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橋杭岩
撮影地:和歌山県東牟婁郡串本町
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
串本から大島に向かい、約850mの列を成して大小40余りの岩柱がそそり立っています。その規則的な並び方が橋の杭に似ていることからこの名が付きました。海の浸食により岩の硬い部分だけが残り、あたかも橋の杭だけが立っているように見えるこの奇岩には、その昔、弘法大師と天邪鬼が一晩で橋を架ける賭をして、一夜にして立てたという伝説も伝わっています。吉野熊野国立公園地域にあり、国の名勝天然記念物に指定されています。
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空海(真言宗)
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今歴史上の人物で興味があるのは「空海」と「西行」です。
歴史、古典が苦手な私が写真撮影することで歴史上の人物に興味を覚えました。弘法大師 空海にまつわる地を訪れた際の記録として書庫を加えました。
「空海の風景」「空海の道」では司馬遼太郎さん、永坂嘉光さんにあまりにも失礼なので単に「空海」とします。
歴史、古典が苦手な私が写真撮影することで歴史上の人物に興味を覚えました。弘法大師 空海にまつわる地を訪れた際の記録として書庫を加えました。
「空海の風景」「空海の道」では司馬遼太郎さん、永坂嘉光さんにあまりにも失礼なので単に「空海」とします。
頭上には広大な空があった。前方には果てない海があった。
空や海に比べれば、自分は小さなものだ。しかし真言を唱えている瞬間、空と海の広がりの中に自分というものが融け込んでいき、世界と
自分が一つのものになった気がした。自分というものが世界全体に広がっていき、空と海とが、自分の中に入り込んでいく・・・・・
三田誠広 「空海」より
空や海に比べれば、自分は小さなものだ。しかし真言を唱えている瞬間、空と海の広がりの中に自分というものが融け込んでいき、世界と
自分が一つのものになった気がした。自分というものが世界全体に広がっていき、空と海とが、自分の中に入り込んでいく・・・・・
三田誠広 「空海」より
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高野山 金剛峯寺 高野山真言宗総本山
撮影地:和歌山県伊都郡高野町高野山
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
高野山は、平安時代のはじめに弘法大師によって、開かれた日本仏教の聖地です。
「金剛峯寺」という名称は、お大師さまが『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』というお経より名付けられたと伝えられています。 東西60m、南北約70mの主殿(本坊)をはじめとした様々な建物を備え境内総坪数48,295坪の広大さと優雅さを有しています。 |
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高野山の寺院
撮影地:和歌山県伊都郡高野町高野山
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
朝の勤行の前に散歩してきましたがどれも立派な寺院ばかりでした。
山内の寺院数は117に及ぶそうですが、その半数以上が宿坊を兼ねているそうです。
座禅は辞退しましたが、せっかく泊ったので勤行は参加しましたが修行僧の美声は見事でした。
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遍照光院 高野山真言宗別格本山
撮影地:和歌山県伊都郡高野町高野山
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
はじめて泊った宿坊、遍照光院です。
遍照光院は、天長9年(西暦832年)11月に弘法大師によって創建されました。金剛峯寺に属する別格本山で、白河上皇が高野山参りの度に御在所とされた由緒のある寺院です。歴史に名を残す巨匠による仏像や襖絵など、貴重な文化財を手近に鑑賞することができます。
これほど由緒ある寺だとは、夕飯は6時なので遅れないようにと宿泊予約の時に言われた、夕食は金箔の襖のある部屋に案内されて、精進料理は三の膳までついていた、般若湯もあるのはわかったがビール一本で終わりにした。
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高野山 奥之院
撮影地:和歌山県伊都郡高野町高野山
弘法大師 空海の御廟
これより撮影、飲食、携帯電話、大きな声で話すことすべて禁止、そして脱帽。
織田信長の墓
豊臣秀吉の墓
結城秀康(徳川家康の次男)石廟
芭蕉句碑
父母のしきりにこひし雉子の声
高野山の信仰の中心であり、弘法大師さまが御入定されている聖地です。正式には一の橋から参拝します。一の橋から御廟まで約2キロメートルの道のりには、おおよそ20万基を超える諸大名の墓石や、祈念碑、慰霊碑の数々が樹齢千年に及ぶ杉木立の中に立ち並んでいます。
仙台伊達家、加賀前田家、薩摩島津家、長州毛利家、武田信玄、明智光秀、石田光成、そして現代の企業まで、きりがないので・・・・・・。
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
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