四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

空海(真言宗)

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今歴史上の人物で興味があるのは「空海」と「西行」です。
歴史、古典が苦手な私が写真撮影することで歴史上の人物に興味を覚えました。弘法大師 空海にまつわる地を訪れた際の記録として書庫を加えました。
「空海の風景」「空海の道」では司馬遼太郎さん、永坂嘉光さんにあまりにも失礼なので単に「空海」とします。

頭上には広大な空があった。前方には果てない海があった。
空や海に比べれば、自分は小さなものだ。しかし真言を唱えている瞬間、空と海の広がりの中に自分というものが融け込んでいき、世界と
自分が一つのものになった気がした。自分というものが世界全体に広がっていき、空と海とが、自分の中に入り込んでいく・・・・・
               三田誠広 「空海」より
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南法華寺  壷阪寺 2

壺阪山   南法華寺   「壷阪寺」   真言宗
「西国三十三所観音霊場 六番札所」 
撮影地:奈良県高市郡高取町壺阪




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         三重塔  重文   明応6年(1497)再建




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中興堂



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全長20m 全重量1200t
天竺渡来大観音石像は、インドハンセン病救済事業のご縁でインドからご招来したものである。 インド国民の協力と南インドカルカラの三億年前の古石がインド政府や様々な方のご支援で、提供され、延べ7万人のインドの石工が参加してすべて手造りで製作された。 20mの巨岩は動かすことも、運ぶことも不可能なので66個に分割して彫刻し、日本に運ばれ組み立てられた。 この巨岩を支える土台は深く基礎岩盤にまで掘り下げられ、数万巻の写経と土台石が埋納されている。 また、胎内には数万巻の写経と胎内石が納められ、66個の石が1本の巨石となっている。 この大観音石像はインドの文化勲章受章者シェノイ氏及びその一門によって製作されたもので昭和58年3月12日開眼法要が営まれた。



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大観音石像と同じく、インドにおける奉仕事業のご縁で始まった国際交流・石彫事業の一環として製作された。
涅槃像はすべての教えを説き終えて入滅せんとする釈迦の姿を顕している。
釈迦の最後の説法は「自灯明(じとうみょう)・法灯明(ほうとうみょう)」自らを灯明とし、自らをよりどころとし、法を灯明し、法をよりどころとすることを説かれた。



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このレリーフは、南インド、カルナタカ州カルカラにおいて、延べ5万7,000人の石彫師の手によって、インドの石に彫刻され製作されたものである。



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Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED




南に桜の名所吉野山を控え北に万葉のふるさと大和三山奈良盆地を一望におさめる壷阪の山に建つ。大宝三年(703)に元興寺の僧弁基上人がこの山で修行していたところ、愛用の水晶の壺を坂の上の庵におさめ、感得した観音様のお姿を模刻してまつったのが始まりという。
礼堂に続く本堂八角円堂におわすご本尊は、十一面千手観世大菩薩。胸の前に手を合わせ法力を携えたお姿で衆生救済への力強い意地を感じさせる。殊に眼病に霊験あらたかな観音様、目の観音さまとして、広く信仰を集めてきました。
寺域の山の斜面には、インド天竺渡来の高さ20mの白い大観音石像が立ち、荘厳ながらも安らいだ空気をあたりに漂わせている。また、大観音石像の下には大涅槃石像も安置されている。北方への視界が開け、畝傍山から甘樫丘、明日香の里を始め、遠く二上山、葛城山、生駒山も一望できて、歴史ロマンも楽しめる。





壺阪山   南法華寺   「壷阪寺」   真言宗
「西国三十三所観音霊場 六番札所」 
撮影地:奈良県高市郡高取町壺阪




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仁王門   建暦2年(1212)建立



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仁王像の像高は其々一丈一尺(約3.3m)あり、背後から釣金の助けなく、自立されています。



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禮堂  重文
この御堂は本尊を礼拝するために建てられた。当寺の創建当初から、建てられていたと伝わっている。但し、1096年に焼失するが、1103年に再建された。その後鎌倉時代初期に焼失し、直ちに再建されるが、室町時代初期にも焼失。その後再建されるが、江戸時代には、模様替えなど大改築がなされ、規模も縮小された。



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八角円堂(本堂)
八角円堂は大宝3年(703)に創建され、本尊として十一面観音菩薩座像が安置されています。




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扁額には御詠歌「岩をたて 水をたたえて 壺阪の 庭にいさごも 浄土なるらん」

Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED





南に桜の名所吉野山を控え北に万葉のふるさと大和三山奈良盆地を一望におさめる壷阪の山に建つ。
真言宗の寺。西国三十三所観音霊場の第六番札所。
本尊十一面千手観世音菩薩は眼病に霊験あらたかな観音様、目の観音様として全国各地から毎日多くの参拝者が訪れる。
創建は寺蔵の『南法花寺古老伝』によると、大宝3年(703)年に元興寺の僧、弁基上人がこの山で修行していたところ、愛用の水晶の壺を坂の上の庵に納め、感得した観音像を刻んでまつったのが始まりといわれる。境内からは当時の藤原宮の時期の瓦が多数出土している。その後、元正天皇に奏じて御祈願寺となった。
平安期には、長谷寺とともに定額寺に列せられ(847年)、平安貴族達の参拝も盛んになり、ことに清少納言は「枕草子」のなかで「寺は壷坂、笠置、法輪・・・」と霊験の寺として、筆頭に挙げている。また、左大臣藤原道長が吉野参詣の途次に当寺に宿泊したという記録も残っている(1007年)。










龍蓋寺 岡寺 2

東光山 真珠院 龍蓋寺  2  「岡寺」  真言宗豊山派  
「西国三十三所観音霊場 七番札所」 
撮影地:奈良県高市郡明日香村岡




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奥の院  稲荷社



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奥の院石屈    



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         弥勒菩薩


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        義淵僧正廟所



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霞んで見える明日香村  橘寺の銀杏も見える

Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED




岡寺の創建は寺伝によるとおよそ1300年前、天智天皇の勅願によって義淵僧正が建立されました。

開祖の義淵僧正とは伝説にみちた人で、生年不明(?〜728)。ただ出生には伝説が残されています。大和国高市郡に子供に恵まれない夫婦がおり、彼等は日々観音様に子が授かるよう祈りを捧げていました。そんなある日の夜突然子供の泣き声がして、夫婦が表に出てみると柴垣の上に白い布に包まれた赤子がおり、驚き中に連れて入ると馥郁たる香りがたちまちに家の中に満ちました。その後この夫婦に養育されていましたが、その噂を聞いた天智天皇は観音様の申し子だとしてこの子供を引き取られ、岡宮で草壁皇子(662〜689)とともに育てられました。
この子供こそ後の義淵僧正その人である。というのが出生の伝説です。






龍蓋寺  岡寺 1

東光山 真珠院 龍蓋寺  「岡寺」  真言宗豊山派  
「西国三十三所観音霊場 七番札所」 
撮影地:奈良県高市郡明日香村岡




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仁王門  重文



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開山堂  明治時代に談山神社より移築



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本堂



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Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED







「岡寺」の正式名称は「龍蓋寺(りゅうがいじ)」といいます。創建は今から1350年ほど前の663年、天武天皇の皇子であった草壁皇子(くさかべのみこ)が住まいとしていた岡の宮を仏教道場に改め、義淵僧正に託してお寺が建立されました。義淵(ぎえん)僧正は草壁の皇子とともに岡の宮で天智天皇に育てられ、奈良時代に活躍した良弁や行基など名だたる僧が師と仰いだという有名な僧です。

飛鳥時代にこの飛鳥の里には悪龍が住んでいて、農地を日ごと荒らして農民は困り果てていました。義淵僧正はその悪龍を優れた法力で池に封じ込め、大きな石で蓋をしたといい、この伝説からお寺の名前を「龍蓋寺」としたと伝わっています。こうして「災いを取り除く」信仰が生まれ、それまでの観音信仰に厄除け信仰がプラスされて日本最初の厄除け霊場が形成されました。現在も2月、3月の初午の日には厄除護摩供大般若法要が行われています。






戎長寺

戎場山  戎長寺   真言宗御室派   「戒場薬師」
撮影地:奈良県宇陀市榛原戎場




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           本堂は、元治元年(1864年)再建



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          オハツキイチョウ


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Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)







寺の創建は明らかではないが、寺伝では用命天皇(585年〜587年)の勅願により聖徳太子が建立し、空海が伽藍を整えたと伝わっている。
所蔵する主な仏像は、藤原時代(平安中後期)制作の物であり、その頃相当大きな寺であったと思われる。








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