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稲荷山 長楽寺 曹洞宗
撮影地:愛知県名古屋市南区呼続
立木観音堂
LUMIX GX7・LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.
立木観世音菩薩
LUMIX GX7・LUMIX G 20mm F1.7 ASPH.
本堂
LUMIX GX7・LUMIX G 20mm F1.7 ASPH.
盲導犬慰霊碑
LUMIX GX7・LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.
長楽寺のもう一つの顔は、動物霊園としてペット供養で広く知られ、特に盲導犬で話題となった<サーブ>の墓があり、盲導犬慰霊碑が建てられている。 動物観音
弘仁12年(811)に弘法大師(空海)がこの地に巡礼したおり、夢のお告げにより、この呼続の浜に「七堂伽藍」を創建され真言宗戸部道場寛蔵寺と名付け「鎮守清水叱枳尼眞天」(きよみずだきにしんてん)を安置したのが始まりです。
その後、寺は一山十二坊を有する寺になりましたが、文明の頃(1470年頃)衰退のため、義山禅師が再興し、明谷禅師を中興の開祖として、曹洞宗長楽寺と改称しました。 慶長8年(1603)には、徳川忠吉公(徳川家康の四男)が病気平癒祈願をし、回復の報恩に慶長11年(1606)に書院、客殿などの諸堂を建設しました。これが現在の冨部神社です。鎮守「清水叱枳尼眞天」は、現在清水稲荷に安置されています。 |
道元(曹洞宗)
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仏道をならふといふは
自己をならふ也
自己をならふといふは
自己をわするヽなり
自己をわするヽといふは
万法に証せらるヽなり
万法に証せらヽといふは
自己および他己の身心をして脱落せしむるなり
道元「正法眼蔵」
自己をならふ也
自己をならふといふは
自己をわするヽなり
自己をわするヽといふは
万法に証せらるヽなり
万法に証せらヽといふは
自己および他己の身心をして脱落せしむるなり
道元「正法眼蔵」
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眉間山 白毫寺 曹洞宗
撮影地:愛知県名古屋市南区岩戸町
LUMIX GX7・LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.
LUMIX GX7・ボディキャップレンズ 9mm F8 Fisheye
LUMIX GX7・LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.
白毫寺は1570年創建といわれ、万葉歌碑や芭蕉句碑が建っている。
古代、このあたりは、あゆち潟と知多の浦を望む勝景の地で、万葉歌人などが歌に詠んだところです。名勝・旧「年魚市潟」展望地として、市に指定されています。
「あゆち」は「あいち」に転じ、県名の語源となりました。また、源頼朝が京都へのぼる途中、ここで休んだので「棧敷山」とも呼ばれます。境内には、勝景跡の碑や歌碑、芭蕉句碑などが点在しています。
年魚市潟潮干にけらし知多の浦に朝漕ぐ舟も沖に寄る見ゆ
万葉集:作者未詳(巻七−1163)
春風や戸部山崎のやねの苔 芭蕉
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宇宙山乾坤院 曹洞宗
撮影地:愛知県知多郡東浦町
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
一度訪れたいと思ってた乾坤院ですが、2016年3月4日に火災があり、本堂、座禅堂、堅雄堂が全焼し山門も焼けた。大庫院は無事で幸いにもけが人はいなかったようです。
思い立った時に撮影しておかないと・・・・・・!
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宇宙山乾坤院 曹洞宗
撮影地:愛知県知多郡東浦町
乾(戌亥)は西北、坤(未申)は南西の方角をそれぞれ表わす。今から500年余前の創建時、緒川城からみて、
当山がその方角の中間に位置したため、この名がついたとい伝えられている。また「乾坤」が壮大な天地をも意
味することから、山号を「宇宙山」とした由来がある。
家康の外祖父水野忠政の墓 Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
水野家5代、6代、7代の墓
乾坤院は、室町時代中期の文明7年(1475)に緒川城の守護を目的に初代城主 水野貞守公の寄進によって、川僧慧済が開山した。以来、代々水野家の菩提寺であり、江戸時代を通じて尾張徳川家より禄を下されるなど、厚い庇護を受けてきた。四代目水野忠政公の息女で、徳川家康の生母である於大の方(伝通院)からも、三里四方の山林を寄進されたと伝わっている。明応9年(1500)から明治7年までは輪番制度をとっていたが、以降は今日に至るまで独住制を継承。現在は直門六十一ケ寺、門葉寺院総数五百余ケ寺を有する曹洞宗の中本山をいただいている。明治初頭の廃仏毀釈、第二次世界大戦、伊勢湾台風の大被害から復興を果たし。
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大龍山 雲興寺 曹洞宗
撮影地:愛知県瀬戸市白坂町
LUMIX GX7・LUMIX G 20mm F1.7 ASPH.
LUMIX GX7・LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.
LUMIX GX7・LUMIX G 20mm F1.7 ASPH.
LUMIX GX7・LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.
LUMIX GX7・Nikkor-s Auto 35㎜ F2.8
雲興寺は至徳元年(1384)に開かれた尾張の曹洞宗を代表する寺院です。織田信長や信雄らの保護を受け、江戸時代には幕府より三河国加茂郡本徳村(現豊田市)に寺領を与えられました。
雲興寺鐘楼は、境内中心部の本堂南にあります。桁行二間、梁間二間で袴腰がつけられた二階建ての建物です。棟札(むなふだ)の記載から、文化7年(1810)に地元の大工藤井甚右衛門によって建てられたことがわかります。屋根は瓦葺で、地元で焼かれた赤津瓦が使用されています。鐘は二階に吊り下げられていましたが、第二次世界大戦時に供出され、長らく不在となっていました。平成21年(2009)の鐘楼全体の保存修理の折に新たに鋳造されました。 江戸時代後期の鐘楼として地域における基準となる作風を残していることから、平成17年(2006)に国の登録文化財となりました。(広報せと平成19年2月15日号「瀬戸の文化財第14回」より |



