四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

最澄(天台宗)

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滝山寺 鬼まつり

滝山寺 天台宗   「鬼まつり」
 
撮影地:愛知県岡崎市滝町
 
 
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Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
 
 
鬼まつりは、旧暦元旦から七日間、本堂で天下太平・五穀豊穣を祈る修正会(しゅしょうえ)が行われ、その最終日の結願の日夕刻に催されます。
 運慶作と伝えられる祖父面・祖母面・孫面をつけた鬼が、燃え盛る炎の中から鏡餅を持って登場し、天下泰平・五穀豊穣を約束するといわれている。
 鬼面を被る者は七日間、斎戒沐浴して別室で起居します。女との接触は禁止され、四足動物の肉を口にしないなどの戒律があり、炊事なども男の手によってなされます。
 
国重要文化財である瀧山寺本堂に巨大な松明を30数本を持ち込み、半鐘・双盤・太鼓を乱打し、ほら貝が吹き鳴らされる中で鬼が乱舞する様は圧巻で、観ている観客が延焼の心配をしてしまうほど勇壮な祭りとなっています。その後、観衆は堂内に上がり、消された松明を縁起物として持ち帰ります。
 この祭りの起源は、源頼朝の祈願により始められたと伝えられるが、室町末期に廃絶、その後徳川三代目将軍家光が東照宮を境内に建立し、以後幕府の行事として復活。明治初期に一時中断されたが明治二十一年に再度復活し現在に至ります。
 
また、鬼面はもとは父面・母面もあったが、二人の旅僧が斎戒沐浴せずに父面・母面をつけて祭りを行い、面がついて離れず息絶えてしまった。この二人を薬師堂の前に葬り鬼塚として供養したため父面・母面は残っていないといわれています。
 毎年の鬼祭りには五穀を炒ったものを塚の上に撒き「春秋の芽の生うる時出で来たれ」という。この撒き散らした五穀を子供のオコリの妙薬として持ち帰る風習があります。
熊野那智大社 

那智山  青岸渡寺  天台宗
「西国三十三所観音霊場 一番札所」 
 
撮影地:和歌山県東牟婁郡那智勝浦町
 
 
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青岸渡寺
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
 
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 Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
 
 
 
熊野那智大社は、那智山青岸渡寺とともに熊野信仰の中心地として栄華を極め、古来より多くの人々の信仰を集めました。
今なお多くの参詣者が訪れ、熊野速玉大社・熊野本宮大社とともに熊野三山の一つです。
467段におよぶ石段の上に建つ6棟からなる社殿は、標高約500mに位置し、夫須美神(ふすみのかみ)を御主神としてそれぞれに神様をお祀りしています。
伊弉冉尊(いざなみのみこと)とも言われる夫須美神は、万物の生成・育成を司るとされ、農林・水産・漁業の守護神、縁結びの神様また、諸願成就の神としても崇められています。
社殿は、仁徳天皇の御世(317年)に現在の位置に創建され、平重盛が造営奉行となってから装いを改め、やがて、織田信長の焼討に遭ったのを豊臣秀吉が再興しました。
徳川時代に入ってからは、将軍吉宗の尽力で享保の大改修が行われています。
境内には、日本サッカー協会のロゴにも用いられている“八咫烏(やたからす)”の烏石や、樹齢約850年の大楠が茂っています。
社殿並びに境内は、2004年7月、ユネスコの世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録されました。
 
那智山青岸渡寺は、一千日(3年間)の滝篭りをされた花山法皇が、永延2年(988)に御幸され、西国三十三ヶ所第一番札所として定めたとされ、多くの信者や参詣者が全国から訪れています。
 
 
 
 
 
 

道成寺

天音山千手院道成寺   天台宗
 
撮影地:和歌山県日高郡日高川町
 
 
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              Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
 
 
和歌山県最古の寺、天音山道成寺は大宝元年(701年)に創建されました。本堂など重要文化財の建造物や、国宝、文化財指定の仏像などをお祀りしています。
 
安珍清姫の悲恋物語寺の創建から230年経った、延長6年の物語。
参拝の途中、一夜の宿を求めた僧・安珍に清姫が懸想し、恋の炎を燃やし、裏切られたと知るや大蛇となって安珍を追い、最後には道成寺の鐘の中に逃げた安珍を焼き殺すという「安珍清姫の物語」の悲恋は「法華験記」(11世紀)に記され、「道成寺物」として能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎でもよく知られています。

横蔵寺 2

両界山 横蔵寺 天台宗
 
撮影地:岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲
 
 
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   Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
今回は五木寛之さんの「百寺巡礼」で絶賛している三重塔が改修工事の為見れなかったのが残念でした。
 
 
 

横蔵寺 1

両界山 横蔵寺 天台宗
 
撮影地:岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲
 
 
 
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  Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
 
 
 
延暦20(801)年に伝教大師・最澄が創建したと伝えられ、1,200年以上もの歴史を持つ天台宗寺院。西国三十三箇所の札所寺院・谷汲山華厳寺から西へ約8キロ、トンネルを抜けて奥へ入った山あいに位置する。現在の場所に移ったのは近世初期(約400年前)で、創建当時はさらに1.5キロほど先の山上付近にあったとされている。本尊である薬師如来像、平安時代末期に作られた大日如来坐像、鎌倉時代を代表する仏師の定慶が手がけた金剛力士立像など、22体の国の重要文化財が安置されるほか、200年前に即身成仏した妙心法師のミイラが保存されていることでも有名だ。西美濃三十三霊場第一番札所にして「ミイラのある寺」としても知られ、多くの絵画や書籍を所蔵していることから「美濃の正倉院」とも呼ばれている。
 
 
 

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