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静岡浅間神社 「駿河国総社」
撮影地:静岡県静岡市葵区宮ケ崎町
舞殿
大拝殿
玉鉾神社
少彦名神社
Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF) 御鎮座
神部神社・浅間神社(二社同殿)及び大歳御祖神社の三社を総称して、静岡浅間神社(通称おせんげんさま)と申し上げる。
神部神社は第十代崇神天皇の御代、約2100年前に駿河開拓の祖神・駿河の国魂の大神として鎮座され、延喜式内社であり、平安時代には駿河国総社となる。『国内神名帳』には美和明神と記され、『類聚国史』に従一位と記載されており、この地方最古の神社である。 浅間神社は延喜元年(901)、醍醐天皇の勅願により富士山本宮より分祀され、爾来富士新宮として国司の尊崇を受ける。 大歳御祖神社は応神天皇4年(273)今から1700年ほど前に、古代この地方の物流の拠点、商業の中心地であった「安倍の市」の守護神として創祀され、延喜式内社であり、『国内神名帳』に正二位奈古屋明神と記され、静岡市の地主神である。 三社とも朝廷をはじめ国司・武将等の崇敬すこぶる篤く、駿河国総社・静岡の総氏神さま、駿河の大社として広く信仰されている。 御本社神部神社・浅間神社・大歳御祖神社のほかに境内には、麓山神社・八千戈神社・少彦名神社・玉鉾神社の四境内社が鎮座している。 元仁年間(1224年頃)に鎌倉幕府は焼失した社殿を再建し、延文年間(1356年頃)には守護職今川家の造営があり、天正7年(1580)には社殿が焼失したことにより武田家は直ちに造営に取りかかった。また天正9年徳川家康公は武田家攻略にあたり戦勝を祈願し、平治の後に必ず再建すべく祈誓を為して社殿を焼き払い、当社背後にあった武田方の賤機山城を攻め滅ぼした。天正14年にはその誓いを果たすべく東海各国に勧進を行い、慶長年間社殿が造営されるに至った。さらに寛永11年(1635)家光公上洛の折、社殿の修造を命じ、日光東照宮や浅草寺などを手がけ幕府御用であった大工木原木工允藤原義久を幕府方の棟梁とし、華村長左衛門を地元大工方棟梁として造営が行われた。その後安永と天明の両度、町方の出火により社殿にも延焼したが、文化元年(1804)から60年余の歳月と、当時の金額で10万両の巨費を投じて再建されたのが現在の社殿群である。
25年振りに訪れたが、桜門が平成の大修理で工事中の為一部の撮影だけです。
機会があれば再訪してみたいです。
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2018年10月05日
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