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壺阪山 南法華寺 「壷阪寺」 真言宗
「西国三十三所観音霊場 六番札所」
撮影地:奈良県高市郡高取町壺阪
仁王門 建暦2年(1212)建立
仁王像の像高は其々一丈一尺(約3.3m)あり、背後から釣金の助けなく、自立されています。
禮堂 重文
この御堂は本尊を礼拝するために建てられた。当寺の創建当初から、建てられていたと伝わっている。但し、1096年に焼失するが、1103年に再建された。その後鎌倉時代初期に焼失し、直ちに再建されるが、室町時代初期にも焼失。その後再建されるが、江戸時代には、模様替えなど大改築がなされ、規模も縮小された。
八角円堂(本堂)
八角円堂は大宝3年(703)に創建され、本尊として十一面観音菩薩座像が安置されています。
扁額には御詠歌「岩をたて 水をたたえて 壺阪の 庭にいさごも 浄土なるらん」
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
南に桜の名所吉野山を控え北に万葉のふるさと大和三山奈良盆地を一望におさめる壷阪の山に建つ。
真言宗の寺。西国三十三所観音霊場の第六番札所。 本尊十一面千手観世音菩薩は眼病に霊験あらたかな観音様、目の観音様として全国各地から毎日多くの参拝者が訪れる。 創建は寺蔵の『南法花寺古老伝』によると、大宝3年(703)年に元興寺の僧、弁基上人がこの山で修行していたところ、愛用の水晶の壺を坂の上の庵に納め、感得した観音像を刻んでまつったのが始まりといわれる。境内からは当時の藤原宮の時期の瓦が多数出土している。その後、元正天皇に奏じて御祈願寺となった。
平安期には、長谷寺とともに定額寺に列せられ(847年)、平安貴族達の参拝も盛んになり、ことに清少納言は「枕草子」のなかで「寺は壷坂、笠置、法輪・・・」と霊験の寺として、筆頭に挙げている。また、左大臣藤原道長が吉野参詣の途次に当寺に宿泊したという記録も残っている(1007年)。
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2018年12月22日
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