四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

法然(浄土宗)

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煩悩のうすくあつきをもかへりみず
罪障のかろきをもきをも沙汰せず
ただ口に南無阿弥陀仏と唱へて
声につきて決定往生のおもひをなすべし  
                     【法然】
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相応寺 1

宝亀山 相応寺    浄土宗鎮西派
 
撮影地:愛知県名古屋市千種区城山町
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
浄土宗鎮西派寺院。京都知恩院の末寺。寛永二十年(1643)初代尾張藩主徳川義直が生母お亀の方(相応院)の追悼のために、現在の東区山口町に建立。義直の没後はその遺体を定光寺に葬るまでの間安置供養した。竹腰一族等の供養をした。本尊は木造阿弥陀如来立像。昭和七年(1932)赤塚・山口地域の開発のためにと現在地に移転。本堂・駿河御殿(空襲で破壊)・鐘楼・山門・表門を移築。移転当時京都東山の清水を模した舞台をつくったが後に撤去。山門と本堂の額は義直の書、鐘には林道春の銘がある。東西三十間南北十二間の本堂を有す。本堂の右前に相応院の墓碑、階段脇に茶筅塚がある。
 
 
 
 
 

九品寺

戒那山 九品寺   浄土宗
撮影地:奈良県御所市楢原
 
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  Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
 
 
九品寺は楢原の集落にあり、この一帯は葛城山麓の緩やかな傾斜地となっています。九品寺は奈良時代の僧、行基の開基と伝えられるお寺です。この寺は境内や本堂の裏山に数多くの石仏があることで有名です。千体石仏と呼ばれる石仏郡は南北朝時代にこの地を支配していた豪族、楢原氏が南朝方について北朝側と戦ったとき、地元の人たちが味方の身代わりとして奉納したもので、そのことから、身代わり石仏とも呼ばれています。
 
 
 

曼陀羅寺の彼岸桜

曼陀羅寺の彼岸桜   西山浄土宗
 
樹齢:300年
 
撮影地:愛知県江南市前飛保町
 
 
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  Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
最後の梅を撮影しようと思っていたら、胃腸風邪で4日間も寝込んでしまった!
 
やっと回復したら、既に桜が満開状態・・・・・・!!!!!
 
 
 
 
 
 
日輪山曼陀羅寺は西山浄土宗に属する寺院で、通称「飛保の曼陀羅寺」と呼ばれています。
 西山浄土宗の古刹で尾北地方における最も格式の高い霊場です。寺域は1,300坪、檜皮葺の正堂を中心に庫裏、大書院、小書院、曼陀羅堂、地蔵堂、鐘楼、宝蔵、続いて中門、南門(矢来門)が甍を連ねています。山内にはさらに塔頭の8か寺があり、尾張徳川藩より寺領231石余りを給地されていた名残りをとどめています。
 開山天真乗運上人は藤原師継の八男で、後醍醐天皇の母の檀天門院の弟にあたり、徳望学識が高かった。後醍醐天皇は深く帰依せられ、寺院を建立し商業の隆盛を祈り、戦死した勤王の士の冥福を修し、北条氏を祈祷するよう詔勅を賜りました。そこで藤原師継の所領である村久野庄に地を求め、正堂を紫宸殿に、中門を擬して多くの伽藍を創建し、元徳元年(1329)に竣工しました。
 その後、寛永9年(1632)に阿波国守蜂須賀家政は、幼いときに本寺塔頭本誓院で学んだ縁により正堂を再建寄進しました。
 曼陀羅寺は昭和45年に寺域の一部を提供し、市の管理のもとに曼陀羅寺公園として整備されて観光の寺として有名になってきました。この公園は境内約43,000平方メートル(13,000坪)の内約10,000平方メートルを公園としたもので、その中には宝蔵、八幡社、平和塔、児童公園、稲荷社、放生池、さらに休憩所の藤華庵などがあります。また市は、隣接地約3,000平方メートルを購入して屋外ステージを整備し、昭和60年、現在の曼陀羅寺公園(13,000平方メートル)が完成しました。園内には12種類約60本の藤が植えられて「曼陀羅寺の藤」として大変有名となっています。公園内で咲き乱れる藤の花は見事で、毎年4月下旬から5月上旬まで「藤まつり」が行われ、近隣はもとより県外からも訪れる観光客が多くなっています。
 
 
 
藤、牡丹の時は出掛けた事があるが、桜は初めてでした。
 
 
 
 
 

建中寺 2

徳興山 建中寺2  浄土宗
 
撮影地:愛知県名古屋市東区
 
 
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                       Nikon D300・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
 
 
高倍率のズームレンズの横着撮影ばかりで、気分転換に
 
最新の50㎜単焦点レンズの1.4のボケを此方の頭がボケる前に楽しもうと思い新戦
 
力に加えて見ました。
 
 

建中寺

徳興山 建中寺  浄土宗
 
撮影地:愛知県名古屋市東区
 
 
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      Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
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       Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
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     Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
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                   Nikon D300・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
 
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                   Nikon D300・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
 
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                    Nikon D300・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
 
 
慶安4年(1651)尾張二代藩主徳川光友が建立した尾州家代々の菩提寺。浄土宗。父義直の菩提のために創建し、以後、尾張徳川家の菩提寺となった。
創建当時は周囲は石垣と堀で囲まれ、四万八千坪(158,400平方メートル)の境内に多数の堂が立ち並ぶ規模を誇った。境内の東側には大きな松林があり、鬼門の方角は京都御所の「猿が辻」のように凹ませてあった。
1785年(天明5年)の大火災で総門・三門などを除く多数の建物が焼失したが、翌1786年(天明6年)から1787年(天明7年)にかけて再建された。
本堂裏には、県文化財指定の権現造りの霊廟があり、歴代藩主の位牌を安置。慶安5年造営の市指定文化財の総門・山門は山間一戸の様式による重層楼門。創建当時のもので偉容を誇っている。宝物には蒙古襲来絵巻模写2巻、田植屏風等がある。
 
 
 

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