人生、波瀾万丈

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「愛の法則」から
虚栄心(見栄)・自尊心(プライド)・自負心(尊大)② (P187〜)

でも、幸せになろうとして成功を求める人は大勢いますが、彼らに言えることはありますか?

自分自身を偽っていると言いたい。成功は虚栄心を満足させるが、感情にとっては落とし穴となる。幸福を勝ち取る唯一の方法は、自分を愛で満たすことだ。

理解を通して虚栄心を克服するには、どうするべきかを短くまとめていただけますか?

いいだろう。虚栄心の強い者が欠点を克服する第一歩は、幸福は外部にあるのではなく、内面次第なのだと理解することだ。
我々全員が学ぶべき大切な教訓は、真の幸福とは、他者が自分を愛するかどうかで決まるのではなく、自分が愛せるかどうかによるということだ。だから幸せになりたければ、他者が自分を愛してくれるのをがむしゃらに求めるのをやめ、自分自身の感情を目覚めさせるようにしなさい。

見栄っ張りな人にはどう助言して、自己進化に役立ててもらいますか?

他者の賞賛や慈しみ、成功や新任を得ることでは、絶対に幸せにはなれない。
自分の人生に不満足で孤独感や虚無感があるとしたら、不幸の原因を外部に探さないことだ。原因は外にあるのではなく、自分の中にあるからだ。外因を探してる限り、満ち足りることはあり得ないので、他人の火で暖まろうとしてはいけない。他者が君のためにしてくれたり、してくれないことに左右されていないで、自らの火を起こしなさい
利己主義は脇に置いて愛しなさい。内面の虚無感を満たす唯一の方法は、無条件に愛することなのだ。

今言われたことは、前に話されたことと矛盾しているようです。他者から愛されることを放棄したとしたら、どうして自分を愛せるのでしょう?

説明が良くなかったかもしれない。愛されるのを放棄する必要はない。間違ったやり方で幸せを求めている、と言いたいのだ。天秤の片方の皿にだけ重りをかけて、均衡を保つように要求しているのだ。

どういう意味かはっきりわかりません。理解できるように例を示して下さいますか?

いいだろう。世界にある全ての愛を分配するために、全人類を巨大な広場に集合させたとしよう。
そしてまず、「愛が欲しい人はいますか」と聞くのだ。すると、100%の人が「私だ、私だ。最初に私だ。私が最も必要としている」と訴えながら手を挙げることだろう。
しかし次に「愛を与えようという人はいますか?」と聞けば、広場はすぐに空っぽになり、手を挙げようと居残る者は僅かだろう。
分け与えることができるものは何か?少数のものが与える愛だけだ。
これが君たち人類に起こっていることで、大半は愛を受け取るつもりしかないので、世界を支えているのは僅かな者の愛なのだ。しかも大半の者は、愛を受け取っているのではなく、主にエゴを満足させているだけなのだ。
我々は主体性に欠け、愛が外からやって来るのを待っている。外部からの愛が、あたかも魔法のように我々に達して幸せにしてくれて、秘薬のごとく何をする必要もないと思いこんでいるのだ。
しかし、必要なものはすべて受け取っても受身であり続けて、エゴを克服しようと努めないのであれば、内面のすべてを与えて君を愛してくれる存在が現れても、「まだ足りない。僕はまだ幸せでない。もっと愛してもらう必要がある」と言うだろう。そして、絶対に内面の虚しさを満たすことができないので、もっともっと、と要求する。
人がくれたものは決して評価せず、貰っていないものばかりにこだわる。人生のどんなに些細な障害であろうと、文句の口実となる。朝起きたときに、曇り空なら寒いとぼやき、天気が良ければ暑いと愚痴るのだ。
これは、幸福の求め方が間違っているからだ。自他に対して能動的に呼び起こす愛のみが、空虚な感覚を満たすことができる。それゆえ、幸せになるためには、愛を受け取るだけでなく、愛を与える必要がある。

虚栄心の問題に戻りますが、虚栄心の段階にいるすべての人に同じ特徴があるとはいえないと思うのですが。

同じ特徴ではなく、虚栄心には様々な段階がある。
虚栄心の初期の段階では、エゴは、強欲(自分の持っているものを他者を分かちあいたくない)、貪欲(他者を犠牲にしてでもどんどん欲しがる)、羨望(自分が欲しがる物的なものを持つ人を拒絶する)といった、より原始的で物質的な顕れ方をする。
魂が感情面を認識して進歩した次段階では、物質的な利己心は、霊的なものへと変化する。この段階での魂は、まだエゴにしがみついてはいるが、同時に感情も発展させ始めている。まだ愛を与えようとはしないが、愛の存在を認知し心地良いとわかっているので、愛を受け取ろうとする。
強欲が執着(特定の人からの思いやりや愛を他者と共有したくない)に変わるのはこの時で、貪欲は独占(皆が自分だけに注目して優しくしてくれるのを望む)に変わる。一方、羨望はもっと上手く化けて、自分にはないが欲しいと思う美徳を持つ人たちに対する反感へと変わる。
感受性が強くなって正義の概念はもっと発達するものの、エゴから離れられていないため、損得が絡むと、故意に自分の得になる不公平な行動を取ることが多く、自覚している分だけ余計に罪深いと言える。

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