四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

道元(曹洞宗)

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仏道をならふといふは
自己をならふ也
自己をならふといふは
自己をわするヽなり
自己をわするヽといふは
万法に証せらるヽなり
万法に証せらヽといふは
自己および他己の身心をして脱落せしむるなり
                    道元「正法眼蔵」
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浄源寺

洞谷山 浄源寺   曹洞宗
撮影地:愛知県瀬戸市岩屋町
 
 
 
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
永享二年(1430)、雲興寺二世天先祖命禅師は、当山を天台宗より曹洞宗に帰させ、五百米下流に現寺号の堂宇を建立し行基作の白衣観世音菩薩を本尊として安置したのが淨源寺の開山である。師は、七才にして毛詩左伝(詩経・春秋)をよむは師訓に預からずいう逸才で天鷹和尚に従って雲興寺開山に努力されたが、当山における資料は乏しく現存する「南無天満大自在天神」の名号は天先和尚の真筆であり、玄関前に有る天先梅は開山手植えとされており、示寂も当山で長禄二年(1458)九十二才であった。
 
 
 
何度も訪れているが、雲興寺の帰りに寄ってみた。
 
 
 

雲興寺

大龍山 雲興寺   曹洞宗
撮影地:愛知県瀬戸市白坂町
 
 
 
 
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本堂
 
 
 
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鐘楼
 
 
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
 
雲興寺は至徳元年(1384)に開かれた尾張の曹洞宗を代表する寺院です。織田信長や信雄らの保護を受け、江戸時代には幕府より三河国加茂郡本徳村(現豊田市)に寺領を与えられました。
雲興寺鐘楼は、境内中心部の本堂南にあります。桁行二間、梁間二間で袴腰がつけられた二階建ての建物です。棟札(むなふだ)の記載から、文化7年(1810)に地元の大工藤井甚右衛門によって建てられたことがわかります。屋根は瓦葺で、地元で焼かれた赤津瓦が使用されています。鐘は二階に吊り下げられていましたが、第二次世界大戦時に供出され、長らく不在となっていました。平成21年(2009)の鐘楼全体の保存修理の折に新たに鋳造されました。
江戸時代後期の鐘楼として地域における基準となる作風を残していることから、平成17年(2006)に国の登録文化財となりました。
(広報せと平成19年2月15日号「瀬戸の文化財第14回」より)
 
 
 
 
 

普賢寺

象王山  普賢寺   曹洞宗
撮影地:岐阜県多治見市大原町
 
 
 
 
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山門
 
 
 
 
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本堂
 
 
 
 
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境内
 
 
 
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Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF) 
 
 
 
 
 
 
本寺の全久院誌によれば、開山玄超和尚は慶長14年(1609)薩州鹿児島(現在鹿児島県)に生まれ、正保3年永平寺に瑞世。その後寛文元年に信州松本の全久院
13世となった。同5年に退院し同年今の岐阜市に林陽寺を開き、同8年に醫王寺を開き、各々住職をつとめた。更に寛文12年(1672)に美濃国可児郡大原村(現在多治見市大原町)に普賢寺を開いた。当時、村の中央部に瑞光院と称する荒れた寺院があり村の長老や祖南和尚が再建を図ったが果たされなかった。その頃、了然玄超和尚が「この地に土工を起し殿堂を建立して普賢寺と称した。当地は臨済の檀信徒多かりしがことごとく当寺の檀家に帰せり…」。と記されている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

宝泉寺

大昌山  宝泉寺   曹洞宗
撮影地:愛知県瀬戸市寺本町
 
 
 
 
 
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竜宮造の山門
 
 
 
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本堂
 
 
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
 
宝泉寺は、建長4年(1252年)に、霊水山神宮寺として創立されました。その後の300年間の来歴は不明のままです。慶長元年(1596年)に大火事に見舞われ焼失しました。その後時を経て、正保4年(1648年)に、雲興寺十五世興南和尚によって、当地に曹洞宗禅刹大昌山宝泉寺が開かれました。
 
 
 

西福寺

大仙山  西福寺    曹洞宗
「三河三弘法の第二番札所」
撮影地:愛知県刈谷市一ツ木町
 
 
 
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本堂
 
 
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大師堂
 
 
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圓通閣
 
Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF) 
 
 
 
 
 
西福寺の創建は弘仁13年(822)、弘法大師が巡錫でこの地を訪れた際、大飢饉で水が大変不足していた事から、水の出る場所を杖で示し、3体の仏像を彫刻し安置したのが始まりと伝えらています(その井戸は大師井と呼ばれ長く西福寺の奥の院とされました。)。隣には雲涼院という天台宗の寺院がありましたが寛政年間(1460〜63)に両寺共に火災によって堂宇、記録、寺宝が焼失し一時衰退します。その後、境内跡に草庵を設けて両寺の本尊を安置していましたが、慶長元年(1596)、伝旨的公和尚が両寺を合併して再興しました。寛政元年(1789)、曹洞宗に改宗し本堂を再建しています。西福寺は遍照院(知立市)、密蔵院(刈谷市)とあわせて三河三弘法に数えられ二番札所となっています。三河新四国八十八ヵ所霊場第二番札所。三河白寿観音霊場第六番札所。
 
 
 
 

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