四季の旅人写真館

四季折々の日本の原風景と花の写真を撮影しています。本ブログ掲載の画像は著作権を放棄しておりません。

隠元(黄檗宗)

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瑞林寺

福寿山  瑞林寺   黄檗宗
撮影地:静岡県富士市松岡




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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D



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鐘楼



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毘沙門堂



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本堂



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大願王殿



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福寿山瑞林寺は静岡県富士市松岡に境内を構えています。瑞林寺の創建は不詳ですが当初は天台宗寺院で清泰寺と称していたと伝えられています。天正年間(1573〜1592年)、富士川の大洪水により境内が大きな被害を受け衰退しますが、正保2年(1645)、当時の駿河代官古郡孫太夫重政が清泰寺を現在地に移し再興し寺号を天岳寺に改称し臨済宗に改宗しました。さらに延宝2年(1674)、重年(重政の子)が鉄牛禅師(黄檗三傑)を招いて瑞林寺に寺号を改称し黄檗宗に改宗しています。富士横道観音霊場第28番札所。駿河国地蔵尊霊場第23番札所。山号:福寿山。宗派:黄檗宗。本尊:地蔵菩薩。







不動寺

岩根山  不動寺  黄檗宗
撮影地:滋賀県湖南市岩根



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画面上 本堂




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本堂内



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本堂横から



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この巨岩に摩崖仏があるが・・・・・




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          何度も登ろうとするが落ち葉で滑って登れない、落ちれば・・・・

Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED





不動寺(( 黄檗宗 )は、延暦年間(782 - 805)弘法大師創立という。
もと清涼山と号し天台宗であったが、享保十九年(1734)火災にあい、寛延二年(1749)に再興し、岩根山と称する。
明王は、大きな自然の岩に 磨崖仏 としてきざまれ、信仰の本尊とされており、それがそのまま寺名になった。

尊像には「建武元年(1334)三月七日、卜部左兵衛入道充乗造え」の銘があり、卜部とは代々つかれている当寺の住職の姓である。
像高150cm、肘の幅77cm、顔28cm、顔幅30cmで、鎌倉時代の作である。



*****
偶然通りかっかた紅葉が目について停車したら寺だった。
摩崖仏があるようなので登ってみたが、本堂も無人で無住職のようだ
本堂内からはよく見えず、本堂と巨岩の間にあるようだがうまく撮影できませんでした。





大龍寺

福寿山  大龍寺   黄檗宗
撮影地:愛知県名古屋市千種区城山新町
 
 
 
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Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
 
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本堂
 
 
 
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Nikon D800・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
 
 
 
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本堂左手
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
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本堂右手
 
 
 
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Nikon D800・AF-S Nikkor 50㎜ F1.4 G
 
 
 
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山城宇治萬福寺の末寺。享保10(1725)年春日井郡阿原村の地蔵堂を東区新出来町二丁目北側に移す。享保13(1728)年藩主綱誠より寺地を給って造立を開始。享保15(1730)年津島天王の牛王山成就坊を引寺。享保16(1731)年萬福寺末となり寺号を大龍寺とする。安永6(1777)年五百羅漢奉安を発願し、城下の人々に勧下を始める。安永7(1778)年には江戸亀井戸村の五百羅漢を模した回遊式の羅漢堂の建立開始。安永9(1780)年に三百台體成就の開眼供養をした。本尊は建中寺の寄付による木造釈迦牟尼仏座像。文政元(1818)年より時の鐘始める。三大五百羅漢のうち東京大阪は維新後衰退するが当寺はよく保存、中に名工為隆の傑作十八羅漢がある、明治の末から当地に移転を開始し、大正7(1918)年に完了した。
通称「らかんさん」として親しまれている。建築様式は一見城郭のような唐様南蛮風のデザインになっている。
 
回遊式の羅漢堂であり、五百羅漢を回遊できるような仕組みが施されています。

しかも想像できないほどの複雑な建築で、参拝者は本堂から一度も同じ通路を通らずに、五百羅漢を回遊し元の本堂に戻って来るという。また、もう一つ別ルートも用意されている。迷宮のような複雑な曲がり・高低・暗さで異界のような不思議な感覚に浸されるといいます。
 
今回は寺の人が不在で許可なしで中に入る訳にもいかず、見学できなかったのは残念でした。
 
 
 
 
 

宝林寺 2

初山 宝林禅寺     黄檗宗
撮影地:静岡県浜松市北区細江町      「湖北五山」
 
 
 
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龍文堂
願掛けの「鎮守龍文坊大権現」を祀る祈祷と座禅の堂
 
 
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阿弥陀三石仏
 
 
 
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正面に、「支那金鳴石初山永宝」と彫りこまれ独湛禅師が中国からお持ちになられたと伝えられる摩訶不思議な石。

叩くと澄んだ音がなることから「金鳴石」とよばれ、商売繁盛の石「お金の成る石」「宝くじが当たる石」としてお参り

絶えるることがない。

まず、龍文さまに願い事をして金鳴石を叩くとその願い事が叶うと云う。
 
 
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石仏五如来
 
 
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方丈
 
                 Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
 
宝林寺は、江戸時代に中国明から伝わった黄檗宗のお寺です。
黄檗宗が京都の万福寺に伝えられて、国内で一番最初に創建された末寺がこの宝林寺です。
 
 
 
 
 

宝林寺 1

初山 宝林禅寺     黄檗宗
撮影地:静岡県浜松市北区細江町      「湖北五山」
 
 
 
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佛殿
 
 
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「宝林禅寺」の扁額は隠元禅師の書
 
 
 
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内陣 本尊釈迦三尊像
 
 
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二十四善神立像
 
 
 
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報恩堂

宗祖隠元禅師や開基近藤貞用の洪徳に報いるため、正面に隠元禅師の等身大の木像を祀り、近藤家代々の位牌を安置するための
お堂。
正面「報恩堂」の扁額は独湛禅師の書。
 
 
 
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    内陣
 
 
 
 
 
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                      弥勒菩薩像
 
Nikon D800・AF Zoom-Nikkor 24-120mm F3.5-5.6D
 
寛文4年(1664)に旗本金指近藤家2代目当主、登之助貞用の招きに応じた明国の僧、独湛禅師に

よって開創された黄檗宗の寺である。
宝林寺は、金指近藤、気賀近藤両家の菩提寺として遠州地方で栄えたという。
創建当時は七堂伽藍も整い、建物の多くは中国明朝風の建築様式であり、現存する諸堂等に、

当時の面影を残す。

佛殿は、中国明朝風様式を現代に伝える大変貴重な伽藍である。本尊は釈迦三尊像(釈迦如来、

迦葉尊者、阿難尊者)。奥左右の厨子には達磨大師像と、武帝像、堂内東西には二十四天善神を
安置する。
 
 
 

 
 
 
  
 
 
 
 
 

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