四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

空海(真言宗)

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今歴史上の人物で興味があるのは「空海」と「西行」です。
歴史、古典が苦手な私が写真撮影することで歴史上の人物に興味を覚えました。弘法大師 空海にまつわる地を訪れた際の記録として書庫を加えました。
「空海の風景」「空海の道」では司馬遼太郎さん、永坂嘉光さんにあまりにも失礼なので単に「空海」とします。

頭上には広大な空があった。前方には果てない海があった。
空や海に比べれば、自分は小さなものだ。しかし真言を唱えている瞬間、空と海の広がりの中に自分というものが融け込んでいき、世界と
自分が一つのものになった気がした。自分というものが世界全体に広がっていき、空と海とが、自分の中に入り込んでいく・・・・・
               三田誠広 「空海」より
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大福寺

瑠璃山 大福寺    高野山真言宗
撮影地:静岡県浜松市北区三ケ日福長       「湖北五山」
 
 
 
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本堂  
 
 
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大師堂
 
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
 大福寺は875年鳳来山に開創された幡教寺が始まりと伝えられているが、1209年に現在地に移転に移転して大福寺とした。
中国の僧から伝来された大福寺納豆は浜名納豆の元祖で、江戸時代中期から浜名納豆と呼ばれている。

 
 
 
 

摩訶耶寺

大乗山 宝池院 摩訶耶寺     高野山真言宗
撮影地:静岡県浜松市北区三ケ日摩訶耶     「湖北五山」
 
 
 
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本堂
 
 
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近藤用行公夫婦御廟
 
 
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               遠州地方最古の石塔籠
 
 
 
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三十三観音像
 
 
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               珍しい笠塔婆
 
 
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               くりからの滝
 
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
摩訶耶寺は、神亀3年(726) 行基によって新達寺として開創されました。
 富幕山に開創された新達寺は平安時代に千頭ヶ峯の観音岩と呼ばれる場所に移り名を真萱寺へと変え、やがてマカヤ寺と呼ばれるようになり、平安時代末期に一条天皇の勅願により今の場所へと移りました。
 御本尊の厄除正観世音菩薩(秘仏)は奈良時代から今日まで、度重なる兵火・天災から僧たちによって守られ、受け継がれています。
 摩訶耶寺は古くから厄除けの寺として知られ、袋井の法多山、祝田の善明寺の観音様と三姉妹観音で、その長女が摩訶耶寺の御本尊なのです。
 
 
 
 
 
 

寶生院

北野山真福寺寶生院  (大須観音)  真言宗智山派別格本山
 
撮影地:愛知県名古屋市中区大須
 
 
 
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LUMIX GX7・M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8
 
 
 
愛知県名古屋市中区の繁華街にある大須観音は、東京浅草観音・三重津観音とともに日本三観音と呼ばれ、観音信仰が周囲の街の発展に寄与し、大須観音も一大繁華街を形成している。
1324年後醍醐天皇が現在の岐阜県羽島市桑原町に北野天満宮を創建し、
その別当寺として1333年能信上人をして真福寺を開創されたのが大須観音の始まりである。
その後大いに栄えたが、戦国時代には衰微し、1605年木曽川の氾濫で堂宇悉く壊滅した。
1612年名古屋城の守護寺として、徳川家康の命により現在地に移転し、今日の繁栄に繋がっている。

一方、大須観音は<国宝>古事記写本など多数の文化財があるが、
これらの大多数は開山能信上人が集めたものである。
これらの文化財は大須文庫(真福寺文庫)と呼ばれ、 
真言宗三経蔵(醍醐寺、根来寺、宝生院)といわれている。
 

那谷寺

 
那谷寺  高野山真言宗別格本山
 
撮影地:石川県小松市那谷町
 
 
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 OLYMPUS PEN E-P1・M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8
OLYMPUS PEN E-P1・M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6
 
 
 
 
 
真言宗に属する自生山那谷寺は、717(養老元年)年に泰澄大師が千手観音を岩窟に安置したのにはじまるといわれています。
 平安時代に花山法皇が参詣した際、西国33ヶ所の霊場にまさるところとされ、第1番の那智山の那と第33番の谷汲山の谷をとって那谷寺と名付けられたとの伝承があります。
 平安中期には、温容寺、栄谷寺とともに白山3ヶ寺の1つとして、寺領も多く、僧兵もいましたが、中世末期の一向一揆ですっかり荒廃してしまいました。
 これを1640(寛永17)年に前田利常が復興しました。現存の本堂、三重塔、護摩堂、鐘楼、書院および庫裡は重要文化財です。
 魂の輪廻転生胎内くぐりの聖地であった岩窟内に本殿を設け、新しい自分に生まれ変わることを祈る場所で知られています。 
 
 

橋杭岩2

橋杭岩2
 
撮影地:和歌山県東牟婁郡串本町
 
 
 
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       Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
 
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    Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
 
 
朝駐車場で待機していると名古屋ナンバーの車から降りてきた青年が朝日はどの辺から出ますかと聞いてきた、私は日の出など期待せずにいましたが、せっかく持ってきたコンパスで方位を確認し出るとすればあの辺りかな!と答えましたが私も初めてなので確証はありませんと答えました。
しばらくするとその青年が大きな声で「出た・・・・・」と、え〜と言いながらあわてて車からもう一台カメラを出して撮影しました。
 
 
空海も眺めていた?橋杭岩の日の出。
 
 
 
 
 

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