四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

法然(浄土宗)

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煩悩のうすくあつきをもかへりみず
罪障のかろきをもきをも沙汰せず
ただ口に南無阿弥陀仏と唱へて
声につきて決定往生のおもひをなすべし  
                     【法然】
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誓願寺

来迎山 誓願寺  西山浄土宗
撮影地:愛知県名古屋市緑区鳴海町
 
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
天正元年 (1573)に創建。
芭蕉は名古屋に足を運んだ時は、芭蕉の門弟で鳴海六俳仙の知足(千代倉吉親)の家にしばしば逗留している。
1694年芭蕉が没した翌月、鳴海の門弟達が句会を開き、芭蕉の供養塔を如意寺に建立し、その後誓願寺に移されている。
芭蕉供養塔では最古といわれる。「芭蕉翁」裏面に元禄七年 (1694)甲成十月十二日の没年月日が刻まれている。    なお、芭蕉墓は大津市義仲寺にある。
 
 
 
芭蕉が初めて知足宅を訪れた時に詠んだ句
 

          京まではまだ半空や雪の雲
 
 

善導寺 2

海鐘山 悟眞院 善導寺    浄土宗鎮西派
撮影地:愛知県知多郡東浦町
 
 
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観音堂の奥にある徳川家康の生母於大の方の位牌。
戒名は「伝通院殿蓉誉香岳智光大禅定尼」。歴史の荒波にもまれ数奇な運命をたどった於大の方は、再嫁した久松家の墓に葬られた。
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
 
 
 

善導寺 1

海鐘山 悟眞院 善導寺    浄土宗鎮西派
撮影地:愛知県知多郡東浦町
 
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
善導寺は、京都東山の知恩院を総本山にいただく浄土宗寺院で、山号を海鐘山、院号を悟眞院と称する。
嘉吉3年(西暦1443年)に音誉聖観上人によって開創された(音誉聖観上人は、のちに大本山増上寺の第三世となった)。
文明18年(1486年)には、鎌倉光明寺(現大本山)から信誉隆転上人が、第二世として入山し、「中興開山」と称せられた。

善導寺は、もと海寄りにあったが、たびたび水害に遭ったため、慶長10年(1605年)に、現在地に移築された。現在の本堂は、慶延2年(1749年)、大檀那であった塚本家の寄進で再建されたものである。

大樹寺

成道山 松安院 大樹寺   浄土宗
 
撮影地:愛知県岡崎市鴨田町
 
 
大樹寺は、松平家(徳川将軍家の祖)、徳川将軍家の菩提寺です。
1475年 松平四代の親忠が古戦場の首塚の近くに念仏堂を設けたのが始まりです。
文明七年(1475年)に寺を建て、大樹寺と名づけました。

松平八代の墓、歴代将軍の位牌、家康73歳のときの木像などが祭られています。
松平八代の墓は家康が大樹寺に朱印状を与え、勅願所として建てさせたものです。
 
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大樹寺から岡崎城までの3キロの直線を「ビスタライン」とよびます。
「ご先祖様の眠る大樹寺を岡崎城からいつでも拝めるように」と、山門、総門(現在は大樹寺小学校南門)を通して、岡崎城を望むよう整備されました。
今日にいたるまで、岡崎市民の努力によりこの眺望をさえぎる建物は建てられず、歴史的景観が守られています。
 
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大樹寺は、桶狭間の合戦で今川義元が織田信長により倒れたことにより、
今川方についていた家康が逃れた寺です。
先祖の墓前で自害しようとした家康に、寺の十三代住職である登誉上人は
あの有名なことばをおくりました。「厭離穢土、欣求浄土(おんりえど、ごんぐじょうど)」
「戦乱の世を住み良い浄土にすることがお前の役目だ! 」と説いたのです。
そして、 家康は平和の世を築こうと決意したのです!
 
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           鐘楼
 
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LUMIX GX7・LUMIX G 20mm F1.7 ASPH.
 
徳川家康が残した遺言です。
「予の遺体は久能山へ埋蔵せよ」
「位牌は三河の大樹寺へ安置せよ」。

後幕臣たちは遺言に従い、家康の位牌を収めました。
代々将軍についても同じように等身大の位牌が大樹寺に安置されています。
 

相応寺 2

宝亀山 相応寺    浄土宗鎮西派
 
撮影地:愛知県名古屋市千種区城山町
 
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本堂
 
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相応院の墓碑
 
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茶筌塚
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
 山門が屋根の改修工事の為全体像を撮影できなかったのが残念でした。
 
 
慶安3年(1560)、義直が没すると、遺体を相応寺に安置し、供養してのちに
瀬戸の定光寺に葬っている。
 
 
 

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