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昭和13年創業の老舗居酒屋、阿倍野「明治屋」の三代目主人だった 松本光司さん は昨年2008年4月13日にお亡くなりになった。 実は、そのことを知ったのは今年2月の初めになってからだった。 私はちょうどその当時、昨年9月に逝った父の介護で、月に一度も明治屋には行けない状態だった。 更に、もう30年も通っている店だが、静かに飲むのが好きなので店の方とは挨拶程度で、あまりしゃべることもなく、気づくのが遅れたのだ。 5年ほど前から、仕事をやめたり再就職をしたりで、私が店に行く時間が早くなったので、あまりお会いすることもなくなっていたが、たまに店の奥で中の仕事をなさっているのが見えていた。少しお疲れなのかなという感じはあったが、まだ逝かれるとは思ってもいなかった。 昨年初めに創業70周年を迎え、私もブログにそのことを書いたが、それをアップする直前にお亡くなりになっていたことになる。本当に突然だったようだ。 享年64歳で、まだまだお若かった。 三代目はお酒は飲まれなかったとのこと。優しい目で、いつも穏やかな物腰だったが、決して客に媚びることはなく、騒いでいる客がいると、他の客に迷惑なので静かにしてくれるようにと、穏やかではあるが少し強い調子で注意しておられた。 私が来ているのを見つけると、近くまで来られて頭を下げられるので、こちらも丁寧にお辞儀を返すというのがいつものやり取りだった。 ごくたまに世間話をすることもあったが、こちらの了見をわかっていらっしゃるので、いい意味で放っておいてくださった。 ただ、そろそろ注文だという頃合には、ちゃんとこちらに気を配っていて「お酒!」なんて言わなくとも徳利を少し持ち上げるだけで、ちょうどよい燗酒を出してくださった。プロだなあと思っていた。 うまく言えないが、この30年、明治屋でゆっくりと飲みながら考え事をしたり、ボーっとしたりする時に、三代目がカウンターの中にいると何となく安心できたものだ。 精神的に辛い時期も何度かあったが、その都度、この店で気持ちの整理ができた。 そういう意味では、三代目には本当にお世話になったのだ。 昨年の初めだったか、NHK大阪ローカルの夕方のニュース番組で、再開発で消え行く阿倍野の特集をした際に、「明治屋」にもカメラが入り、客の様子などが収録された。実は取材の当日、私もそんなことは知らず、店に行ったのだが、ほぼ撮影は終了していた。しかし、カメラはまだ据え付けられていた。 この番組で、三代目もインタビューに答えて、できるならこの場所でこのまま店を続けたいというようなことをおっしゃっていた。お客さんあっての店だとも… 立ち退きがいよいよ現実の問題となってきた時期に、亡くなられたのも、何となく「店とともに」という感じがして、三代目らしい逝かれ方だったのかもしれない。 そのことを知った店からの帰り、ほとんど更地になった阿倍野筋の西側を眺めながら、ショックで何ともいえない気分になった。 ご命日の今日、仕事を昼から休み、一番に「明治屋」へ行ってみた。 他に客もいなかったので、三代目の娘さんと、三代目の思い出話をしてきた。もちろん飲みながらだが。 癌で亡くなられたそうだ。周りの方々もそんなことになるとは思ってもおられなかったらしい。本当に惜しいことだ。 私にとって、三代目のいる「明治屋」は心のよりどころだった。三代目が亡くなられ、早くて後一年半くらいで「明治屋」は立ち退きになる。 まあ、それまでは頻繁には行けないが、せっせと休みを取りながら、昼酒を飲みに行きたいと思っている。 私にとって素晴らしい場所を提供してくださった阿倍野「明治屋」三代目主人・松本光司さんに感謝の気持ちを捧げるとともに、ここにあらためて哀悼の意を表します。
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明治屋は最高でした。
時の流れは残酷です。
2011/5/29(日) 午後 9:14 [ 猫目小僧 ]
>猫目小僧さん
移転した明治屋にも何度か行ってみましたが、前と同じようでいて、何か違います。
良い悪いではなく、人と人の心の交流のあり方が変わってしまったのでしょうね。
あの静かで粋な空気はもう望むべくもありません。
2011/7/13(水) 午前 9:41