シギーのブログ談

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うどん好き雑談

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前に買った1998年サライ「うどん好き百科」
の本です。

讃岐、きつね、しっぽく、うどんすき、ほうとう、
きしめん、味噌煮込み、伊勢、稲庭、博多
などタイプ別にお勧めの店が載っています。

私の出身地である愛媛・松山では
しっぽくの店で老舗「うどんのとしだ」が
紹介されていました。

道後温泉・本館の近くにあった
店です。残念ながら数年前に
閉店しました。

麺は柔らかめでしたが弾力は
あって美味しい店でした。

本には載っていませんが松山
の地元で有名なのは
鍋焼きうどん屋さんの「ことり」
と「アサヒ」です。

「ことり」は昔から女学生に人気
がありました。私の姉も高校生の頃に
寄っていました。

鍋焼きうどんと稲荷ずしだけの
メニューです。

「ことり」は映画の「がんばっていきまっしょい」
でもロケに使われました。

今年、11月放送予定NHKスペシャル大河ドラマ
「坂の上の雲」で松山に旅行したくなる方
はついでに寄ってみてください。

私は大学時代は福岡で過ごしたので
博多のうどん屋さんに時々寄って
いました。

本には紹介されていないですが
櫛田神社近くにある老舗の
「かろのうろん」で何度か食べました。

最初は合ハイ「合同ハイキング」で知り合った
女子大生に案内されて訪れました。
ゴボウ天うどん等が美味しかったです。

東京では東京駅、八重洲の
地下街にある「博多」でよく
食べていました。

本にある讃岐うどん「かな泉」
は松山店ができて間もない
頃に訪れました。

うどん屋さんにしては大きな建物
で高級感がありました。

数年前に高松の本店にも寄った
ことがありました。

讃岐「わら家」も四国村ができて間もない頃に
車で立ち寄ったことがありました。

数年前に高松出張の際に「わら家」に
再訪しました。釜揚げうどんが
美味しかったです。

きつねは前にもブログで話題にした
大阪「松葉家」が本で紹介
されていました。

うどんすきは「美々卯 みみう」です。
私は東京の新橋で初めて食べました。
京橋店ではきつねうどんなど昼食で
単品を食べていました。

きしめんは昨年に名古屋に
旅行した際にたまたま
立ち寄った店が本で
紹介されている「きしめんのヨシダ」
でした。

味噌煮込みは名古屋「山本屋総本家」
でした。

名古屋に出張の際に食べたことがありました。

伊勢うどんは会社の旅行で伊勢志摩に
行ったときに古いうどん屋に寄りました。
名前は忘れました。

稲庭は東京で食べただけですが
佐藤養助の稲庭うどんを出す
「いなにわ日比谷店」と「西麻布いなにわ」
で幾度か食べました。

7年ほど前にホームページに「博多ラーメンの想い出」
のコーナーをつくったことがありました。

ラーメンのホームページは沢山のお店を
紹介しているのが数多くあり東京に
ある博多ラーメン、九州ラーメンに的を絞りました。

HPの縁で饂飩(うどん)とラーメン好きの
某メーリング・リストに勧誘された
ことがありました。

MLのメンバーでのオフ会に参加
したことがありました。

テレビでよく拝見していたラーメン
の評論家の方やテレビ・チャンピオン
の人達が参加されていました。

気さくなパーティで楽しく
うどん屋、ラーメン屋さんの話が
できました。

私は単なる麺好きでぶらぶら
と東京にある饂飩屋さんと主に
博多ラーメン屋を食べ歩いて
いただけです。

博多ラーメンの追想です。

1980年に東京に来た頃には
博多ラーメンを食べれる店は
知りませんでした。

1985年頃に渋谷にあった「ふくちゃん」
が東京で最初に訪れた博多ラーメン店
でした。

20年ほど前に六本木での飲み会の
後に西麻布にある「赤のれん」に
初めて寄りました。

福岡での大学時代に何度か
寄った店の暖簾分けのようでした。

15年ほど前に博多から恵比寿に進出
してきた「一風堂」が新しいタイプの
博多ラーメン店だなあと思いました。

何軒か博多ラーメン屋さんを載せます。


博多ラーメン 「ふくちゃん」

東京に来て初めて食べた本格的な博多ラーメン店
数年前まで渋谷店がありましたが
今はないようです。

築地・本店の方に何度か
訪れました。

トッピング等のサービスがよく気に入っています。

築地総本店
東京都中央区築地6-9-5 ふくちゃん1・2F
電話 03−3545−6005

お店HP
http://fukuchan-foods.co.jp/top.html


博多ラーメン 「赤のれん」

東京での博多ラーメンの老舗です。
麺はやや平たいオリジナルの細麺。
スープは薄茶で濃厚だが臭みは感じられないです。
懐かしい味で好きなお店です。

六本木駅から西麻布方面へ左側を歩いて6−7分。

港区西麻布3-21-24第五中岡ビル1F

お店参考HP

http://ramen.gnavi.co.jp/shop/jp/g545500n.htm


博多「一風堂」

恵比寿店がオープンして間もない頃に
訪れました。

新しい洒落た店内でいつも
繁盛していました。

麺もよくスープも旨いと思いました。

都内にチェーン店が増えている評判のお店です。


JR恵比寿駅から近く明治通り沿いにあります。

恵比寿店 

渋谷区広尾1−3-12 
電話 03ー5420−2225

六本木店、明大前店、横浜ポルタ店なども
訪れました。 ニューヨーク店もできている
ようです。

お店HP
http://www.ippudo.com/top/index.html



「博多っ子」 お茶の水

JRお茶の水駅近くの「博多ラーメン」の看板
しかないお店です。

お店の人に聞くと店名は「博多っ子」
ということでした。開店当時は他に
博多ラーメンを食べれる店は
お茶の水の近くになかったとの
ことでした。

1階と2階がありカウンター席。
学生などで繁盛していました。

紅生姜、高菜など無料のトッピング、
替え玉などがあり本格的博多ラーメン。

御茶ノ水橋口駅から明大通りを左側に
明大方面へ歩いてすぐ近くにあります。



「博多龍龍軒」

お茶の水駅近くのお店。本店は博多にあります。
細麺であっさりしたスープ。美味しいです。

御茶ノ水橋口駅から明大通りを明大方面へ
歩き交差点を渡って次ぎの通りを左折。
歩いて1−2分。

御茶ノ水店
千代田区神田駿河台2−4 
電話03−3291−8887

お店参考HP

http://ramen.gnavi.co.jp/shop/jp/g550700n.htm



「博多長浜ラーメン 呑龍(どんりゅう)」

新橋駅の近くにあるお店。
第一京浜沿いJR高架手前。
麺は福岡から取り寄せているようです。

紅生姜、高菜あり。
本格的な博多ラーメンのお店で
旨かったです。何回か寄っています。


港区東新橋1−2−13
電話 3575−1052

参考HP

http://gourmet.yahoo.co.jp/0000672405/0002578537/


「なんでんかんでん」

博多ラーメンのブームをつくった環7通り沿いに
ある屋台ぽい行列店。油がかなり浮いた
濃厚なスープでした。
麺は本格的な細麺。

もちろん紅生姜、辛し高菜もテーブルに
置いてありました。

京王井の頭線新代田駅
から中野方面へ3分ぐらい歩きます。

世田谷区羽根木 1−8−7
電話03−3322−2539

お店HP
http://nandenkanden.com/

 
「博多 長浜屋台 やまちゃん」

本場の福岡の東京支店です。
スタッフも博多から来ているようでした。
麺、スープも本場仕込みで旨いです。

ランチ・タイムにはチャーシュを
そぼろにしたようなものがのっている小
ライスがサービスで付きました。
お勧めの店です。

中央区 銀座3丁目11−10 稿本ビル1F 
電話 03−5565−1838

お店参考HP

http://gourmet.gyao.jp/0002109199/


 
「博多ラーメン しばらく 日本橋店」

本店は福岡の西新で地元ファンの多い老舗
の系列店。

本店は35年ほど前に何度か訪れた懐かしい店
です。

昔のタイプのあっさりとしたスープで旨かったです。
キクラゲ、チャーシユが美味。やや小ぶりの器。

水天宮すぐ近くにあります。

日本橋蠣殻町 2−14−4
電話 03−3665−0088



参考HP

http://gourmet.livedoor.com/restaurant/15486/




「ラーメン屋 秀」

私が35年ほど前に箱崎の九大前・電停近くで
食べていた「箱崎だるま」の
流れをくむ店です。店主の息子さんの
系列店のようです。

ジャズライブハウスのBフラットの斜め前に
あり偶然見つけました。

懐かしい味でした。

港区赤坂2-17-58 福住ビル1F
TEL 03-5545-9488

お店HP

http://www.ra-hide.com/shop/

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一昨年に東京での同窓会で同窓である著名な
脚本家また小説家である早坂暁さんの講演会
がありました。

テーマは「坂の上の雲、それから」でした。

松山中学(現在 松山東高校)の同窓
になる秋山兄弟と水野広徳(ひろのり)
の話題でした。

司馬遼太郎著「坂の上の雲」に関して
司馬さんは生前には放映を禁じており
そのことが遺言にも書かれていた話
がありました。

私は7年ほど前にインターネットの記事で早坂さんが
昔、司馬さんに「坂の上の雲」を書きたい
と直接依頼したところ断られたと読んだ
ことがありました。

映像では司馬さんの意図と違って戦争美化
になる可能性があるのを嫌ったのが
理由とのことでした。

遺族にNHKが熱心に交渉して放映の
許可が最終的にでたようです。

(2006年の当初予定が延期に
なりやっと本年の11月に
NHKスペシャル大河番組で放映
されるようです。)

私が早坂さんの講演で特に為になる話を聞いた
と思ったのは水野広徳の話でした。

10年ほど前にインターネットを始めて愛媛関係
をチェックした頃に水野広徳の経歴を
知り興味を持っていました。

秋山兄弟もそうですが水野広徳の
ことを記憶では高校時代に先生方から聞いた
ことはなかったと思います。

偉大な平和主義者、反戦家の彼のことを
知り同窓として誇りに思いました。

海軍大佐までなっており元は軍国主義者だった
彼が転向して反戦主義者になったのに
大変興味がありました。

まだ軍国主義者の頃に「此の一戦」という
日露戦争の海戦記を書いておりベストセラー
になったようでした。

第一次世界大戦のヨーロッパへの視察で
多くの市民が犠牲になっている
惨状を見て戦争に対して考え方が変わり
反戦主義になったようでした。

太平洋戦争へと戦意が高揚する時代
に彼は日本の敗北を予言し戦争へ
と向かっている動きに警告を発した
ようです。

当時の状況からして公に反戦を唱えるのは
並大抵の信念がないとやれないことと
思いました。

また早坂さんは広島の原爆の話に
も触れて妹さんが原爆で
なくなった話題もされました。

当初の講演予定時間を過ぎても
熱心に反戦、平和を訴えていたのに
敬服しました。


早坂暁さんが脚本を書き1995年に
愛媛の南海放送・番組「悲劇の預言者、
海軍大佐 水野広徳」が放送されて
いたようです。

昨年の2月にNHK 「その時歴史が動いた」
でも水野広徳の話題があったようでした。
残念ですがこの放送があったことを最近
ネットで知りました。


早坂暁さんの小説で自伝的な
「ダウンタウン・ヒローズ」が非常に
面白かったです。

松山、旧制松山高校(今の愛媛大学)
の話題と最後の方に博多、九州大学の
話があり親近感がありました。

松山の大街道の通りやキャバレーの
銀馬車の話や福岡の中洲、九大、東公園などは
私も学生時代に松山、福岡で過ごしたので
土地勘があり読んでいて楽しかったです。

血気盛んな学生が喧嘩をするシーンなど
はバンカラな時代を感じました。

私の卒業した高校、大学も当時
としてはバンカラ(蛮カラ)な雰囲気が
まだ残っていました。

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「世界の中心で、愛をさけぶ」の作者である
片山恭一さんの話が朝日新聞の
18日の記事に載っていました。

宇和島で18歳まで暮らしたことや
九州大学に進学したことが述べられて
いました。

宇和島、故郷の海がすごく豊かだったことを
述べていました。

小説「世界の中心で、愛をさけぶ」が
宇和島を舞台にイメージにした
ことを語っていました。

この小説が2004年以降に映画、テレビ番組
になった頃にインターネットなど
で舞台の話題が活発にされていました。

舞台をめぐっての謎解き本もありました。

宇和島が本来の舞台というのは当時は
知らない人がほとんどでした。


映画は愛媛も少しロケで使われましたが
香川県の庵治町などのロケの方が
脚光を浴びました。

讃岐うどんと同様に東京では
愛媛のPRは負けている
と感じました。

愛媛の中でも宇和島はロケもなかった
ようです。

テレビ番組の方は伊豆・下田でした。

「世界の中心ーー」というイメージで
当時はあえて宇和島と限定しない方
がロマンティクさがあったのでしょう。

今回の「ふるさとへの手紙」で彼が述べている
ように「帰省するたびに街並みが少し
ずつ変わっていくんですよ。」

なるほどねと思いました。

片山恭一さんのもうひとつの
宇和島、松山、福岡を舞台に
した作品です。

よりリアリズムに富んでいます。



両親の故郷は宇和島の大浦です。

宇和島駅からタクシーなら
10分ぐらいのところにあります。

父が亡くなる8年前にビデオと写真で山
の上から大浦の海を写した写真を父に
見せました。

大浦にまた訪れたいようで
病床からじーとビデオ、
写真を眺めていました。

私が子供の頃は祖父・祖母の家
の目の前の海で魚が網で水揚げ
されていました。

新鮮な魚がたくさん食べれました。
今でも特に食べたいのは
「ホウタレ (片口いわし)」の
刺身です。

大浦湾は今は残念ながら埋め立ての
工事が始って当時の面影は
なくなっているようです。

どうも道路、トンネルなどの工事
で出た土を持っていくために
大浦湾を埋めているようです。

20年程前から埋め立てる計画は
あるのは聞いていましたが目的は
色々と変わっているようです。

インターネットで調べてみると
大浦湾の埋め立てに否定的な
のが目につきましたが肯定的な
意見もありました。

意見が分かれているのかなあと
思ったら宇和島市商工観光課の
HPのようでした。

「今大浦湾は埋め立て工事中で、
数年後に完成し、土地が広がる予定です。
これが完成した新しい大浦の町がどうなるか、
これからまた新しい魅力が増えるものと
期待しています。」

との前向き、楽観的なコメントでした。

宇和島自体は今回の金融危機の
ずーと前から景気は悪いです。

懐かしい思い出の海が徐々に消えて
いっています。

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司馬遼太郎の「街道をゆく 南伊予・
西土佐の道」の本です。

地元の呼び方では「南予 なんよ」が
一般的だと思います。

この本を読んだきっかけで愛媛にある
歴史のある町並みの景観の良さに
気がつきました。

特に卯之町(うのまち)を評価
していたようです。

車では何度も松山から宇和島に行く途中に
卯之町を通ったり卯之町が目的
で寄ったこともありました。


何か古めかしい建物のある町だなあとの
記憶がありましたが特に感動はそのとき
は覚えませんでした。

本で司馬さんと同行している須田画伯
が卯之町の中之町(なかのちょう)の
町並みを見て感嘆の言葉を発して
いるのに注目しました。

「ここは大変な町(ところ)です。京都だって
奈良だってこんな一角がありますか」
との言葉でした。

私は本当かなあと思う反面、私はよく
見ていなかったことに少し後悔を
しました。

卯之町の町並みHP

http://www.city.seiyo.ehime.jp/kanko/uwa_bunka.html#02


松山からもっと近い内子町(うちこ・ちょう)
の話も少し述べていました。

江戸末期、明治に蝋燭(ろうそく)の商売で
栄えた町です。蝋燭店の商家が
かなり残っており風情のある
町並みです。

4年半前に内子を再訪しました。

幾たびか訪れた町ですが
蝋燭店のあった商家の町並み
のところは初めて寄りました。

いやあ昔にタイム・スリップした
感じの歴史のある通りを
歩きました。

この十数年ぐらいで有名になった
芝居小屋の「内子座」にも
寄りました。

内子町観光協会HP

http://www.we-love-uchiko.jp/


本では内子から南へ下る大洲の城下町の
話がありました。

大洲には春にはツツジの花で小さな山全体が
ピンクや赤色にそまる富士山(とみすやま)
があります。この山の話題も
されていました。

車で山頂まで登ったり、JR予讃線 に
乗った際には窓際からよく眺めて
いました。

伊予の小京都・大洲市HP

http://www.city.ozu.ehime.jp/outer/ss/index.php




大洲から先ほど述べた卯之町を
とおり吉田町(よしだ・ちょう)
そして宇和島のことが
詳細に案内され昔の
エピソードなどが語られて
いました。



宇和島を好んだもう一人の
作家の獅子文六(しし・ぶんろく)
の本「てんや わんや」です。

オリジナルは「毎日新聞」に
連載小説として昭和23年から
24年に書かれたようです。

大変に人気のあった小説
だったらしいです。

若い世代の方は知らない人が
多いと思います。

私自身も名前は父からよく
聞いていましたがこの本
を読んだのは10年ほど前でした。

父の書棚に獅子文六
の全集らしきものがあったのは
覚えていましたが長年の間、読んだ
ことはありませんでした。

宇和島の岩松(後の津島町)が舞台
で大変ユーモアに富んだ面白い
小説です。

獅子文六の奥様が岩松の出身
だったようです。家族で宇和島に疎開
していたようです。

かつての漫才コンビ「獅子てんや・瀬戸わんや」
の芸名はこの小説からとったみたいです。
若い世代の人達は知らないと思います。

映画もあるようです。古いですが。

第二次大戦の戦後間もない頃での
宇和島あたりでの奇想天外な
話のようですがかなり宇和島人
のタイプを上手く表している面も
あると思いました。

この本で宇和島近くにある
桃源郷のような町や
鰻(うなぎ)の話を知りました。

松野町の鰻は美味で
有名なことも後に
知りました。

今は高知の四万十川が
有名ですがJR宇和島から
四万十川へ行ける
トロッコ列車などがあります。

愛媛県側の松野町は途中にあります。

松野町の天然鰻の参考HP

http://www.tabite.net/shikoku/food/11/index3.htm

私は知らずに鮎の料理を
食べましたが家族は鰻
をいただいていました。

後から鰻が旨いと聞き
残念に思いました。

家族はたまたまテレビ番組
を見て情報を得ていたようでした。

1999年の再刊本「てんや わんや」を
東京で買って読みました。

作家の村松 友視( ともみ)
さんが後書きとして「解説 戦後日本人の
原型を描く」のタイトルで説明しています。

大衆小説でいっきに読める
愉快な本です。

少し艶(つや)のある話題もあります。


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