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来宮神社
撮影地:静岡県熱海市西山町
大楠 樹齢2000年以上
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
ご祭神は、日本武尊(やまとたけるのみこと)、五十猛命(いたけるのみこと)、大己貴命(おおなもちのみこと)の三柱です。
創建の年代は定かではありませんが、社伝によると飛鳥時代の後期である和銅3年(710年)とされています。
熱海湾で漁師の網に神像のようなものが掛かり、麦こがしを供えて祀ったところ、五十猛命が現れたと言います。五十猛命は自らを波の音の聞こえない七本の楠の洞に祀れば、この地を守護すると言い残しましたので、村人が一堂で楠を探し出し、現在の地に祀ったのが始まりだと伝えられています。木の根を神体としたところから「木の宮」と称されるようになったそうです。
古くは「木宮明神」や「来宮大明神」と称されていました。
以前は境内に七株の大楠があったとのことですが、現在残っているのは、国の天然記念物にも指定されている樹齢二千年の大楠と、落雷を受けても尚成長している樹齢千三百年の第二大楠の二本のみです。
樹齢二千年の大楠は、一周すると寿命が一年延びると言われています。「阿豆佐和気神社(あずさわけじんじゃ)の大楠」と名前が付いているのですが、これは天然記念物指定時当初の来宮神社の名称とのこと。
毎年七月には、創建に因んだ麦こがしを撒き散らすお祭りである「こがし祭り」も行われています。
樹木神を祀る「キノミヤ信仰」の神社であり、来福・縁起の神として古くから厚く信仰されている神社です。
また、「きのみや」を「忌の宮」と解して、禁酒など断ち物の祈願をする人なども多く参拝するそうです。
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神々の詩
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街中の赤い鳥居、田んぼの中のこんもりした森、山の頂の小さな社、全国至るところに神社はあります。神社のある風景、それは映画やドラマでもおなじみの、ごく身近な、しかし日本にしか見られない独特の風景です。
このような神社を中心とした、日本の神々への信仰が神道です。
神道は、日本人の暮らしの中から生まれた信仰といえます。遠い昔、私たちの祖先は、稲作をはじめとした農耕や漁撈などを通じて、自然との関わりの中で生活を営んできました。自然の力は、人間に恵みを与える一方、猛威もふるいます。人々は、そんな自然現象に神々の働きを感知しました。また、自然の中で連綿と続く生命の尊さを実感し、あらゆるものを生みなす生命力も神々の働きとして捉えたのです。そして、清浄な山や岩、木や滝などの自然物を神宿るものとしてまつりました。やがて、まつりの場所には建物が建てられ、神社が誕生したのです。このように、日本列島の各地で発生した神々への信仰は、大和朝廷による国土統一にともない、形を整えてゆきました。そして、6世紀に仏教が伝来した際、この日本固有の信仰は、仏教に対して神道という言葉で表わされるようになりました。
神道の神々は、海の神、山の神、風の神のような自然物や自然現象を司る神々、衣食住や生業を司る神々、国土開拓の神々などで、その数の多さから八百万の神々といわれます。さらに、国家や郷土のために尽くした偉人や、子孫の行く末を見守る祖先の御霊も、神として祀られました。奈良時代にできた『古事記』『日本書紀』には、多くの神々の系譜や物語が収められています。
神道の信仰が形となったものが祭りです。祭りは、稲作を中心に暮らしを営んできた日本の姿を反映し、春には豊作を、夏には風雨の害が少ないことを祈り、秋には収穫を感謝するものなどがあり、地域をあげて行われます。祭りの日は、神社での神事に加えて神輿や山車が繰り出し、たくさんの人で賑わいます。
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足助八幡宮 足助神社
撮影地:愛知県豊田市足助町
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
Nikon D300・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
御足宮
Nikon D300・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
摂社、「稲荷社」「御鍬社」「津島社」。
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
秋葉社
天武天皇白鳳2年(673年)創建。字の通り、足を助けるといわれ、交通安全、足の健康、旅の安全などの御利益で知られる。室町時代の特色ある桧皮葺、三間社流造の本殿は、国の重要文化財に指定されている。東京オリンピックの射撃競技手帳の表紙図案となった鉄砲絵馬も所蔵されている。毎年10月には足助秋まつりが行われる。
足助神社
足助八幡宮の隣には足助神社があります。この神社は南朝の忠臣・足助次郎重範公をお祀りしています。創建は明治35年3月で、比較的新しい神社です。
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瀧山 東照宮
撮影地:愛知県岡崎市滝町
Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
拝殿
本殿
瀧山寺は保安3年(1122)の本堂創建を伝える天台宗の古刹であり、室町時代前期建立の仁王門と本堂が重要文化財の指定を受けている。3代将軍徳川家光は、三河は徳川家の本国で、岡崎は本城であるとして瀧山寺に東照宮を勧請(かんじょう)することを指示した。正保2年(1645)に着工、翌年に竣工したもので、同時期に境内も整備された。以後、日光、久能山とともに東照宮三宮のひとつとされた。
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久能山 東照宮
撮影地:静岡県静岡市駿河区根古屋
御祭神 徳川家康公
相殿 豊臣秀吉公
織田信長公
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
神廟は本殿の後方にある廟門より約40段の石段を登った所にあります。 ここは御祭神徳川家康公の御遺骸を埋葬し奉った所で以前は御宝塔と称えていました。 元和2年(1616)の創建当初は木造桧皮葺の造りでありましたが、寛永17年(1640)に3代将軍徳川家光公により現在の石造宝塔に造替されました。宝塔の高さは、5.5メートル、外廻り約8メートル、前面に唐戸があります。軒の四隅に唐銅の風鐸が掛かっています。
なお神廟は家康公の御遺命により西向きに建てられています。西の方には、公の御両親が子授け祈願の参籠をされたという言い伝えを持つ鳳来寺があり、さらにその西に岡崎の松平家の菩提寺大樹寺、家康公誕生の地である岡崎城があります。そしてその延長線は京の都へと続いています。 創建当時は鐘楼(鐘つき堂)でしたが、明治時代の神仏分離の際、鐘を太鼓 に替えて今の名称に改められました。 太鼓は明治6年旧幕臣小島勝直氏が江戸城にあったものを奉納したと伝えられています。
神庫
奈良の正倉院と同じ校倉造りの建物で、博物館ができるまでは神社に伝わる宝物類が納められていました。
唐灯籠 日枝神社
御祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)です。 創建当時は本地堂(ほんじどう)として薬師如来像(東照大権現の本地仏(ほんじぶつ))が安置されていましたが、明治時代の神仏分離の際に仏像を移し、楼門内東側に鎮座していた山王社(さんのうしゃ)の御神体を納めて社名を日枝神社と改め現在にいたります。
久能山 徳音院 天台宗
徳音院は徳川家康をはじめ三代将軍に仕えた南光坊天海(慈眼大師)により開かれたお寺です。 御本尊は家康ゆかりの薬師如来で、そのほか不動明王、財福聖天、厄除開運の両大師をおまつりする駿河の霊場です。 徳川家康は元和二年四月一七日に亡くなり遺命により久能山へ納められました。 家康を神様としてお祀りするにあたり、将軍秀忠は天海の主唱する山王一実神道で東照大権現の神号をいただき、元和三年四月には天海大僧正により、日光山に改葬されました。
家光の代には久能山にも社殿及び寺院ができ、徳音院はその学頭として江戸時代は栄えておりました。ところが、明治になって山上の寺院は取り壊されて、麓の徳音院だけが元三、慈眼両大師堂として残されました。 静岡単身赴任時代、自転車で登呂遺跡を過ぎて訪れた事があるが、帰りが大変でした。20年振りの再訪でした。
天気が悪かったのに外国人、神奈川県からの小学生の社会科見学で混雑していました。
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久能山 東照宮
撮影地:静岡県静岡市駿河区根古屋
御祭神 徳川家康公
相殿 豊臣秀吉公
織田信長公
二の鳥居
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
唐門
拝殿正面にある門で、屋根は銅瓦本葺黒漆塗の四方唐破風造の門です。羽目板に唐獅子牡丹、黒松に鳥の透彫があります。
本殿
拝殿
御祭神徳川家康公をおまつりする「本殿」と参拝をするための「拝殿」を「石の間」で連結した「権現造」と呼ばれる様式で、全国に数多く創建された東照宮の原型となりました。 元和3年(1617)建立。江戸幕府大工棟梁中井大和守正清の代表的な遺構のひとつであるとともに、江戸時代を通じて権現造社殿が全国的に普及する契機となった最古の東照宮建築として、平成22年国宝に指定されました。 通常は拝殿前よりご参拝いただきますが、ご祈祷や結婚式の際には拝殿に昇殿いただきご参拝いただきます。神前での厳粛な雰囲気とともに、内部の美しい装飾もご覧ください。
東照宮HPより
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