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檜尾山 観心寺 高野山真言宗 遺跡本山
撮影地:大阪府河内長野市寺元
楠公学問所 中院
鎮守堂 阿梨帝母天堂 重要文化財
金堂 国宝
弘法大師礼拝石
建掛堂 重要文化財
楠木正成首塚
Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
観心寺は、文武天皇の大宝元年(701年)、役小角によって開かれ、初め雲心寺とよばれていた。
その後、平安時代の初め大同三年(808年)に弘法大師空海が当寺を訪ねられた時、境内に北斗七星を勧請され、弘仁六年(815年) 衆生の除厄のために本尊如意輪観音菩薩を刻まれて寺号を観心寺と改称される。 弘法大師は当寺を道興大師実恵に附属され、実恵は淳和天皇から伽藍建立を拝命して、その弟子真紹とともに天長四年(827年)より 造営工事に着手された。 以後、当時は国家安泰と厄除の祈願寺として、また高野山と奈良・京都の中宿として発展する。 後醍醐天皇は当寺を厚く信任され、建武新政後(1334年頃)、 楠木正成を奉行として金堂外陣造営の勅を出され、 現在の金堂ができた。正成自身も報恩のため三重塔建立を誓願される。延元元年(1336年)、神戸の湊川で討死後、正成の首級が 当寺に送り届けられ、首塚として祀られている。
その後、当寺は足利、織田、徳川にそれぞれ圧迫を受け、最盛期五十余坊あった塔頭も現在わずか二坊になっているが、境内は 史跡として、自然に恵まれた環境の中で、山岳寺院の景観を保持している。 |
空海(真言宗)
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