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大塚山 性海寺 真言宗智山派
「あじさい寺」
撮影地:愛知県稲沢市大塚南
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
愛染堂と多宝塔
賓頭盧尊
Nikon D800・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
全部底抜けのひしゃくが奉納されている 耳病平癒
本堂 国指定文化財 Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
性海寺本堂は、桁行三間、梁間三間の入母屋造で、屋根はこけら葺とする。正面扁額に慶安元年(1648)の再建と記されるが、内部来迎回りと須弥壇、天井の部分には、鎌倉時代の遺材を利用している。須弥壇上の羽目板裏には、弘安4年(1281)の墨書が認められる。
Nikon D800・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
多宝塔 国重要文化財
Nikon D800・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
性海寺多宝塔は、性海寺の中興開山である良敏上人により、建長5年(1253)に建立されたと伝えられるが、様式的には室町中期の建築と考えられる。
塔は、桁行3間、梁間3間、屋根の勾配が緩かで、軽快、優雅な姿となっている。昭和42・43年の修理で、隣接する愛染堂から分離されるとともに、瓦葺から銅板葺に改められ、木部には丹彩が施された。 三宮社 江戸時代(1692年)建立
寺は大塚山と号し、真言宗智山派に属し、一光三尊善光寺阿弥陀如来・愛染明王を本尊とする。寺伝によれば、弘仁年間(810〜24)に弘法大師によって創立されたとされる。江戸時代には尾張藩主徳川義直より寺領100石が寄進され、慶安元年(1648)に本堂が再建された。明治24年(1891)濃尾地震で本堂大破したが、その後修復を行っている。
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空海(真言宗)
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今歴史上の人物で興味があるのは「空海」と「西行」です。
歴史、古典が苦手な私が写真撮影することで歴史上の人物に興味を覚えました。弘法大師 空海にまつわる地を訪れた際の記録として書庫を加えました。
「空海の風景」「空海の道」では司馬遼太郎さん、永坂嘉光さんにあまりにも失礼なので単に「空海」とします。
歴史、古典が苦手な私が写真撮影することで歴史上の人物に興味を覚えました。弘法大師 空海にまつわる地を訪れた際の記録として書庫を加えました。
「空海の風景」「空海の道」では司馬遼太郎さん、永坂嘉光さんにあまりにも失礼なので単に「空海」とします。
頭上には広大な空があった。前方には果てない海があった。
空や海に比べれば、自分は小さなものだ。しかし真言を唱えている瞬間、空と海の広がりの中に自分というものが融け込んでいき、世界と
自分が一つのものになった気がした。自分というものが世界全体に広がっていき、空と海とが、自分の中に入り込んでいく・・・・・
三田誠広 「空海」より
空や海に比べれば、自分は小さなものだ。しかし真言を唱えている瞬間、空と海の広がりの中に自分というものが融け込んでいき、世界と
自分が一つのものになった気がした。自分というものが世界全体に広がっていき、空と海とが、自分の中に入り込んでいく・・・・・
三田誠広 「空海」より
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瑠璃光山 薬師寺 高野山真言宗
「三河三薬師」
撮影地:愛知県豊田市川見町堂ノ洞
本四国八十八ヶ所にちなんで八十八段ある階段。
1882年創建の鐘楼門
本堂 1870年創建
欅一木彫りの日本一の龍
1200本ある四季桜が開花し始めていました。
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
薬師寺の開創は不詳であるが、1665年には再興されている。
秘仏の歓喜天信仰も深いらしい。 薬師寺の四季桜公園は、1200本の四季桜が紅葉とともに咲く風景が見事で、
多くの観光客・参拝客で賑わう。 以前四季桜の撮影の折薬師寺にも参拝しようと思ったが余りの人出で断念した。
今回は四季桜の満開の前に訪れてみました。
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道慈山 観音寺 真言宗大覚寺派
撮影地:愛知県豊田市千洸町道慈
仁王門
本堂
お賓頭盧様
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
豊田市東北の山間部にある観音寺は820年開創と伝えられる古刹であり、
道慈集落の行事の場である。 集落では昔多くの馬が飼われ、境内では馬の競走などが行われたといわれる。 山門の仁王像は1795年の造立。
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井戸山 泉龍寺 真言宗
「井戸弘法」 「三河三弘法発祥の地」
撮影地:愛知県刈谷市一ツ木町大師井
本堂
大師堂
弘法井戸
Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
寺の縁起によると、西福寺の奥之院にあたり、大師の逸話が残る「一ツ木の地で
喉が渇いた大師が水を所望したが、日照りで田畑は乾き井戸水も涸れて住民が
難儀していたという。これを気の毒に思い杖でトントンと地面を突くとそこから澄み切った水がドンドンと湧き出てきたと」逸話がある。
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弘法山 遍照院 真言宗豊山派 「見返弘法」
「三河三弘法の第一番札所」
撮影地:愛知県知立市弘法町弘法山
本堂
薬師堂
びんずる地蔵
奥之院
修行大師像
Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
弘仁年間(810年代)に、弘法大師が関東地方に御巡錫の途中、当地へ約1ヶ月の間御逗留になり、布教に勤め衆生済度を実践され、佛道の社会的実践の場として当山を建立され、出立の際には庭前の赤目樫の木をもってご自身の座像を三体刻まれ、当山のご本尊とされたのであります。
この三体の座像の中、一番根本で刻まれた大きな御像が別れを惜しんで、やや右を向いて振り返っておられる御姿であるということから、見返弘法大師と申し上げているのであります。 この御本尊様は、秘佛となっておりまして、お大師様の御命日である旧暦3月21日の御祥当に特別御開帳を致しまして、善の綱をもって善男善女にお手引き(お渡し)しております。 いつの頃からかこの三体の御座像を三弘法さんと称しそれぞれ奉安されたのですが、当山では、お大師様が自身で建立された因縁により、1200年の法燈を厳然として守り続け今日に至っており、毎月の御命日には、生活雑貨を始め食料品、骨董品等の露店が数百も連なり知立駅より寺院境内まで並びます。 このように、毎月旧暦21日は老若男女がお大師様を詣でます。それがお大師さまのお寺、知立の弘法山といわれる由縁であります。 |



