四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

隠元(黄檗宗)

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大龍寺

福寿山  大龍寺   黄檗宗
撮影地:愛知県名古屋市千種区城山新町
 
 
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
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本堂
 
 
 
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Nikon D800・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
 
 
 
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本堂左手
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
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本堂右手
 
 
 
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Nikon D800・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
 
 
 
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山城宇治萬福寺の末寺。享保10(1725)年春日井郡阿原村の地蔵堂を東区新出来町二丁目北側に移す。享保13(1728)年藩主綱誠より寺地を給って造立を開始。享保15(1730)年津島天王の牛王山成就坊を引寺。享保16(1731)年萬福寺末となり寺号を大龍寺とする。安永6(1777)年五百羅漢奉安を発願し、城下の人々に勧下を始める。安永7(1778)年には江戸亀井戸村の五百羅漢を模した回遊式の羅漢堂の建立開始。安永9(1780)年に三百台體成就の開眼供養をした。本尊は建中寺の寄付による木造釈迦牟尼仏座像。文政元(1818)年より時の鐘始める。三大五百羅漢のうち東京大阪は維新後衰退するが当寺はよく保存、中に名工為隆の傑作十八羅漢がある、明治の末から当地に移転を開始し、大正7(1918)年に完了した。
通称「らかんさん」として親しまれている。建築様式は一見城郭のような唐様南蛮風のデザインになっている。
 
回遊式の羅漢堂であり、五百羅漢を回遊できるような仕組みが施されています。

しかも想像できないほどの複雑な建築で、参拝者は本堂から一度も同じ通路を通らずに、五百羅漢を回遊し元の本堂に戻って来るという。また、もう一つ別ルートも用意されている。迷宮のような複雑な曲がり・高低・暗さで異界のような不思議な感覚に浸されるといいます。
 
今回は寺の人が不在で許可なしで中に入る訳にもいかず、見学できなかったのは残念でした。
 
 
 
 
 

閉じる コメント(2)

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普茶料理をいただいたことあります。
修行僧の食に、感心するような芸術的、まがい物料理でした。
梵鐘の根付、生菓子が土産だったように。根付は上質だから健在です。
あの料理を通じてしか、黄檗は、なじみないのです。隠元が中国から来た、珍しい食材を日本に紹介した。鑑真もそうですが、当時の中国の僧侶が仏教を布教するために、日本に骨をうずめるということに、驚きの念を持ちます。
建物が面白いですね

2017/10/4(水) 午前 4:13 いらくさ

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いらくささん、今晩は。
私は本当の精進料理を食したのは、高野山の宿坊に泊まった時が初めてでした。三の膳までありましたから、本当かと言われると・・・?
黄檗宗の寺院は少ないのでなかなか巡り合いません。隠元も少し読んだだけです。万福寺は一度訪ねたい寺の一つです。
鑑真はすごいですね。
ナイス、コメント有難うございます。

2017/10/4(水) 午後 10:36 四季の旅人


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