|
『入江泰吉記念 奈良市写真美術館』
所在地:奈良県奈良市高畑町
奈良大和路を生涯のテーマとし、約半世紀にわたって撮り続けた入江泰吉は、
カラー作品を手掛け始めた昭和30年代後半頃から、奈良大和路の色彩表現に対す
る難しさを痛感することとなります。「情感を表すにはどうしたらよいか、いかにして色
を殺すか、その方法をいろいろと考え、工夫した」と語るように、綺麗に写りすぎるカ
ラー写真で、1300年という長い歴史をもつ奈良をどのようにして表現するか探し求め
ました。のちに「古色」という入江独自の色彩表現が確立されたのも、四季や自然の
変化を繊細に感じ取ることができる感覚と、奈良大和路を心の眼で見ることができる
感性があったからではないでしょうか。これは、かつてさまざまな色を日本人特有の
美的感性で名付けたことと相通ずるものがあります。
|
図書館
[ リスト | 詳細 ]
|
『入江泰吉の奈良」
タイトル:『入江泰吉の奈良』
著 者:入江泰吉 白洲正子他
発行日:1992年9月20日
八 刷:2005年12月5日
発行者:佐藤隆信
発行所:株式会社新潮社
印刷所:凸版印刷株式会社
価 格:1400円
*****
日本人の郷愁をかきたてる昭和20年〜30年代の懐かしい大和路の風景・・・・・・、
残された膨大なネガフィルムには、入江泰吉が是非とも残したいと切望しながらも、
今は失われてしまった、もう二度と目にすることのできない大和路が、写しとどめられ
ている。
|
|
『メナード美術館 昭和の記憶』
所在地:愛知県小牧市
昭和の大家を一度に見たのは初めてです。
横山大観、前田青邨、梅原龍三郎、棟方志功、奥村土牛、林武、東山魁夷、
平山郁夫、驚くばかりです。
|
|
美の脇役
タイトル:美の脇役
著 者:産経新聞社/編
:井上博道/写真
発行日:2005年10月15日初版1刷発行
発行者:古谷俊勝
発行所:株式会社光文社
印刷所:堀内印刷
製本所:ナショナル製本
価 格:838円
四天王に踏まれる邪鬼、灯籠に彫られた兎、書院ふすまの引き手、山道に佇む石仏…。
注目されずとも、特異な存在感を放つ「美」がここにある。 京都・奈良を中心に、黙々とそろった百の「脇役」。 鮮烈で精緻な写真とともに、作家・俳人・学者・僧などがその魅力を語る。 作家・司馬遼太郎氏が産経新聞記者時代に手がけた好評企画、待望の文庫化。 桂離宮中書院の高床広縁
高山寺の石水院 高山寺石水院釘かくし 北野神社のキリシタン灯籠 名物うどんの俵屋 賀茂別雷神社の砂庭 大徳寺山内参道 芳春院の打月橋 修学院離宮の一二三石 曼殊院門跡の梟の手水鉢〔ほか〕 井上博道[イノウエハクドウ]
1931年、兵庫県香住町生まれ。写真家。奈良市在住。龍谷大学在学中に写真を始める。西本願寺撮影が縁で、福田(司馬)氏の知遇を得る。卒業後、産経新聞大阪本社編集局写真部に入社。4年目に「美の脇役」撮影に携わる。1966年独立。「週刊朝日」「太陽」などで活躍する一方、大阪芸術大学写真学科で14年にわたり、教授職に就く。 |
|
田淵行男記念館
所在地:長野県安曇野市豊科南穂高
日本を代表する山岳写真家・田淵行男(1905-1989)は、大山を臨む鳥取県黒坂村(現・日野町)の豊かな自然に生まれ育ち、昆虫採集に熱中する少年時代を過ごしました。特に蝶の美しさに魅かれ、入念な観察と繊細な表現によってその姿を描く「写蝶」によって、高山蝶研究に取り組む礎を築き、後に『ヒメギフチョウ』(誠文堂新光社、1957 年)や『高山蝶』(朋文堂、1959 年)を著すなど、博物学者として大きな功績を残しています。
田淵は戦前戦後の物資難な状況の中、自作の写真帳「山のアルバム」を制作。これがきっかけとなり、1951(昭和26)年に『アサヒカメラ臨時増刊号 田淵行男山岳写真傑作集』が発行されると、当時の評論家らがその独自性を称賛し、写真家として認められるようになりました。山の雄姿、幻想的な光景、可憐に咲く花、そこに生きる小さな生命など、田淵行男の山岳写真は自然の持つ多様な側面を余す所なく伝えてくれます。 疎開をきっかけに東京から安曇野へ移り住んでからは、北アルプスをフィールドに、科学者として、そして山岳写真家として、特に常念岳とヒメギフチョウを対象とした積極的な活動を開始。日々、安曇野の自然に触れる中で、戦後の観光開発や農業生産増進が、豊かな生態系を損ない、安曇野の風景を変えていくことを憂いて、生態系の保全、環境保護に向けていち早く警鐘を鳴らしました。作品集『安曇野』(朝日新聞社、1976 年)には、晩年の田淵による古き良き安曇野が収録されています。 安曇野市では、田淵氏の業績を称え、1990(平成2)年に田淵行男記念館を設立。 *****
以前投稿した『写真とことば』 飯沢耕太郎
ネイチャー・フォトの先駆者
優れたナチュラリストには、詩人と科学者が同居している。
このような言い方はよく聞くのだが、実際にその両方の天分を備えた人物は稀であろう。
まして、自然と馴れ親しみ、同化する愉しみに溺れることなく、冷静で客観的な観察者の視点を貫くことは、言葉で言うほど簡単ではない。
田淵行男は、日本人には極めて珍しい、この「詩人の魂を持つ博物学者」であった。
それに加えて、彼には写真という表現手段があった。
1945年以来、長野県安曇野の地に居を定めた田淵は、山岳写真と昆虫の生態観察写真の両方の分野で、長い時間をかけた労作を次々に発表していく。
1970年代以後に隆盛となる日本の「ネイチャー・フォト」は田淵によって基礎が築かれたといってよいだろう。
|



