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王婷婷(Wang Ting Ting )さん(電通九州・大阪)と曾我真人さん(和歌山大学准教授)の結婚披露宴に招待されて京都に出かけました。
王婷婷さんは、九州大学大学院・留学生時代(6年前)から我が家の一員として行き来してきました。
初めは、中国語の先生(家庭教師)として、週に一回、私の自宅で中国語を教わりました。王さんは、私が今までに習った語学の先生の中で一番教え方が旨い先生でした。
私は、海外に出かけて色々な国で講演するために、2005年から毎年、違う国の言葉を勉強することにしました。
王さんは、九州大学留学生会館の寮長をしていましたから、ロシア語・ポルトガル語・フランス語、何でもござい、何時も優秀な留学生を語学の家庭教師として紹介してくれました。
おかげで、その国の国ことばで挨拶や自己紹介が出来るようになり、訪問先で大歓迎を受けました。
私は2004年から、中国吉林省長春市の解放大路小学校に特殊学級「しいのみクラス」を開校し、その後も支援を続けています。
また、映画「しいのみ学園」の中国語版を作り、北京や長春市で試写会を開きました。こうした中日交流の大切な場面で、王さんは、何時も通訳や関係者との橋渡しをしてくれました。
その王さんが、日本人でさえ難関の企業・電通九州に就職、そして、大学時代に専門が一諸の学会で出合った和歌山大学システム工学部准教授の曾我真人さんと晴れて結婚することになったのです。
披露宴は、先月、中国の実家で行われた後、9日には、中国のご両親や兄弟親族が来日して、日本式の祝宴が執り行われました。
白無垢の花嫁衣装がとても良く似合います。
指定の料亭に到着して間もなく、披露宴の会場・料亭「左阿弥」は、2005年4月、講演会の後で開かれた懇親会の会場であったことに気がつきました。
王さんのご両親や家族と記念撮影をした部屋は、黒田節を舞った部屋だったのです。なんと言う奇遇でしょうか。
新郎の曾我真人さんは、天文学に造詣が深く、コンピューターの新しいプログラムを開発して、学校教育の昼間の授業中でも天体の動きや宇宙の姿を学べるようにした、新進気鋭の学者です。
披露宴の最後、曾我真人さん挨拶では、1910年のハレー彗星・地球大接近の話が飛び出しました。私に「記憶がありませんか?」と問われました。4歳の時の出来ごとです。残念ながら覚えがありません、
次回の大接近は、2060年、曾我さんが96歳の時です。曾我さんは、私が105歳で元気な姿に触発されて、「生きる勇気が湧いてきました。2060年のハレー彗星を見届けるまで、二人で頑張ります。」と締めくくりました。
あとひと月で105歳になる私が、中国からの留学生で日本企業に就職した王さんの結婚式に参列し、「乾杯の音頭をとり、祝辞を述べ、祝の舞いを踊れた事」は、私にとっても大変な喜びでした。
そして、何よりも沢山の参列者から一緒に記念撮影をすることを求められ、特に、中国のご両親・家族の皆さんから喜んで頂いた事程、嬉しい事はありません。
今日もまた「長生きすれば良い事がある」を実感した一日でした。
蛇足ですが、今日の京都行は、日帰り、福岡の自宅に帰り着いたのは10時でした。しかし、疲れを知らない男、一度も「あ〜疲れた」と言った事のない男です。
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