|
日吉神社
撮影地:愛知県清州市清須
OLYMPUS PEN E-P1・M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8
光仁天皇の御世、宝亀二年(西暦七七一年)尾張地方に疫病 が流行したので、人々が素盞嗚命と大己貴命を合わせて祀り、 病災除去の氏神としたのが発祥です。
その後、大同二年(西暦 八〇七年)平安時代の官人、橘逸勢(たちばなのはやなり)が 社殿を建立、山王宮と称されるようになりました。 十三世紀末には当神社の興隆著しく、社殿を修築し、祠官を定め社領が奉納されたと伝えられています。尾張の国府が清洲に移されてからは、清洲総氏神として信仰を集め、四千坪以上の境内地に荘厳な社殿を構えていました。 天正八年(西暦一五八〇年)、清洲城代織田信張公は、当神社に近江坂本の日吉大社より、大山咋神を始め、摂社二十一社を勧請し、現在まで末社として伝えています。 また尾張徳川吉通公は当神社の御分霊を稲荷社とともに 現在の名古屋市古渡町に山王稲荷として奉斎し、その御分霊は現在日吉神社の境内末社として祀られています。 明治以降、社名を山王宮から日吉神社と改め、旧社格制度のもとでは、県社として尊崇されました。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2012年12月17日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




