|
瑞境山 実相寺 臨済宗妙心寺派
撮影地:愛知県西尾市上町
Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
参道
釈迦堂 室町時代後期
庫裡 江戸時代初期
方丈 江戸時代初期
八葉宝鐸型梵鐘 南北朝時代
実相寺は、西条城主・吉良氏の菩提寺として3代満氏が文永8年(1271)に建立したと伝えられます。開山には京都・東福寺から聖一国師(円爾弁円)を迎え、中国・経山寺の絵図に倣って壮大な伽藍が造営され、三河の安国寺として大いに栄えました。
天文15年(1546)に今川義元の軍師として名高い太原崇孚が入ると妙心寺派に転じました。その後、織田信長の兵火によって堂の多くを焼失したといいます。
見事な三河クロマツ(市文)の林に囲まれた境内中央にある釈迦堂(県文)は、宝形造檜皮葺、室町時代後期の建築です。毎年4月第2日曜日の「お釈迦さん」(花祭り)では多くの参拝者で賑わい、堂内の貞治元年(1362)に造立された釈迦三尊像(県文)や四天王像(市文)を拝観することができます。
境内には中国鐘の影響を受けた八葉宝鐸型梵鐘(県文)、方丈本尊の如意輪観音坐像(市文)など、中世の実相寺文化の繁栄を物語る文化財が数多くあります。
西尾市HPより
|
栄西(臨済宗)
[ リスト | 詳細 ]
大なるかな心や。
天の高さは極むべからず、
而るに心は天の上に出づ。
地の厚きは測るべからず、
而るに心は地の下に出づ。
日月の光は踰ゆべからず、
而るに心は日月光明の表に出づ。
大千沙界は窮むべからず、
而るに心は大千沙界の外に出づ。
其れ太虚か、其れ元気か、
心は則ち太虚を包み、元気を孕むものなり。
天地我を待って覆載し、日月我を待って運行し、
四時我を待って変化し、万物我を待って発生す。
大なるかな心や。
栄西『興禅護国論』序
天の高さは極むべからず、
而るに心は天の上に出づ。
地の厚きは測るべからず、
而るに心は地の下に出づ。
日月の光は踰ゆべからず、
而るに心は日月光明の表に出づ。
大千沙界は窮むべからず、
而るに心は大千沙界の外に出づ。
其れ太虚か、其れ元気か、
心は則ち太虚を包み、元気を孕むものなり。
天地我を待って覆載し、日月我を待って運行し、
四時我を待って変化し、万物我を待って発生す。
大なるかな心や。
栄西『興禅護国論』序
|
妙法山 萬勝寺 臨済宗妙心寺派 『飯高観音』
撮影地:岐阜県恵那市山岡町
本堂
白寿観音
観音堂
大師堂
Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
萬勝寺は、奈良時代に修験道の道場であったが、平安時代に入って
比叡山の慈覚大師円仁が858年頃東国への巡錫の途次に当地を訪れ、 千手観音を彫って祀り、萬昌寺を開創したのが始まりと伝えられている。 1574年武田軍の兵火に遭い全焼したが、1616年萬勝寺として再興されている。 飯高観音と呼ばれる千手観音は観音堂の本尊で、本堂の本尊は十一面観音である。 萬勝寺の千手観音は「飯高観音」と呼ばれ、厄除け観音として篤い信仰を集めている。正月の初詣でも多くの参拝者が訪れる日本三大観音の一つといわれいる。
三大観音には諸説あるようですが・・・・。
私の記憶では、浅草観音(東京都台東区 浅草寺)、大須観音(愛知県名古屋市 真福寺)、津観音(三重県津市 観音寺)と記憶していましたが・・・・・。
|
|
大龍山 臨済寺 臨済宗妙心寺派
撮影地:静岡県静岡市葵区大岩町
山門
参道
方丈
Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
「臨済寺は、今川義元の兄氏輝の菩提寺で、義元の軍師大原雪斎長老が、師の大休禅師を迎え開山した。雪斎は今川義元の執権職として、帷幕(軍議する場所)縦横の機智を振るった人である。義元が、駿、遠、三の太守として東海に勇を振るったのも、雪斎の力によるところ大で、この時代がまた、今川家の最盛期でもあった。徳川家康は、竹千代時代の天文十八年(1439年)8歳のときから、今川家の人質としての12年間、この太原雪斎から文武両道を学んだのである。後年、家康が天下を治め徳川三百年の基礎をつくった素地は、この幼年時代に培われたと言える。雪斎は弘治元年(1555年)十月十日、六十歳でこの世を去った。雪斎の没後五年の永禄三年五月、桶狭間の合戦で義元が戦死すると、今川家の勢力は急激に衰えやがて滅亡する。今川家は雪斎によって興り雪斎を失って衰亡したといえる。境内墓地の最上段には、氏輝公と雪斎長老の墓がある。主な文化財は庭園〜国の指定名園、大方丈〜国の重要文化財」
|
|
蓬莱山 徳源寺 臨済宗妙心寺派
撮影地:愛知県名古屋市東区新出来
佛殿 開山堂
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
文禄元年(1592)織田信長の次男信雄が、熱田に忠嶽和尚を請じて、 徳源寺の前身である「清涼山宝泉寺」を開創したのが始まりである。
寛文2年(1662)に昭和区石仏へ移り、「蓬莱山徳源寺」と改称した。 寛保4年(1744)現在の地に移り、文久2年(1862)京都府八幡市円福寺の蘇山大和尚を請じて雲水修行の専門道場が創建(開単)された。 禅堂は開単当時の建物で、戦禍から免れ、徳源寺最古の建物である。平成10年解体修理を行った。 二年ぶりの再訪でした。
|
|
光雲山 崇禅寺 3 臨済宗妙心寺派
撮影地:岐阜県土岐市妻木町
位牌堂
妻木氏の廟所門
妻木家の墓所
二代権左衛門頼利の石碑は高さ2m45cm幅78cm大型の物で、参勤交代の格式もつ旗本妻木家の
威容を誇る規模の物です。
妻木稲荷社
Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
本堂の裏手にある建物は何か?
たまたま通りかかったお寺の方に伺ったら、位牌堂ですと
今から風を入れに行きますので、宜しければ見ますかと
位牌堂を案内して頂いた。
|




