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道徳をゆく 1
撮影地:愛知県名古屋市南区道徳
OLYMPUS PEN E-P1・M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8
「極楽」の次は「道徳」です。
「道徳」の由来は幕末にまでさかのぼります。文化元年(1812)、尾張藩はそれまであった御替地(おかえち)新田を「道徳新田」と改称しました。御替地新田はもともと藩が農民のために替地として与えたものですが、その方針が「道義を以て徳を施す」であったことから「道徳」という新田名に変えたとのことです。
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街並み
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松阪をゆく 2
撮影地:三重県松阪市本町 魚町
OLYMPUS PEN E-P1・M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8
城下は都市化が進むなかで、所々に古い建物が今なお残っていますが、特に伝統的な街並みを残すのは本町と魚町に集中する松坂商人の屋敷街です。
本町で一際目を引く旧小津清左衛門家住宅は「松阪商人の館」として公開されています。江戸時代に三井家、長谷川家、長井家等と共に、いち早く江戸に進出して財をなした松坂屈指の豪商でした。 もう一つの魚町筋には、木綿問屋「丹波屋」長谷川家をはじめとする商人町の街並みが続きます。その先に松阪牛のすき焼で有名な「牛銀本店」があります。 松坂商人とは松坂に移り住んだ近江商人の事です。近江日野出身の蒲生氏郷に従ってこの地に移り住んだのです。その後蒲生氏は会津若松へ転封し、それに従って多くの商人が彼の地へ移りましたが、この松坂にとどまった商人の一人が三井家だったのです。 |

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松阪をゆく:武家屋敷、松坂城跡
撮影地:三重県松阪市殿町
OLYMPUS PEN E-P1・M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8
1863(文久2)年築。旧紀州藩士が松坂城警護のため三の丸に移り住んで建築した長屋形式の武家屋敷たち。幕末の武家屋敷(しかも長屋)という、全国的にも貴重な種類の建築です。 しかも、今も子孫の方が住まわれるという現役の住居で、よくここまで多くの建物を維持管理されてきたと感動します。
松坂城(現在の自治体名は松”阪”)は、豊臣政権下で12万石で伊勢国に封じられた蒲生氏郷が松ヶ島城に代わって築城したのを起源とします。のち氏郷は会津へ移り、豊臣秀次家臣の服部一忠、さらに古田重勝、重治が城主となりますが、1619(元和元)年に紀州徳川藩領となり、代官が配置されました。
政務に必要の無い城内の建物については基本的に使用されず、次第に荒れていき、現在は往時の建造物は残っていませんが、石垣は旧形態をよくとどめており、その美しさが高く評価されているほか、城内には本居宣長の旧居が移築されており、観光名所となっています。 |
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坂本をゆく2
撮影地:滋賀県大津市坂本
坂本では、里坊や神社や古い民家の石塀などに、穴太衆積み(あのうしゅうづみ)と
呼ばれる特異な石積みがみられる。その特色は加工しない自然のままの石面を巧
みに用いて石積みの面を構成し自然の美しさを保っている。
Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
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「坂本をゆく」
撮影地:滋賀県大津市坂本
Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
琵琶湖の湖東、湖北へは行く事が有っても、湖西まではなかなか行けない。
思い付きで比叡山延暦寺を訪れたが、前から気になっていた大津市の坂本を
訪れたいと思っていた。
以前読んだ、司馬遼太郎さんの街道をゆく16 「叡山の諸道」が印象深く
訪れる機会を探っていたが、今回の思い付きの訪問で、「叡山の諸道」を再
読するでもなく飛び出す前に文庫本を本箱から取り出し、カメラバックに入
れての再訪でした。
比叡山延暦寺の広さに時間配分を誤り、腹ペコに成り、どうせなら、
「叡山の諸道」に「そば」のタイトルで記されている蕎麦屋へ行きたく拾読
みしてみたら「鶴来そば」である事が解り訪れて見ました。
司馬さん達はもう一軒の蕎麦屋に間違えて入られた様ですが・・・・。
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