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自分ひとりの1票で政治が変わるわけない。
若い人の多くはそう感じています(いい年をした大人も)。有権者1億人。その中の1票(=1億分の1)で変わるはずがないというのは、一見すると数学的合理性があるように見えます。
しかし、我が国の政治情勢を分析すると、単純にそうだとは言い切れません。選挙には、多くの組織が関与しています。与党系対野党系の構図が参議院の1人区で生じました。与党・自民党、公明党を多くの組織が支援しています。その中でも、創価学会の力は抜群です。対する野党も多くの組織が支援しています。連合も大きな組織です。共産党も強い党組織を持っています。もちろん、組織の力だけで勝敗は決しません。一般有権者の動向が勝敗を決する最終的な力になります。
与党系、野党系の組織の強弱を見ると、与党系が若干上回ります。そういう中での棄権は、「誰か」への委任ではありません。結果として、与党への委任になります。与党は権力を持っていますから、与党への委任は権力への白紙委任になります。
もちろん、与党が正しいと思う1票は、政権を支持する貴重な意思表示です。しかし、世の中に不満を抱えている人が自分の1票では変わらないと考えた棄権は、現状を追認する与党への白紙委任だと認識すべきでしょう。
具体的選挙では、1票が1億分の1ということにはなりません。選挙区によっては、数千票、数百票、あるいは数十票の差で勝敗が決します。1票に千分の1、百分の1、十分の1の単位の力が生まれます。
それだけではありません。1人の人間が真剣に政治を考えて投票行動を取った場合、ある種のうねりが社会的に沸き起こってきます。「北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が起きる」という言葉があります。「バタフライ効果」などとも言われますが、ある力学的状態にほんのわずかな変化が生じるだけで、結果として巨大な変化が生じる場合があるということです。似非科学のようにも見えますが、人間の心理が深層でつながっているのだとすれば、ひとりの心の持ち方がもたらす変化を無視すべきではないと思われます。「流行」という社会現象を見ても(仕掛け人の存在を前提としても)、人間心理のもたらす社会的影響の大きさを感じずにはいられません。
1968年頃、世界で同時的に若者たちの反乱が起きました。パリの5月革命、日本の学生紛争など。あの時代の歴史を想起します。
「1票」は1票ではない、と言っておきます。
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