四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

栄西(臨済宗)

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大なるかな心や。
天の高さは極むべからず、
而るに心は天の上に出づ。
地の厚きは測るべからず、
而るに心は地の下に出づ。
日月の光は踰ゆべからず、
而るに心は日月光明の表に出づ。
大千沙界は窮むべからず、
而るに心は大千沙界の外に出づ。
其れ太虚か、其れ元気か、
心は則ち太虚を包み、元気を孕むものなり。
天地我を待って覆載し、日月我を待って運行し、
四時我を待って変化し、万物我を待って発生す。
大なるかな心や。
                 栄西『興禅護国論』序
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徳源寺 1

蓬莱山  徳源寺 1      臨済宗妙心寺派
 
撮影地:愛知県名古屋市東区新出来
 
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Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
 
 
 

文禄元年(1592)織田信長の次男信雄が、熱田に忠嶽和尚を請じて、 徳源寺の前身である「清涼山宝泉寺」を開創したのが始まりである。
寛文2年(1662)に昭和区石仏へ移り、「蓬莱山徳源寺」と改称した。
寛保4年(1744)現在の地に移り、文久2年(1862)京都府八幡市円福寺の蘇山
大和尚を請じて雲水修行の専門道場が創建(開単)された。
禅堂は開単当時の建物で、戦禍から免れ、徳源寺最古の建物である。平成10年解体修理を行った。

 蘇山禅師は師の大道円鑑禅師卓洲大和尚を勸請して開山とされた。
また蘇山禅師は生前に神機妙用禅師の号を賜り、以後歴代の老師方によって、
本堂、庫裡、書院、仏殿、開山堂等が新築、或いは改修され、 諸堂が完備した。
 昭和20年5月14日の名古屋大空襲では、名古屋城の焼失と時を同じくして本堂・庫裏・書院など、大部分を焼失し、かろうじて禅堂、侍者寮(じしゃりょう)、開山堂、仏殿が残った。
 
 
 
 
 
 
 

清見寺 4

清見寺 4
 
撮影地:静岡県静岡市清水区興津清見寺町
 
 
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イメージ 4  Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
 
富士川← →大井川間の旧東海道を出来るだけ忠実に走ってみたが
 
江戸はおろか昭和の面影も消え失せていました。
 
清見寺ではボランティアのガイドさんに長時間に渡り解説して頂きました。
 
 
 

清見寺 3

清見寺 3
 
撮影地:静岡県静岡市清水区興津清見寺町
 
 
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  Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
 
本堂の左手には、江戸時代中期に仏教の興隆を祈って彫刻された釈迦如来の御弟子の石像、五百羅漢石像が並んでいます。
 
 
 
 
島崎藤村著「桜の実の熟する時」の小説一説に刻まれた五百羅漢があります。

【島崎藤村著「桜の実の熟する時」の小説の一節】

 興津の清見寺だ。そこには古い本堂の横手に丁度人体をこころもち小さくした程の大きさを見せた青苔の蒸した五百羅漢の石像があった。起ったり坐ったりして居る人の形は生きて物言ふごとくにも見える。誰かしら知った人に逢へるといふその無数な彫刻の相貌を見て行くと、あそこに青木が居た、岡見が居た、誠之助が居た、ここに市川が居た、菅も居た、と数えることが出来た。連中はすっかりその石像の中に居た。捨吉は立ち去りがたい思をして、旅の風呂敷包の中から紙と鉛筆とを取出し、頭の骨が高く尖って口を開いて哄笑して居るやうなもの、広い額と隆い鼻とを見せながらこの世の中を睨んで居るやうなもの、頭のかたちは円く眼は瞑り口唇は堅く噛みしめ歯を食いしばって居るやうなもの、都合五つの心像を写し取った。五百もある古い羅漢の中には、女性の相貌を偲ばせるやうなものもあった。磯子、涼子それから勝子の面影をすら見つけた。
 
 
 
 
 

清見寺 2

清見寺 2
 
撮影地:静岡県静岡市清水区興津清見寺町
 
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  Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
 
 
江戸時代には徳川氏の庇護を受けたほか、東海道の目の前にあることから、朝鮮通信使や琉球使の接待がここで行われました。
朝鮮通信使や琉球使の書や絵画が残されています。
 
 
 

清見寺 1

清見寺   臨済宗妙心寺派
 
撮影地:静岡県静岡市清水区興津清見寺町
 
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   Nikon D300・AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)
 
 
 
 
1300年の歴史を刻む東海の名刹、臨済宗妙心寺派の寺院。
山号は巨鼇山。奈良時代の創建。鎌倉時代に禅寺として復興し、足利尊氏や今川義元の帰依を受けて繁栄しました。その頃、徳川家康は今川氏に人質としてあったが、当寺の住職太原雪斎に師事し、当寺で勉強していました。
江戸時代には徳川氏の庇護を受けたほか、東海道の目の前にあることから、朝鮮通信使や琉球使の接待がここで行われました。
駿河湾を望む風光明媚な高台にあり、室町時代には雪舟が、明治時代には夏目漱石や高山樗牛、島崎藤村、与謝野晶子など多くの文人詩人が訪れました。
境内は史跡、家康の指図により作られた庭園は名勝として国指定の文化財です。また、本堂の左手には、江戸時代中期に仏教の興隆を祈って彫刻された釈迦如来の御弟子の石像、五百羅漢石像が並んでいます。
なお、寺の境内を東海道本線の線路が横切っています。
 
 
 

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