Bach

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Kantata BWV. 9
われらに救いの来たれるは
Es ist das Heil uns kommen her
三位一体後第 6日曜日
初演 1732年 7月20日

ローマ書6章3〜11節
「キリストの死によってわれわれは罪に対して死んだ」
マタイ5章20〜26節
(山上の垂訓より:おのれを義とする者への警告)

P.スペラートスの歌詞によるコラール

全七曲
 第一曲 コラール合唱
  われらに救いの来たれるは
  恵みと慈しみのみによる。
  いかなる業も、益なくして
  われらを守る力はなし。
  信仰はイエス・キリストを仰ぎ見る。
  主はわれらすべての者のために全き贖いをなし、
  新しき契約の仲保者となりたまえり。

第五曲 二重唱アリア
(ソプラノとアルト、フルート、オーボエ・ダモーレ)
 主よ、汝は善き業の多きを見ず、
 心の信仰の切なるを顧みたもう
 汝の受け入れたもうはこの信仰のみ
   神に義とせらるるは信仰のみ
   他のなにものたりとも
   われらを救う道とはなりえず

 第七曲 コラール
  神、黙したもうと見ゆるときにも
  おじまどうなかれ
  神ともにいまして最善をなしたもうとき
  そを明かしたまわぬこと常なれば。
  御言をこそいよいよ確き頼みとなし、
  よし汝の心はことごとく否と叫ぶとも
  汝は怯え恐るることなかれ。


絵はカラバッジョ「パウロの回心」

kantata BWV. 8

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Bach Kantata BWV.8

いと尊き御神よ、いつわれは死なん
Liebster Gott, wenn werd ich sterben

三位一体節第16主日 
初演 1724年9月24日

ノイマンのコラール(1690年頃)のコラールに基づく。
イエスと共にある死が、新たなる命への第一歩であることを
主張。
 全6曲
最終曲のコラール
 死といのちを支配したもう方よ
 わが最期をいさぎよきものとなし
 わが霊をば、揺るがぬ平安をもて
 御手に委ねまつることを教えたまえ!
 われを助けて、神を畏れしキリストのともがらの
 かたえに名誉ある墓をば得さしめ
 しかしてまたついに土に蔽われしときも
 決して恥にまみれたまわざれ!


絵は、pontorumo 一万人のキリスト教徒の殉教

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Bach Kantata BWV.7

われらの主キリスト、ヨルダンの川に来たり
Christ unser Herr zum Jordan kam
洗礼者ヨハネの祝日
初演 1724年6月24日

マタイ3:1〜12

第1曲、7曲は、ルターの同名コラール(BWV. 280 )
 映画音楽のような出だし。風雲急を告げる様子が印象的だ。
 ヴァイオリンが激しく動く。メロディは美しい。

第2〜6曲 同コラールの書き換え

イエスがバプテスマのヨハネによって洗礼を受けるは。
罪ある人間が悔い改めてバプテスマ(洗礼)を受ける。
しかし、神の子イエスがバプテスマを受けるとは、どういう意味があるのか?

第4曲 アリア(テノール) ヴァイオリン・ソロと通奏低音
 道地の声はさやかに響きぬ
 われらをその血をもて贖いたもう御子は、
まことの人としてバプテスマを受けぬ。
 御霊は鳩の姿にて現れぬ。
 こはわれら揺るぎなく信ぜんためなり、
 三つにして一なる神みずから、
 われらに洗礼を備えたまいしことを。

第7曲 コラール
 肉の目に映るは、人の手の
 注ぐ水のみなれど、
 ひとり信仰のみはイエス・キリストの血の力をしる。
 しかして信仰の目には、バプテスマの水
 キリストの血に染められし愛の潮となりて
 われらがアダムより受け継ぎたる
 またわれらが自ら犯したる
 もろもろの罪、咎、災いをば癒すなり。

Bach Kantataを聴く BWV . 6

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Bach  Kantata BWV.6

われらと共に留まりたまえ
Bleib bei uns, denn es will Abend warden

復活節第2日 
初演 1725年4月2日

 ルカ24章13〜35節
エマオの途上にて
復活したキリストがエマオで二人の弟子に現れる
レンブラントの絵画でも有名だ。

二人の弟子がエルサレムからエマオに向かう途上、復活したイエスが
現れる。道すがら、最近エルサレムで起こった出来事を話し合う。
それは、キリストの十字架刑だった。
弟子たちはイエスとは、分からなかった。
エマオに着き、弟子たちはイエスに一緒にお泊まりくださいと
願う。そこで、イエスは一緒に泊まることにした。
夕食の時、イエスはパンを裂く。その行為を見て、
弟子たちはイエスだと分かる。
「目が開かれた」と聖書は記す。

全6曲のカンタータ

第1曲 合唱
 われらと共に留まりたまえ
 時夕暮れにかかり
 日もはや傾きたれば

第3曲 コラール(ソプラノ、チェロ)
 ああ、われらと共に留まりたまえ、主イエス・キリストよ
 時はや夕べに及びたれば
 汝が聖き御言、このさやけき光をば 
 われらのもとより消し去りたもうな!

 末なる今の悩みの時に
 われらに与えたまえ、主よ、堅き立ちどを。
 しかして汝の御言と聖秘蹟(サクラメント)をば
 われらが最期に至るまで純(きよ)く保たせため
  (後半のコラールはのち、オルガン曲に編曲され有名になった)
Bach Kantata BWV. 5

われはいずこにか逃がれゆくべき
Wo soll ich fliehen hin

三位一体節後第19日曜日
初演 1724年10月15日

歌詞は全7曲ともへールマンによる。
マタイ9章1〜8節
 イエスが中風の男をいやす記事
 罪を赦す権威をもったイエス

 重い罪にひしがれ、逃れ行く場を持たぬ「われ」は苦悩の中で
イエスが十字架上で流した血に向ける。
その「神の泉からあふれる血潮」 (第3曲テノールとヴィオラのアリア)
こそ贖いのしるしにほかならない。
 神秘的な「血」への黙想は救いの確信を生み(第四曲 アルトの
レシタティヴォ)、血潮に守られた「われ」は雄々しく立って、
暗黒の力との戦いに赴く(トランペットの響くバスのアリア、第5曲)

第七曲のコラール
わが心と思いもまた
汝の御霊によりて導き
われを汝より引き離つ
すべてのものを避けしめ
しかしてわれをば永遠まで
汝の御体の一肢として繋ぎとめたまえ

短いが感動的なコラール

演奏は、リヒター指揮、ミュンヘン・バッハ合唱団で聴く。



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