シギーのブログ談

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1977年に大分県、別府の近くにある城島高原
で開催された「城島ジャズイン」に行ったことが
ありました。広大な高原での野外ジャズライブは
大変気持ちのいいものでした。

司会は芸能界に入って数年後のジャズ好きで
有名なタモリがしていました。

空からはまだ珍しかったハング・グライダーで
何人かが会場に降りてくるハプニングな
仕掛けもありました。

渡辺貞夫のグループの演奏とベース奏者、鈴木勲が
リーダであるバーニング・メン(Burning Men)の
グループの演奏が印象に残っています。

特にバーニング・メンが演奏した「追憶
The Way We Were」は夕方近くに
なった高原の雰囲気もあり感動しました。

持っているレコード・ジャケットです。

メンバーは鈴木勲(B)、山本剛(P)
秋山一将(G)等です。

Side A:  Burining Men
Blues For Ron
Side B: Cheek to Cheek
The Way We Were
My One and Only Love

城島高原での「城島ジャズイン 」 は
残念ながら1981年で終了した
ようです。

現在は「別府ジャズイン」ということで
別府で開催されているようです。


1990年前後に二度、富士山が
よく見える山中湖畔で開催
された「Mt. Fuji Jazz Festival」
でジャズライブを楽しみました。

ヴォーカルのルー・ロウルズ や
オルガン奏者のジミー・スミスの
競演が記憶に残っています。

日本のトランペット奏者の第一人者である
日野皓正 の演奏も想いでに残っています。

終了後の会場で写した写真です。

今は残念ですが山中湖での
このジャズフェスティバルは
開催されていません。

横浜の鶴見、総持寺にある石原裕次郎の
墓に久しぶりに参拝しました。

数年前は総持寺に行く度に
墓に寄って拝んでいました。

通勤途中などでよく総持寺の
境内を通ります。

墓にはいつも沢山の綺麗な花が
置かれています。

今年は23回忌になると最近
マスコミで報道されていたようです。

石原プロが何度か総持寺で
イベントをやっているのに
遭遇しました。

石原兄弟の父親である石原潔が愛媛の
長浜出身と知ったのは10年程前でした。

それまでは神奈川の逗子の
イメージが強く愛媛と関係が
あるとは知りませんでした。

私は裕次郎の「ブランデーグラス」の
歌が大好きでよくカラオケで歌って
いました。

愛媛にルーツがあることが分り
益々ファンになりました。


父親の石原潔が山下汽船に勤務していた
ことから山下汽船の創業者である
山下亀三郎のことを知りました。

彼は今の愛媛・宇和島、吉田町の
出身と分りました。

山下亀三郎と石原潔は縁が
あったのか二人とも今の
宇和島東高校を中退している
ようです。

家族でよく横浜の港近くにある山下公園に
行きます。

この山下公園が山下亀三郎の寄贈であることは
後に公園にある看板だったかの説明で知りました。

私の家族は特に思いはなかったようですが
私には愛媛というのにどうしても
反応してしまいます。

1980年に東京に転職した
頃に会社の同僚などで
四国を旅行したことのある人
はほとんどいませんでした。

何年か前から高知の四万十川への旅、
しまなみ海道、四国遍路などがブームになり
四国、特に愛媛の知名度が上がってきている
ことは嬉しいです。

うどんの追想

私の亡き父が書いていた短編集に宇和島
の和霊神社前にあった「大阪屋」の
饂飩について書いていました。
商業高校を卒業した昭和14年(1939年)
に祖母が卒業祝にうどん屋さんに
連れて行ったようです。

宇和島の名物である蒲鉾と天ぷら(じゃこ天)が
入った饂飩のようでした。
美味しくて三杯食べたようです。

この話を読んで親子で饂飩が
大好きだなあと感じました。

宇和島には明治10年(1877年)創業
の麺専門店「菊屋」があります。
「カレーうどん」が変わった色、味
で旨かったです。歴史のある「チャンポン」
も地元で評判です。

お店参考HP
http://g.pia.co.jp/shop/38000319

JR宇和島駅から四万十川への
旅でも行く際には寄ってみてください。


私が4-5歳の頃に家族で香川県の
琴平に旅行したことがありました。
子供ながらに讃岐饂飩が美味しい
と思いました。

松山の高校生の頃は当時、讃岐タイプの走りの
「かめや」が勝山町にあって時々
食べていました。

社会人になって愛媛の松山の銀行で働き始めて
出会ったのが移転前の竹原にあった「味十味 あじとみ」
でした。夜遅くの残業があたりまえでよく
「味十味」の「きつねうどん」を頼んでいました。
同僚は「やまかけ」を注文していました。

ご主人は高松にある有名な「川福」で
修行しました。30数年前には
松山では本格的な讃岐うどん屋
さんは珍しい頃でした。

借りていた小さな店から繁盛して新しい大きな
店を建てられました。後輩と一緒によく訪ねていました。
お店で食べる「釜揚げうどん」は旨かったです。

讃岐うどんの薀蓄(うんちく)も聞きました。

「松山は「かめや」の硬めの麺が受けて讃岐の麺は硬いとの
イメージがついたが讃岐の本場ではもう少し柔らかく
コシがしっかりある」との話などでした。

これと同じ話は高松に数年前に
行ったときに年配のタクシーの
運転手さんから麺の硬さに
関して同じ話を伺いました。

最近は若い人達は硬めが好きな感じが
します。

味十味の店の話題に戻ります。
「きつねうどん」などに生姜、ネギ、そして
紅葉おろしが付くの当時は珍しかったです。

麺のコシ、伸びが私のちょうど好みで
出汁もとても美味しいと思いました。

東京、横浜、本場の讃岐で
数多くの讃岐うどん屋など
で食べていますが「味十味」
は今でも最も好きなお店です。

お店参考HP
http://machi-com.jp/shop/shopDtl.do?s=S019808

四国遍路などで松山に行く時には
是非訪れてみてください。

今は48番札所である「西林寺」の
すぐ目の前あたりにあります。

水が綺麗で美味しい場所柄であり
自家製のネギなどを使っています。
おかみさんの応対の声も
ユニークで面白いです。
お勧めのお店です。

うどん雑談

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大阪の味の代表の一つである
「きつねうどん」の話題です。

「きつねうどん」について何年か前に
松葉家主人、宇佐美辰一氏
の「きつねうどん口伝」の本を
読んで納得したことがありました。

大阪、南船場、松葉家はきつねうどんの
発祥地と言うことで有名です。

1990年頃に初めて訪れたことがありました。

初代の店主は愛媛、小松藩吉田(現在の西条市)
の出身だったようです。

当初は素うどん(かけうどん)に添えて「おあげ」
と「魚のすり身の天ぷら」を出していた
ようです。お客が「おあげ」をうどん
に入れて食べるのを見て「きつねうどん」
を始めたとのことでした。

私は「きつねうどん」が大好きです。
愛媛出身である私には「きつねうどん」
を始めた人が愛媛出身だということが
分りなるほどとちょっと嬉しくなりました。

「讃岐うどん」では丸亀市、飯山に
ある「なかむら(中村)うどん」の
話です。

この数年の讃岐饂飩に関するテレビ番組で
「なかむら」は何度か紹介されて有名に
なっています。

私が最初に訪れたのは1979年頃で
うどん屋(製麺所)を始めて数年後
ぐらいだったようです。

このお店の近所の人から美味しい店と
紹介されました。

養鶏小屋のあとだったようです。
弾力のある麺でかってに入れる
出汁が旨かったです。

数十年後に全国的に有名
になるとは驚きでした。

高松のタウン誌で案内されてよく知られる
ようになったようです。

村上春樹の「辺境・近境」
の本の中で「讃岐・超ディープうどん紀行
があります。特に「中村うどん」を凄く
気に入って紹介していました。

ここの麺はコシというより弾力
と「恐るべきさぬきうどん」に
書かれているように讃岐うどん
の中ではやや柔らかい感じだった
記憶があります。

「恐るべきさぬきうどん」の本には
香川県の多数の讃岐うどん屋さん
が紹介されています。

テレビで「なかむら」のご主人が紹介
されたときに愛媛の内子が
出身というのを聞いて
うなづいたことがありました。

実は私は短期ですが某銀行の丸亀支店に
勤務したことがありました。度々「なかむら」
には仕事の途中で寄って饂飩を食べていました。

愛媛のうどんは讃岐うどんに
比べるとかなり柔らかめです。

丸亀にはセルフタイプや製麺所タイプ
の初期の数々のうどん屋の体験ができた
思い出があります。

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宇和島駅からタクシーに
乗って親戚の家に向かう
途中にトランペットを吹いている
看板がある店を見つけていました。
残念ながら寄らずに何年
か過ぎました。


6−7年前にやっとジャズ喫茶「SABO  サボー」を
訪れることができました。茶房(さぼう)の
意味のようです。二度この店に立ち寄りました。

店内に入って大変興味を持ったのは
ドラムのトップ・シンバルが十個ぐらい
壁に飾っていたことでした。
ミルト・ジャクソンのメンバー、今田勝トリオ
等と多彩なジャズ演奏家のサインが
シンバルに書かれていました。

(ジャズ日本列島、1986年版に
よると今田勝、ミルト・ジャクソン、
ケニー・ドリュー、リッチー・コール、
ジョン・ルイス、秋吉敏子、ジョージ・ケイブルス等
のライブを開催したようです。)

宇和島の遠方まで有名なジャズ・プレイヤーが
よくライブをしにきたなあとちょっと
以外に思いました。

ママは80才ぐらいではないかと
思われる老齢の方でした。
カウンターに座って少し話を
しました。

ゆったりと座れるテーブル席に
移動してアルテックのスピーカー
から流れるジャズの演奏
を楽しみました。

レコードはかなりの枚数が
あった感じです。レコードを
かけているブースもレトロな
雰囲気で気に入りました。

当時参加していたジャズの
話題のメーリング・リストに
この店の紹介をしました。

惜しいまれることにこの
店は数年前に閉店になっていました。

お店のマッチはすでにありませんでしたが
もらった伝票にマッチと同じ絵柄が
載っていました。

因みに宇和島はJR予讃線の最終地点です。

先日のテレビ番組「ウチくる!?」で
レイズの岩村選手が出ていました。
お兄様もテレビに映っていました。
ご兄弟は宇和島東高校の野球部
で大活躍されました。

「ぶり」の養殖の話題がありました。
宇和島は豊後水道(豊予海峡)が近くであり
魚の旨いところです。


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シギー
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