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この時期のハイキングの楽しみは、やはり、木の実。ナツハゼのみが赤くなり始めています、これから黒く熟すと美味しいとのことですが、鳥に食べられそう(笑) 【ナツハゼの実】
実は初夏にできはじめ、9月から10月にかけて熟す。直径5〜8ミリほどで、黒く熟せば生で食べることができる。舌触りは余り良くないが、甘酸っぱく、葡萄のような味がする。 |
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先月まで、多くのカメラマンでにぎわった庭園も、小雨降る今日は、静かでした・・・ ★「物外軒」の由来と見どころ 「物外軒(ぶつがいけん)」は、江戸時代から回漕問屋を営む「萬屋(よろずや)」の三代目主人である長 四郎三(ちょう しろぞう)によって、明治時代の初め頃、渡良瀬川畔の猿田河岸(やえんだがし)、現在の足利市猿田町(さるたちょう)の長 四郎三邸内に建てられました。 この長 四郎三という人は、江戸にも聞こえるほどの豪商であったばかりでなく、表千家不白流の門人となり、漢詩、和歌、俳句、書画骨董の収集にも通じる教養人であったと伝えられています。長 四郎三はこの茶室をこよなく愛し、自らの雅号「物外」に因んで茶室を「物外軒」と名付けました。 明治34年に現在の場所に移築され、昭和43年11月1日には足利市指定文化財に指定されました。その後、昭和48年に当時の所有者である鈴木栄太郎氏から庭園とともに足利市に寄贈されました。 「茶室」は表千家不白流(おもてせんけふはくりゅう)の流れを汲むもので、木造平屋の切妻造(きりづまづくり)、三畳台目(さんじょうだいめ)の茶室と三畳の次の間、勝手、水屋からなり、建築に当たっては日本を代表する古筆鑑定家 古筆了仲(こひつりょうちゅう)の指導を受け、慎重を期したと伝えられています。 さらに、茶室の右手の内露地にある蹲(つくばい)は、太田道灌の江戸城内の富士見亭の礎石で作られたと伝えられており、また、東京音羽の護国寺にある化生庵という茶室も、日本のビール王といわれた実業家 馬越恭平がこの物外軒に倣って建てたものといわれていることからも、この茶室が名席であることが窺い知ることができます。 「庭園」は明治34年の茶室の移築に合わせて作庭(さくてい)されたものか、それ以前から合ったものかはわかりませんが、このときに大きく改修されたものが現在の形と推定されます。移築の際には、蹲をはじめ、飛石や石燈籠(いしどうろう)も移されたと伝えられています。 庭園の作者は不明ですが、庭園は茶室のある南側の露地部分と北側の池泉築山(ちせんつきやま)部分に分かれ、その間に四阿(あずまや)があり、それぞれが飛石で結ばれています。庭園の植栽はマツ、モミジを主としており、老松の枝ぶりが見事です。池の西側にある築山には大振りの石を並べた豪壮な滝があり、池へと注いでいます。池の護岸の石組みも立派で、平成20年3月28日には国登録記念物に登録されました。 紅葉に囲まれ、池に注ぐ水音が聞こえる様は、幕末から昭和にかけて栄えた足利屈指の豪商の奥座敷にタイムスリップしたような雰囲気に感じられます。。(足利市HPより)
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やはり、この時期の楽しみです、家の近くの河川敷で見ることができます。うれしいですね。 【コウホネ】
抽水、あるいは浮遊性の多年草。太い地下茎が横にはい、先端 に葉が束生する。水上葉は長卵形、水中葉の葉縁は波うち、ワカメに似る。6 〜9月に黄色の花を着ける。
【ミクリ】
多年生の抽水植物。地下茎は横にはう。ミクリ属の中ではもっ とも大型となり、高さは50〜200cm。葉は線形で柔らかく、断面は三角形。花 期は6〜8月。茎の上部から枝を出し、下部に雌性の頭花、上部に雄性の頭花 をつける。熟すと15〜20mmの球形の集合果となる。
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この絶滅危惧種、以前は、あまり気づいていませんでしたが、今日の林道にも咲いていました。もともと林道沿いにいっぱいあったのかな? |
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ちょっと涼しくなったので、公園に。いつもの方たちが散歩していました。美味しそうな、木の実を見つけて撮影、食べていません(笑) |




