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天台真盛宗総本山 戒光山兼法勝西教寺
撮影地:滋賀県大津市坂本
比叡山(848.3m)の南東山麓に大きな寺域を持っています。全国に450以上の末寺を持つ天台真盛宗の総本山です。寺伝では、聖徳太子が創建し、のちに天智天皇から西教寺の勅願を賜わり、平安時代に延暦寺中興の祖良源が、続いて横川の源信が庵を結んで修行道場としたと伝えられています。その後、長らく荒廃していましたが、室町時代末期に延暦寺で20年間もの修行を積んだ真盛が入寺して再興しました。 当時は、混乱した世相を反映して宗教界全体が大きな転機を迎えていたので、真盛は戒律の厳守と称名念仏の励行を唱えました。以来、西教寺は戒律・念仏の道場となり、現在に至るまで1日も絶えることなく念仏が唱え続けられています。
戦国時代、織田信長による延暦寺焼き討ちで焼失したとき、明智光秀が総門・庫裏などを寄進した関係で、境内には、光秀一族の墓もあります。 Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
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最澄(天台宗)
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滋賀院門跡 天台宗
撮影地:滋賀県大津市坂本
もともと京都の北白川にあった法勝寺を、江戸時代初期1615年に現在地に移し、のち後水尾上皇から滋賀院の号を賜わりました。江戸時代末まで天台座主となった皇族代々の居所であったため高い格式を誇り、滋賀院門跡と呼ばれます。
坂本の町には、穴太(あのう)積みの石垣が見事な里坊が数多く残っていますが、中でも滋賀院門跡はひときわ背の高い石垣と白壁に囲まれて、延暦寺の本坊らしい堂々とした外構えを見せています。 芭蕉の句碑が
叡慮にて賑ふ民や庭竈
この芭蕉句碑は、比叡山ケーブルの駅あたりの草むらに打ち捨てられるようにあったのを、ここへ移したものとのことです。
Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
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比叡山 延暦寺 『横川』
撮影地:滋賀県大津市坂本
横川は本堂にあたる横川中堂を中心とする区域です。
西塔から北へ4キロメートルほどのところにあり、第3世天台座主慈覚大師円仁によって開かれました。本堂は、遣唐使船をモデルとした舞台造りの横川中堂です。他に往生要集著者の源信僧都が隠居していた恵心堂やおみくじ・魔除けの角大師で有名な元三慈恵大師良源を祀っている四季講堂(元三大師堂)などがあります。 「横川中堂」
横川の本堂にあたるのが、この横川中堂です。舞台造りで全体的に見て船が浮かんでいる姿に見えるのが特徴です。お堂の中央部が2メートル程下がっていて、そこに本尊として慈覚大師作と伝えられる聖観音菩薩が祀られています。
Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
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比叡山 延暦寺 『西塔』
撮影地:滋賀県大津市坂本
西塔は本堂にあたる釈迦堂を中心とする区域です。
東塔から北へ1キロメートルほどのところにあり、第2世天台座主寂光大師円澄によって開かれました。本堂は釈迦堂(転法輪堂)です。他に修行のお堂であるにない堂や伝教大師最澄上人の御廟所である浄土院などがあります。 「釈迦堂」
西塔の本堂にあたるのが、この転法輪堂です。一般にはご本尊の釈迦如来にちなみ、釈迦堂の名で知られています。
現在の釈迦堂は、延暦寺に現存する建築中最古のもので、もとは三井寺の園城寺の金堂でしたが、秀吉が文禄四年(1596年)に西塔に移築したものとなります。 国重要文化財に指定されています。
「にない堂」
同じ形をしたお堂が廊下によって繋がっています。正面向かって左が、四種三昧のうち、常行三昧を修す阿弥陀如来を本尊とする常行堂、右が法華三昧を修す普賢菩薩を本尊とする法華堂です。弁慶が両堂をつなぐ廊下に肩を入れて担ったとの言い伝えから、にない堂とも呼ばれています。国重要文化財に指定されています。
にない堂は内部非公開です。
「箕淵弁財天」
箕淵弁財天は、東塔の無動寺弁財天、横川の箸塚弁財天と共に比叡山三弁財天の一つに数えられている。
Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
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比叡山 延暦寺 『東塔』
撮影地:滋賀県大津市坂本
「延暦寺」とは、比叡山の山内にある500ヘクタールの境内地に点在する約150ほどの堂塔の総称です。延暦寺という一筒の建造物があるわけではありません。
山内を地域別に、東を「東塔」、西を「西塔」、北を「横川」の三つに区分しています。 これを三塔と言い、それぞれに本堂があります。
百人一首で有名な慈円は、「世の中に山てふ山は多かれど、山とは比叡の御山(みやま)をぞいふ」と比叡山を詠んでいます。
東塔は延暦寺発祥の地であり、本堂にあたる根本中堂を中心とする区域です。
伝教大師最澄が延暦寺を開いた場所であり、総本堂根本中堂をはじめ各宗各派の宗祖を祀っている大講堂、先祖回向のお堂である阿弥陀堂など重要な堂宇が集まっています。 「大講堂」
昭和39年(1964)に山麓坂本の讃仏堂を移築したものです。本尊は大日如来で、その左右には比叡山で修行した各宗派の宗祖の木像が祭られています。
また、外陣には釈迦を始めとして仏教・天台宗ゆかりの高僧の肖像画がかかっています。国重要文化財に指定されています。
「根本中堂」
延暦寺では三塔即ち東塔・西塔・横川にそれぞれ中心となる仏堂があり、これを「中堂」と呼んでいますが、東塔の根本中堂はその最大の仏堂であり、延暦寺の総本堂となります。本尊は薬師如来です。
延暦寺を開いた伝教大師最澄が延暦7年(788)に創建した一乗止観院(いちじょうしかんいん)が元であり、その後何回も災害に遭いましたが、復興の度に規模も大きくなりました。現在の姿は徳川家光公の命で寛永19年(1642)に竣工したものです。ご本尊の前には、千二百年間灯り続けている「不滅の法灯」も安置されています。 建物は国宝に指定されています。廻廊は国重要文化財に指定されています。
「阿弥陀堂」
昭和12年(1937)に建立された、壇信徒の先祖回向の道場です。本尊は丈六の阿弥陀如来です。
お堂の前には、水琴窟があり、美しい響きを聞くことができます。
「法華総持院東塔」
昭和55年に阿弥陀堂の横に再興されました。伝教大師最澄は日本全国に6か所の宝塔を建て、日本を護る計画をされましたが、その中心の役割をするのがこの東塔になります。
本尊は大日如来をはじめとする五智如来が祀られており、塔の上層部には仏舎利と法華経が安置されています。
「戒壇院」
戒壇院は、桁行(けたゆき)三間、梁間(はりま)三間、一重、宝形造、栩葺(とちぶき)の建物で、正面に軒唐破風(のきからはふ)をつけています。外観からは、裳階(もこし)をつけていることから、二重屋根のように、また、柱間も方五間の建物のように見えます。
この戒壇院も、近世に復興されたもので、延宝六年(1678)に建てられたと伝えられています。和様・唐様両様式を合わせもち木部に丹や黒の色彩を主に施し、内部は石敷で、石の戒壇を築いています。 Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF) |




