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2008年3月20日に放送が終了した「鹿男あをによし」が、2012年10月1日より、
BSフジで再放送中です。 月曜日から金曜日の毎日、午前8時30分から。 久しぶりに、今は亡きリチャードなどの鹿男メンバーに会えます。 |

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2008年3月20日に放送が終了した「鹿男あをによし」が、2012年10月1日より、
BSフジで再放送中です。 月曜日から金曜日の毎日、午前8時30分から。 久しぶりに、今は亡きリチャードなどの鹿男メンバーに会えます。 |
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昨年の今頃はドラマ『鹿男あをによし』の撮影が奈良公園付近で、追い込みに入っていた。 地元はこのロケで、大いに盛りあがっていたし、私も何度かロケに遭遇し、滅多にできない経験をして、その状況を楽しんでいた。 特に、ちょうど一年前の2月11日(月)に奈良公園の「浅茅ヶ原」で、多部未華子さんの突然のロケに巻き込まれてしまったことが楽しい思い出になった。
至近距離の多部ちゃんはとても可愛かった。(過去記事はこちら) あれから今日でちょうど一年だが、そのロケがあった場所はあれから新たに木が何本か植えられたりして、様子が変わってしまった。 雪が積もっていて、撮影のためにスタッフが雪かきをしていた。今年は雪などまったくない。 時間が経つにつれ、あのドラマも皆の記憶から薄れていくのだろうが、なかなか良いドラマだったと思う。 同じ作者の『鴨川ホルモー』が映画化されたようなので、封切られたら観にいこうと思う。 |
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今日、『鹿男あをによし』のDVDBOXが届いた。 原作本、サウンドトラックCDとともに3点セットがそろった。 大和杯「サンカク」携帯ストラップが、オマケについているのは笑ってしまう。 特典映像に原作者、脚本家、監督や出演者のインタビューが収録されていて、裏のエピソードが色々わかって面白い。 小川先生や堀田の名前の由来が初めてわかった。 ご存知の方もいただろうが、私は知らなかったので「そうだったのか!」である。 あのエンディングも10回分全部、ノンテロップで収録してある。そこまでやるか〜! ロケ地めぐりも綾瀬さん、多部さんのナレーションで楽しめる。 ディレクターズカットなので、私が映りこんでいた部分はカットされているかもしれないと思い、7話のその部分を観てみたら、カットされていなかった。 これで永久保存決定! しかし、何故かわからないが、このドラマに関する話をしている出演者やスタッフは、誰もが幸せそうな表情をしているように見えるのは思い過ごしだろうか。 そういう私も、久々に映像を観て幸せな気持ちになった。 とても不思議なドラマだった。 このドラマの世界はテレビの中だけで成立するものだと思う。 だから、もうあのロボ鹿には会ってはいけないし、映画化されるとしても観にはいかないだろう。あの世界観を大事にするためにも。 そんなことを考えながら、また飛火野で鹿たちと静かに過ごそうと思う。
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テレビドラマの「鹿男あをによし」を観た方ならおわかりでしょう。 場所は奈良公園の浅茅ヶ原! といえば、イトちゃんが初めて鹿に話しかけられ、鹿の使い番に選ばれたと言われる場面ですね。 そう、あの場面で、鹿とイトちゃんの間に映っていた木です。 この木、結構古い木だと思いますが、形が何ともファンタジックな雰囲気をかもし出していると思いませんか。不思議な出来事のバックにはもってこいの舞台装置です。 それに、これから起こる困難な事態を暗示する不気味さも持っています。 更に、その後のイトちゃんが鹿にシルシをつけられる場面も、同じ日に撮影されていて、まったく同じ構図で、やはりこの木がバックに映っています。 イトちゃんが制服のブレザーを着ているか、いないかだけの違いです。 小川先生が鹿と話すのは飛火野の例の木の前という決まりごとがありましたが、イトちゃんと鹿の場所として、この木の前が設定されたようです。 演出家の案なのかな? こういうところを考えるのも面白いですね。 この撮影が行われたのは2月11日で、雪が地面に残っていましたが、この撮影のために、スタッフが一生懸命雪かきをしていました。なんせ10月の話ですからね。 ドラマとは関係ありませんが、この浅茅ヶ原と飛火野の存在が、私の奈良への移住を決心させた大きな理由でした。 それほど魅力的な浅茅ヶ原は、飛火野が広々としているのとは違い、木が多く森のような感じがします。 しかし、よく見ると人の手が入っていて、枝打ちもされ、傾いている木には添え木がされ、幹が腐って穴が開いている部分には、ちゃんと治療がされていたりと、よく管理されていることがわかります。 なお、この場面の直前のシーン、イトちゃんが走る場面で映っていたところには、最近、数本の木が新しく植えられ、宝くじ協会によって植えられたという、奈良県の看板が立てられました。ですから、もう二度と撮影されたままの風景は見られなくなりました。
こんな看板、必要なんでしょうかね? 私は景観を壊すし、邪魔だと思いますが。 浅茅ヶ原のことは、また別に、もう少し書いてみたいと思います。 |
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連続テレビドラマ『鹿男あをによし』は最近では珍しく実験的、画期的な作り方で成功し、大袈裟かもしれないが、ドラマ史に残るものになったと言える。 出演者たちの好演はもちろんだが、多くのスタッフの努力の結晶であると思う。 脚本を担当された相沢友子さんは、大胆な設定の変更や省略、またオリジナルの話を追加しながらも原作の世界観は崩さず、限られた条件のなかで、上質なファンタジーを作り上げた。 観るものの気持ちを毎週、強く引っ張っていった。 この物語は今後もきっと、たくさんの人の心に残っていくだろう。 ファンタジーをテレビの連続ドラマにすること自体が困難なことだし、下手をすると何だかわけのわからないものが出来上がってしまう危険性がある。 シナリオの勉強を少しでもした者なら、あの原作のシナリオ化が如何に大変かわかるはずだ。 それを克服して毎週楽しませてくれたことに感謝し、その仕事に敬意を表したい。 そんな相沢さんのホームページがあった。⇒ http://www.aizawatomoko.com/top_h.html 「写真日記」をみると、奈良にもシナリオハンティングを含め、何度かいらっしゃっていることがわかる。 最後の奈良ロケにも、ついて廻っていたらしく、鹿ロボや撮影のときの写真もアップされている。 撮影終了後も奈良に残り、観光をされていたとのことで、奈良の人間としては嬉しい限りだ。 3月11日の日記では、奈良町にある老舗「砂糖傳」でお土産を買ったことを、写真入りで書いていらっしゃる。 「砂糖傳」は下宿先の設定になっていた「木奥商店」の少し南側にあり、同じく「上ツ道」沿いにある。我が家からも徒歩5分のところである。 創業は古く安政元年(大地震が続けてあり、ペリーが来て開国した年)で、相沢さんが書いているように150年ほどこの地でこの店を営んでいる。 もともとお茶を扱っていた店だったようだが、今は砂糖を専門に扱っている。 和三盆の砂糖や水あめなどは、お土産として喜ばれている。 現在、本来の営業拠点は少し離れた紀寺にあり、この本店は営業的には中心ではないようだ。 しかし、奈良町にこだわって、ここで店を続けていると聞いている。 この店は「増尾商店」といい、ここで生まれ育った増尾正子さんは、もう80歳を超えていらっしゃるが、時々、観光客を店に招き入れて色々と話をなさっている。 それは商売と言うより、遠来の客をもてなし、奈良町のことを知ってもらおうというお気持ちからのようである。 だから、増尾さんは「奈良町の語り部」としても知られているのだ。 積極的に外へも出て行かれて、子どもたちなどに奈良町のことを教えていらっしゃる。 「マイ奈良」という雑誌に「奈良の昔話」を連載されていて、以前に書かれたものを「奈良の昔話―奈良町編―」という冊子にまとめて出版されている。 私の奈良町についての知識の多くも、ここからいただいている。 昭和のはじめから奈良町を見て育ち、その前の時代の話も聴いてこられた増尾さんは、まさに奈良町の生き字引と言ってもよいだろう。 私は直接お話をしたことはないが、店先で観光客とやり取りなさっているのを一度お見かけしたことがある。 こういう地道な活動が地域を大事にしていくということなのだと思う。 増尾商店のホームページ 私がこの辺りに移り住んで2年経たないが、往時をしのばせる何軒かの古い家が取り壊されていった。 更地になって売りに出ている空間や、跡地に建った今風の家の窓に施した派手な装飾を見るにつけ、どんどん貴重なものが失われていく無力感に襲われる。 奈良町やその周辺には、伝説や昔話、史実がいっぱい詰まっている。
相沢さんが増尾さんのことをご存知だったかはわからないが、増尾さんの話を取材して、新たな奈良の物語を創作してもらえたら、いいものができるのではないかと思うのだが。 それもまた私の中のファンタジーなのだろうか。 |
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