました。

紅生姜、高菜など無料のトッピング、
替え玉などがあり本格的博多ラーメン。

御茶ノ水橋口駅から明大通りを左側に
明大方面へ歩いてすぐ近くにあります。



「博多龍龍軒」

お茶の水駅近くのお店。本店は博多にあります。
細麺であっさりしたスープ。美味しいです。

御茶ノ水橋口駅から明大通りを明大方面へ
歩き交差点を渡って次ぎの通りを左折。
歩いて1−2分。

御茶ノ水店
千代田区神田駿河台2−4 
電話03−3291−8887

お店参考HP

http://ramen.gnavi.co.jp/shop/jp/g550700n.htm



「博多長浜ラーメン 呑龍(どんりゅう)」

新橋駅の近くにあるお店。
第一京浜沿いJR高架手前。
麺は福岡から取り寄せているようです。

紅生姜、高菜あり。
本格的な博多ラーメンのお店で
旨かったです。何回か寄っています。


港区東新橋1−2−13
電話 3575−1052

参考HP

http://gourmet.yahoo.co.jp/0000672405/0002578537/


「なんでんかんでん」

博多ラーメンのブームをつくった環7通り沿いに
ある屋台ぽい行列店。油がかなり浮いた
濃厚なスープでした。
麺は本格的な細麺。

もちろん紅生姜、辛し高菜もテーブルに
置いてありました。

京王井の頭線新代田駅
から中野方面へ3分ぐらい歩きます。

世田谷区羽根木 1−8−7
電話03−3322−2539

お店HP
http://nandenkanden.com/

 
「博多 長浜屋台 やまちゃん」

本場の福岡の東京支店です。
スタッフも博多から来ているようでした。
麺、スープも本場仕込みで旨いです。

ランチ・タイムにはチャーシュを
そぼろにしたようなものがのっている小
ライスがサービスで付きました。
お勧めの店です。

中央区 銀座3丁目11−10 稿本ビル1F 
電話 03−5565−1838

お店参考HP

http://gourmet.gyao.jp/0002109199/


 
「博多ラーメン しばらく 日本橋店」

本店は福岡の西新で地元ファンの多い老舗
の系列店。

本店は35年ほど前に何度か訪れた懐かしい店
です。

昔のタイプのあっさりとしたスープで旨かったです。
キクラゲ、チャーシユが美味。やや小ぶりの器。

水天宮すぐ近くにあります。

日本橋蠣殻町 2−14−4
電話 03−3665−0088



参考HP

http://gourmet.livedoor.com/restaurant/15486/




「ラーメン屋 秀」

私が35年ほど前に箱崎の九大前・電停近くで
食べていた「箱崎だるま」の
流れをくむ店です。店主の息子さんの
系列店のようです。

ジャズライブハウスのBフラットの斜め前に
あり偶然見つけました。

懐かしい味でした。

港区赤坂2-17-58 福住ビル1F
TEL 03-5545-9488

お店HP

http://www.ra-hide.com/shop/

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一昨年に東京での同窓会で同窓である著名な
脚本家また小説家である早坂暁さんの講演会
がありました。

テーマは「坂の上の雲、それから」でした。

松山中学(現在 松山東高校)の同窓
になる秋山兄弟と水野広徳(ひろのり)
の話題でした。

司馬遼太郎著「坂の上の雲」に関して
司馬さんは生前には放映を禁じており
そのことが遺言にも書かれていた話
がありました。

私は7年ほど前にインターネットの記事で早坂さんが
昔、司馬さんに「坂の上の雲」を書きたい
と直接依頼したところ断られたと読んだ
ことがありました。

映像では司馬さんの意図と違って戦争美化
になる可能性があるのを嫌ったのが
理由とのことでした。

遺族にNHKが熱心に交渉して放映の
許可が最終的にでたようです。

(2006年の当初予定が延期に
なりやっと本年の11月に
NHKスペシャル大河番組で放映
されるようです。)

私が早坂さんの講演で特に為になる話を聞いた
と思ったのは水野広徳の話でした。

10年ほど前にインターネットを始めて愛媛関係
をチェックした頃に水野広徳の経歴を
知り興味を持っていました。

秋山兄弟もそうですが水野広徳の
ことを記憶では高校時代に先生方から聞いた
ことはなかったと思います。

偉大な平和主義者、反戦家の彼のことを
知り同窓として誇りに思いました。

海軍大佐までなっており元は軍国主義者だった
彼が転向して反戦主義者になったのに
大変興味がありました。

まだ軍国主義者の頃に「此の一戦」という
日露戦争の海戦記を書いておりベストセラー
になったようでした。

第一次世界大戦のヨーロッパへの視察で
多くの市民が犠牲になっている
惨状を見て戦争に対して考え方が変わり
反戦主義になったようでした。

太平洋戦争へと戦意が高揚する時代
に彼は日本の敗北を予言し戦争へ
と向かっている動きに警告を発した
ようです。

当時の状況からして公に反戦を唱えるのは
並大抵の信念がないとやれないことと
思いました。

また早坂さんは広島の原爆の話に
も触れて妹さんが原爆で
なくなった話題もされました。

当初の講演予定時間を過ぎても
熱心に反戦、平和を訴えていたのに
敬服しました。


早坂暁さんが脚本を書き1995年に
愛媛の南海放送・番組「悲劇の預言者、
海軍大佐 水野広徳」が放送されて
いたようです。

昨年の2月にNHK 「その時歴史が動いた」
でも水野広徳の話題があったようでした。
残念ですがこの放送があったことを最近
ネットで知りました。


早坂暁さんの小説で自伝的な
「ダウンタウン・ヒローズ」が非常に
面白かったです。

松山、旧制松山高校(今の愛媛大学)
の話題と最後の方に博多、九州大学の
話があり親近感がありました。

松山の大街道の通りやキャバレーの
銀馬車の話や福岡の中洲、九大、東公園などは
私も学生時代に松山、福岡で過ごしたので
土地勘があり読んでいて楽しかったです。

血気盛んな学生が喧嘩をするシーンなど
はバンカラな時代を感じました。

私の卒業した高校、大学も当時
としてはバンカラ(蛮カラ)な雰囲気が
まだ残っていました。

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