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タイトル:植田正治の世界
発行日:2007年10月20日 初版第一刷発行
発行者:下中直人
発行所:株式会社平凡社
印刷所:株式会社東京印書館
取材協力:植田正治事務所
:植田カメラ
:植田正治写真美術館
:金子隆一
:東京都写真美術館 他
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終生山陰の地に留まり、砂丘を舞台に数々の名作を生み出した世界的写真家・植田正治。
「写真すること」に幸せを感じ、ひとりの「アマチュア」として撮り続けた、その自由自在な人生と作品
アマチュア写真家諸君!この人を見よ
中国地方の砂丘を舞台に、植田正治が撮影した写真の数々には懐かしさとともに、
時代を超えた普遍性を感じることができる。
海外では【植田調 Ueda-Cho】と称される、独創的な写真世界。
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木村伊兵衛さんの所でも執筆している荒木経惟さんが、
またまた「下駄屋のせがれ同士で、もっと話したかった手品みたいな写真の謎」と題して記している。
証言として、
「植田カメラ」を継いだ三男の植田 享さん、植田正治務所代表のお孫さん、仲田薫子さん、と共に
境港市出身の女優、司 葉子さんの記事も楽しい。
『京都の老舗を思わせる格子戸の、薄暗い履物屋さんが植田さんのお宅でした。いつも決まって、
やさしいコスモスの花のように美しい奥さんが座っておられるのです。
その店の隣に、昔の洋館を思わせる建物があり、二階に通じる階段を上がってゆくと、そこが植田写真館の写場なのです。
「こんな美しい人がこの世にいるとのかしら・・・・」と顔を見たさに履物屋さんの店先をのぞき、
なんとなく決まりが悪くなって、つい写真を撮ってもらう』
のちに映画界にに入って、写真家とは接する機会が多い仕事の間柄となりましたが、秋山庄太郎先生、
大竹省二先生、林忠彦先生の口々から植田先生の話が出て共通の話題を見つけ嬉かったものです。
だんだんと先生が写真家として大した方なんだということがわかったのでした。』
植田さんは凡百のカメラ・マニアがおよびがつかないほどの見識をもっていた写真家であったそうです。
6×6判であっても、35mm版にしても、一眼レフのファインダーは、わずか方寸の空間にすぎませんが、
その中に自分を投入する事が出来たら、そこに展開する世界は肉眼のそれにもまして、無限のひろがりをもつ天地になる事は私が言うまでもない。
人物に対した時だって、対話はすべてファインダーの中にのみあるのです。接眼レンズから目をはずすまでは、私だけの世界で、話ができるなんて、写真する幸せみたいなものがファインダーの中に棲みこんでいるということを、いまさらのように実感として感じるようになりました。(植田正治)
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