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107歳児・昇地三郎博士の思い出グラビアです
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日記
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三郎先生が急逝して1ヶ月になります。
100歳になってから世界一周講演旅行に出かけた7年間の思い出話は尽きません。
先生が愛用した蝶ネクタイや黒田節を舞う時の八巻は、いつまでも大切に保管します。
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しいのみ学園が創立者に送った最後の通知
しいのみ学園は、この1枚の通知を自宅ポストに投げ込みました。
この書面を見た昇地三郎は即座に、「私物の回収と書かれているが、
しいのみ学園は全部私のものだ」と苦笑しました。
ご覧のように、感謝の言葉もなく、謝恩会の企画もなされず、給与の復元(5年間で1500万円)もありませんでした。
学園のブログには、「創立者のご業績」の見出し記事がありますが、創立者に対して、以後、学園行事等の案内は、1枚も来ませんでした。
しいのみ学園は、この1枚の通知で創立者を排除・送り出したのです。
それなのに、創立者が他界した今、喪主には何の問いかけもなく、
ホテルで盛大に・・・「昇地三郎を送る会」を開催するとは??
しいのみ学園は、創立者をどこに? 送り出そうと言うのでしょうか。
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60年前の今日・12月1日にしいのみ学園の起工式をしました
昭和28年12月1日、当時は、宝満山が見渡せる、一面が水田や畑の中
での起工式でした。
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御礼
フェニックス三郎 記念館
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