しいのみ学園創設者・昇地三郎・フェニックス三郎・107歳

ギネス世界記録・ ベストドレッサー2012・健康長寿マイスター・centenarian
フェニックス三郎・お月さま(旧暦6月)カレンダー
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 2005年5月昇地三郎博士は、42年ぶりにギリシャを訪れました。オリンピックが開催された翌年でもあり、ギリシャの発展を期待しての再訪でした。
ところが、42年前に見たパルテノン神殿は、工事中とはいえ、以前のまま。
おまけに、4時過ぎに神殿入口に着いたのに、5時が閉鎖時間だから今からの入場はできないと断られた。そのうえ、ホテル前でチャーターしたタクシーが案内したレストランでは、法外な料金を請求されるなど、観光立国のはずなのに、驚きばかりの心の荒廃を体験。
翌朝、パルテノン神殿が見えるホテルのテラスで食事をとりながら・・
昇地三郎博士の口から出た独白が『哲学を忘れた国は衰退する
あれから10年、今のギリシャの国難を見事に言い当てた至言です。
昇地三郎博士が100年を生きての直観は、EU諸国の首脳や世界の経済学者でさえ及ばないことに驚かされます

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フェニックス三郎・お月さま(旧暦5月)カレンダー
JACA西アフリカ幼児教育研修会2007年
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写真は、お茶の水大学で行われたJICA研修会での記念撮影です。
この研修会では、西アフリカから12名の研修生が、日本の進んだ幼児教育を学びましたが、最後に講師を務めた地三郎の手作りおもちゃプログラムが一番好評でした。何故ならば、お菓子の空き箱やトイレットペーパーの芯などアフリカの家庭でも手に入るものを材料にしておもちゃを作るからでした。
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この研修会は大成功。翌年、セネガル国からの招聘で
首都ダカール・子どもセンターに出かけて、
地式手作りおもちゃ研修を開きました。



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原爆稲を植えました。昇地三郎博士が存命中は、先生が手植えしていました。
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5月10日、稲もみをお皿の上に播き、育てて来ました。
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(70年前、長崎・浦上天主堂前の水田で被爆した稲の子孫です)
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被爆した8月9日には、草丈が70〜80センチまで成長します。
1945年8月9日、被爆した日には、まだ、田んぼに水がありました。
地上部は、数千度の高熱と強風で焼失したはずですが、地中に伸びた根が生き残り、やがて芽を出し、秋10月後半には、小さな稲穂を付けいるのを文部省が組織した原爆被害調査団に加わった九大農学部育種学科のスタッフが見つけ、翌年から農場で育てて来た稲の子孫です。

この稲は、10月後半に稲穂を付けますが、半分は空モミになります。
70年の歳月が過ぎますが、原爆の後遺症で、染色体に異常があるからで
す。
福島原発事故で高濃度の放射線を浴びた地域では、同じような染色体異常・被爆の後遺症が長年続く生物(植物)があるかもしれません。





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