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山宮浅間神社
撮影地:静岡県富士宮市山宮
籠屋
遥拝所
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
富士山を信仰する浅間神社は、富士山本宮浅間大社を総本宮に約1,300社鎮座している。その中で最も古い史跡と考えられているのが、富士山本宮浅間大社の旧跡である山宮浅間神社。浅間信仰を語る上で欠かせない社である。
富士山本宮浅間大社(以下本宮)の起源は古代、噴火を繰り返した富士山の荒ぶる山霊をなだめたことに始まる。
『富士本宮浅間社記』によれば、孝霊天皇御代の富士山噴火により、駿河国は長らく荒廃した。垂仁天皇がこれを憂い、その3年(前27)8月に浅間大神を「山足之地」(山麓の意)に鎮斎したところ、大神の水徳によって噴火が鎮まった。
次ぐ景行天皇の御代、日本武尊が駿河国で野火攻めに遭ったさい、大神の加護で災から逃れた。日本武尊は神恩に報い、大神を山宮へ奉斎した。これが山宮浅間神社の地である。
下って大同元年(806)、平城天皇の勅を受けた坂上田村麿が大宮(富士宮市中心部)に壮大な社殿を造営。山宮から大神を遷し、こんにちの本宮となった。
御祭神 木花之佐久夜毘売命
本殿はなく、神奈備たる富士山そのものを拝す。
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神々の詩
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街中の赤い鳥居、田んぼの中のこんもりした森、山の頂の小さな社、全国至るところに神社はあります。神社のある風景、それは映画やドラマでもおなじみの、ごく身近な、しかし日本にしか見られない独特の風景です。
このような神社を中心とした、日本の神々への信仰が神道です。
神道は、日本人の暮らしの中から生まれた信仰といえます。遠い昔、私たちの祖先は、稲作をはじめとした農耕や漁撈などを通じて、自然との関わりの中で生活を営んできました。自然の力は、人間に恵みを与える一方、猛威もふるいます。人々は、そんな自然現象に神々の働きを感知しました。また、自然の中で連綿と続く生命の尊さを実感し、あらゆるものを生みなす生命力も神々の働きとして捉えたのです。そして、清浄な山や岩、木や滝などの自然物を神宿るものとしてまつりました。やがて、まつりの場所には建物が建てられ、神社が誕生したのです。このように、日本列島の各地で発生した神々への信仰は、大和朝廷による国土統一にともない、形を整えてゆきました。そして、6世紀に仏教が伝来した際、この日本固有の信仰は、仏教に対して神道という言葉で表わされるようになりました。
神道の神々は、海の神、山の神、風の神のような自然物や自然現象を司る神々、衣食住や生業を司る神々、国土開拓の神々などで、その数の多さから八百万の神々といわれます。さらに、国家や郷土のために尽くした偉人や、子孫の行く末を見守る祖先の御霊も、神として祀られました。奈良時代にできた『古事記』『日本書紀』には、多くの神々の系譜や物語が収められています。
神道の信仰が形となったものが祭りです。祭りは、稲作を中心に暮らしを営んできた日本の姿を反映し、春には豊作を、夏には風雨の害が少ないことを祈り、秋には収穫を感謝するものなどがあり、地域をあげて行われます。祭りの日は、神社での神事に加えて神輿や山車が繰り出し、たくさんの人で賑わいます。
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高帝龍王龍神
撮影地:愛知県名東区猪高町高針
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
一般開放している神社のようでもあり、民家の庭にある神社のようでもある。 迷ったが入ってみた。
この神社創建のいきさつについては、境内にある由緒を書いた石碑があった。
「当高帝龍王神様は、現在の御社の裏に樹齢三百余年、樹廻り五米の黒松の大木が生えていて、其の木が枯れて朽ちて穴が出来て、其の中に龍王神様を始め子孫の蛇が住みつかれ、祭年の春には幹や枝に沢山の蛇が出て居られたので、近在近郷から見物客で大賑わいになったのでございました。 そこで祭主が、皆様方の御賛同御協力を賜り、昭和拾五年四月、御奉祭しました。 其の後は不思議な事に、龍王神様始め子孫の蛇の御姿は見え無く成りました。 以後、無病息災、商売繁昌、一切の厄除け心願成就の守護神として、皆様方が御参拝に御見えに成られる様に成って現在に至っております。 祭主」 石川家が個人的に祭祀している神社でした。
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高牟神社
撮影地:愛知県名古屋市名東区猪高町高針
拝殿
本殿
護国社
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
創立年代不詳なるも元禄15年社地覚書書に八幡宮一社東西134間、南北84間とある。 応神天皇を祀る八幡の神なり。産霊神(むすびのかみ)を配祀する。
どうして八幡神社が高牟神社となったのか、改名したのは昭和25年とのことだ。境内の案内書きには延喜式にも載っていると書かれているけど、実際のところはどうなのか。
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貴船神社
撮影地:愛知県名古屋市名東区一社
蕃塀
拝殿
本殿
役の行者・木曽御嶽神社・津島天神 天王社・伊予国大三島大山祇神社 山ノ神社・金刀比羅神社
手前灯篭は「元文四己末」と彫られている、江戸中期(1739年)
秋葉社
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
この神社は、東山線・一社駅の東500m程の辺り、集合住宅が立ち並ぶ名古屋のベッドタウンと言った所に鎮座しております。
神話時代の人物である、武内宿弥がこの地で旱魃に苦しむ農民の為、白鷹の羽で作った矢を授け、これを祀るように言ったそうです。村人たちは早速、丘の上に祠を建てて矢を祀った。すると清流が湧き出してあたり一帯が潤ったとのことです。村人たちはその祠を矢白神社と呼び、村の名も社(やしろ)村となったと言われています。
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貴船社
撮影地:愛知県名古屋市名東区貴船
拝殿
本殿
秋葉社・津島社・富士浅間社・皇大神宮・山神社・山神社
稲荷社
西の鳥居
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
名古屋市内に貴船社はおそらく2社しかなく、その2社は名東区の貴船と一社にある。 どちらも正式名は貴船社で紛らわしいので、貴船の方を貴船社、一社の方を貴船神社と呼んでいる。
由緒
祭神罔象女神(水の神) 寛文貳年九月(320年前)五穀豊穣祈願の為、水の神を祭る。尓来氏神と称え奉り生活の心のよりどころとして信仰極めて深いものがある。 昭和二十一年宗教法人となる。昭和五十三年氏子の奉賛により建物の新改築境内整備等を行い神社の面目を一新する。 |



