四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

空海(真言宗)

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今歴史上の人物で興味があるのは「空海」と「西行」です。
歴史、古典が苦手な私が写真撮影することで歴史上の人物に興味を覚えました。弘法大師 空海にまつわる地を訪れた際の記録として書庫を加えました。
「空海の風景」「空海の道」では司馬遼太郎さん、永坂嘉光さんにあまりにも失礼なので単に「空海」とします。

頭上には広大な空があった。前方には果てない海があった。
空や海に比べれば、自分は小さなものだ。しかし真言を唱えている瞬間、空と海の広がりの中に自分というものが融け込んでいき、世界と
自分が一つのものになった気がした。自分というものが世界全体に広がっていき、空と海とが、自分の中に入り込んでいく・・・・・
               三田誠広 「空海」より
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尊永寺  2

法多山  尊永寺  高野山真言宗別格本山 「厄除観音」  「遠州三山」
撮影地:静岡県袋井市豊沢
 
 
 
 
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本堂
昭和58年落慶。自伝に残る間口10間、奥行15間の大伽藍を現代建築技法の粋を集めて、建立当時の姿に再建したもの。本尊に東海随一の厄除正観世音菩薩を安置する。長い石段の先に広がるパノラマに鳳が舞い降りたような姿で、法多山のシンボルとなっています。
 
 
 
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大師堂
平成16年落慶。真言宗の宗祖、弘法大師をまつる。毎月21日の報恩日に開帳される弘法大師像は厄除け大師と呼ばれ、通常の弘法大師像には見られない峻厳さがみられる。また堂宇の主要部は法多山の杉材が用いられている。2月15〜17日の星祭はこの大師堂で行われる。
 
 
 
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北谷寺
安政4年(1857)建立。遠江三十三観音第五番札所。旧本堂であった堂である。本尊、北谷観音のほか、十二支守本尊、西国三十三観音、出世大黒天、賓頭盧尊者などの諸尊をまつる。堂内には祈願のための扁額や千羽鶴などが奉納され、今も変わらぬ信仰の場であることを実感できる。
 
 
 
 
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参道
 
 
 
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二葉神社
かつて浜松市内にあった二葉遊郭にあった神社であり、遊郭の解体によって法多山に移築勧請された。 祭神二葉明神は芸者、茶屋など夜の世界で働く女性の守り神として信仰され、現在でもサービス業や客商売に携わる女性の商売繁盛、人気上昇、心願成就にご利益があるとされる。
 
 
 
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氷室神社
氷を貯蔵する氷室を神格化した氷室明神をまつる。熱病平癒やギャンブル依存などの心の鎮静にご利益があるとされる。 明治の廃仏毀釈で所在が不明になっていたが、最近の調査でこの洞穴自体が御神体であることが確認された。旧暦6月1日の大祭日には氷が供えられる。
 
 
 
 
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          参道
 
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
 
法多山は、寺号を尊永寺と称する、高野山真言宗の別格本山です。本尊正観世音菩薩は厄除開運のご利益に霊験あらたかであるとして、古来より俗に厄除観音と呼ばれております。神亀二年(七二五)、聖武天皇の勅命を受けた行基上人が大悲観音応臨の聖地をこの地に探し求め、自ら刻んだ本尊正観世音菩薩を安置したのが縁起といわれています。本尊の霊徳は遠く京都に及び、白河、後白河天皇の勅願あつく定額寺の列に加えられていました。その後今川、豊臣、徳川等武将の信仰を得て、特に慶長七年(一六〇二)、徳川家康公より五万石の格式を以って遇せられ、一山十二坊の法燈が栄えましたが、明治維新に朱印地返還、十二坊を廃して総号尊永寺と改め今日に至りました。
 
 
 

尊永寺  1

法多山  尊永寺  高野山真言宗別格本山 「厄除観音」  「遠州三山」
撮影地:静岡県袋井市豊沢
 
 
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
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仁王門
寛永17年(1640)建立。国指定重要文化財。江戸時代初期の建立でありながら桃山時代の遺風もよく残しており、播州二見(兵庫県)より移築されたとの伝もある。 垂木も太く、肘木や斗拱も大きくおおらかで、法多山の総門に相応しい雄大かつ豪壮な三間一戸の楼門である。
 
 
 
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黒門
宝永8年(1711)建立。市指定文化財。旧塔頭寺院正法院の山門で、全体が黒塗りであることから黒門と呼ばれる。 江戸時代中期の建築様式を伝える桧皮葺の四脚門である。柱の建ちも高く屋根勾配も強いため、簡素でありながら趣きあふれる優美な姿の門である。
 
 
 
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本坊
 
 
 
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参道
 
 
 
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弁才天
技芸上達、学業成就にご利益のある弁才天をまつる。弁財天とも呼ばれることから商売繁盛、金運上昇にもご利益があるとされる。 元来はインドの河の女神であったため、川や池のほとりに堂宇が建立されることが多い。
 
 
 
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          不動明王像
尊名を一意一願不動明王といい、心に願うただ一つの願い事を熟願すれば成就するといわれる。尊像の前には願い事を込めた絵馬が多数奉納されている。 また毎年4月28日の大祭には柴灯護摩の秘法が修され、大勢の善男善女が願いを込めて火渡りの行に参加をする。
 
 
 
 
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蛸薬師堂
 
 
 
 
およそ1290年ほど昔、神亀2年(725年)聖武天皇の勅(みことのり)により行基上人が開山した高野山真言宗別格本山である法多山は、勅願定額寺の列に偶せられ、朝廷、武将の篤信を授け信仰、文化の殿堂として栄えています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

日龍峰寺 2

大日山  日龍峰寺   高野山真言宗    「高澤観音」
撮影地:岐阜県関市下之保
 
 
 
 
 
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          本堂裏の洞窟
 
 
 
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宝篋印塔:県指定文化財 1333年 源頼朝の供養塔といわれる
 
 
 
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          千本桧
 
 
 
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薬師堂
 
 
 
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金毘羅堂
 
 
 
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          多宝塔(重要文化財)
          元弘3年(1333)の建立。 三間多宝塔で檜皮葺屋根、総高は14.7m、上重は漆喰で
          かためた円い亀腹の上にのる。
 
 
 
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鎌倉時代、時の尼将軍・北条政子によって建立されたという多宝塔
 
 
 
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           鐘楼
 
 
 
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Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
 
 
 
 
 

寺伝によると、仁徳天皇の時代(5世紀前半)、美濃国の両面宿儺(りょうめんすくな)という豪族が、この地方に被害を及ぼしていた龍神を退治し、龍神の住んでいたこの山に、祠を建立したのが始まりと伝わる。
 鎌倉時代には、北条政子によって再興されたと伝えられている。 室町時代、応仁の乱によって多宝塔を残し堂宇の大半を焼失した。
 その後、江戸時代になって現在の伽藍が整えられた。 別名、高澤観音ともいう。

重要文化財のこの多宝塔は、山内で唯一、応仁の乱以前の建造物であり、北条政子によって建造されたとされる非常に貴重な塔である。
 檜皮葺屋根で、亀腹は漆喰。 内部には大日如来を安置する。

 
 
 
 
 
 
 
 

日龍峰寺 1

大日山  日龍峰寺   高野山真言宗    「高澤観音」
撮影地:岐阜県関市下之保
 
 
 
 
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仁王門      享保3年(1718)建立。
 
 
 
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左 本堂 寛文10年(1670年)建立        右 籠堂   文化3年(1806年)の建立
 
 
 
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本堂五間四面入母屋造り桧皮葺で山頂傾斜地の岩上に建立す、前方は舞台造りで京都の清水寺によく似ており、美濃清水の異名で世に知られています。
鎌倉尼将軍寄進の本堂は惜くも応仁文明の乱により戦火の犠牲となり現在の本堂は寛文十年(江戸時代)の建造物です。(県指定・市指定文化財)
 
 
 
 
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          びんずる様
 
 
 
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籠堂
       
 
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
 
 
 
 
 
   
 
岐阜県下最古の寺で、本堂前方が舞台造りで京都の清水寺に似ていることから、美濃清水とも呼ばれています。
お寺は5世紀地元の豪族両面宿儺(りょうめんすくな)が祠を設けた
のが始まりと伝えられているが、開創については不明である。
ただ、多宝塔は北条政子の寄進といわれ、本堂裏の洞窟にある宝篋印塔が
源頼朝の供養塔といわれることから鎌倉時代にはある程度整った
お寺であったのだろう。
 
 
 

 
 
 
 
 

三光寺

龍王山  三光寺   真言宗醍醐派    「あじさいの山寺」
撮影地:岐阜県山県市富永
 
 
 
 
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鐘楼・山門
山門と一体化した珍しい形となっています。
 
 
 
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本堂
本尊は、古来近隣の皆様に『美山薬師』として親しまれている、薬師如来です。特に目の病に効くと云われております。
聖観音は美濃西国三十三観音霊場の当山本尊であります。多くの方が札所巡りで訪れます。
 
 
 
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弘法堂
宗祖 弘法大師『空海』をお奉りしています。
 
 
 
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Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
 
 
 
 
 
 
当山は昔、弘法大師空海の註錫の地にして、明暦3年(1657)時の春長律師の頃、里人が当山の門下に流れる武儀川の淵より光明を見て之を探ると不思議なことに、薬師如来・阿弥陀如来・観世音菩薩の三体が埋もれているのを見て、里人は大いに驚き、これを淵よりすくいあげ、薬師如来を当山の本尊としてお祀りしたという伝説が残されております。

 その後、宝永元年(1704)に山城の国、醍醐寺三宝院門跡より令旨を賜り、豊栄6年に野中寺内九世 戒龍唯如大僧正を寺に招請し、中興開山としました。師は堂塔伽藍を真言律寺として面目を一新し、行と加持祈祷を主に、宗祖弘法大師の法灯を広め、また多くの子弟を育て真言密教の一大道場となりました。

 以来、美山薬師と近隣の方から親しまれ、信仰の対象として今日まで受け継がれております。

 山号は『龍王山』です。麓から、階段〜山門を望み、山々を背景に見上げると龍が天に駆け上がるような雰囲気です。
 
 
 
 
 
 
 

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