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ヤエザクラ:八重桜 『松月』
LUMIX GX7 ・CONTAX Carl Zeiss T* Planar 85mm F:1.4
東京荒川堤にあった有名な桜で、平野神社の平野撫子に似ていて葉化雌しべがあります。里桜の代表品種で花は大輪の八重咲き、最初淡桃色ですが、次第に白色になります。花弁数は25枚程で葉と花が同時に咲きます。花と新緑が大変綺麗です。
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櫻・さくら・サクラ(寺社の桜含む
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多治見修道院
撮影地:岐阜県多治見市緑が丘
Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
全国に5つしかない修道院のひとつ「多治見修道院」です。こちらの修道院は1930年、ドイツのモール神父によって建てられたもので、白い壁と赤い屋根が特徴のバロック式の教会です。設立当時はカトリック神言修道会の日本本部としての役割を担っていましたが、現在は神学生の修練の場として利用されています。
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富士山本宮浅間大社
撮影地:静岡県富士宮市宮町
Nikon D800・Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
信玄桜はすでに終わっていた。
富士山本宮浅間大社の桜は、例年3月下旬から4月上旬が見ごろになります。浅間大社のご神木が桜であるため、境内には枝垂れ桜、ソメイヨシノなど約500本の桜が植えられています。さくらの開花は木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)の御神徳そのものであるため、開花時にはこれを祝う意味で、さまざまな催しが行われます。
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感応寺 日蓮宗 樹齢200年
撮影地:山梨県南巨摩郡身延町大島
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
日蓮宗感応寺の本堂前に、一本のシダレザクラが自立している。樹齢は200年といわれる身延山由来の古木で、樹皮は苔生している。境内には他のサクラも咲き、開花時期には境内を明るく包む。
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大野山 本遠寺 日蓮宗別格本山
撮影地:山梨県南巨摩郡身延町大野
Nikon D800・Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm F2.8 IF-ED
本堂 国重文
鐘楼堂 国重文
早咲きの樹齢300年の枝垂れ桜は久遠寺より4日〜5日早く咲きすでに終わっていいた。
樹齢1500年の大クスノキ
大野山本遠寺の創建は慶長14年(1609)、徳川家康の側室として知られる養珠院(お万の方)が堂宇を建立し、当地(身延町大野)に隠棲していた久遠寺22世心性院日遠上人を招いて開山したのが始まりとされます。日遠上人は慶長13年(1608)、京都妙満寺と浄土宗論を行い一度は論破したもののその後の論争で破れ、磔の後、養珠院(お万の方)の釈明により許され大野に一庵を設けて隠棲しました。養珠院(お万の方)は日頃から日蓮宗を篤く帰依していた事から慶長14年(1609)に息子である徳川頼宣(紀州藩主)と徳川頼房(水戸藩主)に命じて境内が整備されました。さらに、正保3年(1646)に3代将軍徳川家光から260石の朱印状を賜わり、慶安3年(1650)には頼宣と頼房によって本堂など多くの堂宇が立て替えられています。承応2年(1653)に養珠院(お万の方)が死去すると遺言により本遠寺で葬儀が行われ、日遠上人の御廟の隣地に埋葬されました。翌年の承応3年(1654)には頼宣により養珠院の墓所(高さ4.55m、関西形式の宝篋印塔・玉垣・石門:平唐門、高さ2.73m、間口2.13m、基本的に笛吹市一宮町にある京戸山産の御影石)が造営されました。
その後、本遠寺は幕府の庇護の下、寺運は隆盛し最盛期には日蓮宗本山42ケ寺の一つに数えられ末寺21ヶ寺を擁する大寺院となりました。養珠院(お万の方)は女人禁制であった七面山(標高:1989m、日本二百名山、日蓮宗総本山身延山久遠寺の奥之院にあたる信仰の山)に登った初めて女性だったことから女人信仰の道場として多くの参拝者があり寺運も益々隆盛しましたが、慶応3年(1867)の火災により本堂、鐘楼堂以外の建物が焼失し、明治維新後は庇護者を失い寺領250石も返上し衰退しました。現在の本遠寺本堂は慶安3年(1650)に建てられたもので、入母屋、桧皮葺、平入、桁行5間、梁間7間、正面1間向拝、外壁は真壁造板張素地。鐘楼堂は本堂と同様に慶安3年(1650)に建てられたもので、入母屋、桧皮葺、桁行3間、梁間2間、1層、2層共に柱だけの吹き放しで2層目の外周には高欄が周り、二重垂木、多重の木組みなど格式の高い建物です。本堂、鐘楼共に江戸時代初期に建てられた大型日蓮宗寺院建築として貴重な存在で国指定重要文化財に指定されています。甲斐百八霊場の第104番札所。宗派:日蓮宗。本尊:三宝尊。
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