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昨日のテレビ番宣で、見たような気がしたんやけど。
ネットTVガイドで検索しても出なかったってことは、…幻覚か?
……まあいっか。とにかく、思い出したんや、この人のこと。
映画「シンドラーのリスト」、見たって方も多いと思う。
スピルバーグの傑作ですね。
ドイツ人実業家・シンドラーが、自分の経営する軍事工場の従業員リストに大勢のユダヤ人を載せることで、その命を救う。その数、1100人越え。だったそうで。
ナチスドイツ全盛期、この行為は生命に関わる行為やったはず。
しかし、ドイツ敗戦後、ナチ党員であった彼も、罪を問われ、当時の従業員達によって名誉を回復したのは、確か相当年数たってからだったような、死んでからやったような。
で、「日本のオスカー・シンドラー」と呼ばれているのが、杉原千畝(すぎはら・ちうね)さんという人。
今は、ご存知の方が多いと思うけど。
1940年に、リトアニア領事だった彼は、本国の指示に反し、本来なら厳しい発給制限があった「日本通過ビザ」を、半ば無制限に発行し、本国の再三の帰国命令を無視して、最後、退去のため列車に乗り込み、動きだした列車の中ですらビザを書き続けたという人です。
このビザにより、日本を通過し、第三国へ移動、もしくは終戦まで日本に留まったユダヤ人は、6000人を下らないと言われてます。
ビザの控えを記録することを、2100枚以降やめてしまっているため、(1家族につき1枚のビザでよかった)さらに数千枚のビザを発給したのではないかとも言われてます。
この人も、終戦後、ソ連の収容所に収監され、帰国の後「本国の命に背いた」という理由で(と言われているが、真偽は定かではない)外務省を退職させられている。
この後、助けられたユダヤ人達が、謝意を表するために「スギハラ・センボ」の行方を外務省に問い合わせたが、当時の外務省の回答は、「そんなヤツ、おらんでぇ」だったそうで。
これは、一説には「すぎはら・ちうね」の「ちうね」が、外国人には読みにくく、「せんぼ」として憶えられていなかったため、問い合わせに対し外務省が、よう探しきらへんかった、とも言われてますが、私に言わせりゃそんなんはなはだ疑問や。
結局ユダヤ人たちが杉原さんを探し当てたのは、戦後28年たってからのようです。
1985年、イスラエル政府より、ヤド・バシェム(諸国民の中の正義の人)賞を受賞し、現在でもエルサレムの丘にそのときの顕彰碑が建っているそうです。
詳しくは、こちらを。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
杉原 千畝 →http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%8E%9F%E5%8D%83%E7%95%9D
さて。
なんで、彼のことを長々と書いたかというと。
私が彼の存在を初めて知ったのは、10チャンネルでやってた「知ってるつもり?!」(1989〜2002)で紹介された時でした。
(いつ放送だったかは、検索できず、不明)
それまで、全く、これっぽっちも、そんな凄い人がいたなんて、知りませんでした。
この放送見たとき、私、腹が立ったです。もちろん、杉原さんに対してじゃありません。
なんで、こんな功績のあった人がいたこと、学校で教えてくれんのか。
なんでこんな、戦時中の日本にいながら、人道的な行動を取った人の名誉回復が、こんなに遅れたのかと。
(もっとも外務省では、『杉原氏は、ビザ発給の件で処分されて退職させられたわけではなく、杉原氏にとって不名誉な記録は外務省に存在しない』って言ってるそうなが。…どうだか。)
今では、学校でも、彼のことを紹介しているそうですが。
彼のことだけをとっても、日本はまだまだ、戦争に対していろいろな事実に向き合えてないと思う。
彼のような、誇れることですら、えー加減にほったらかしにしてたんやもん。
国会で名誉回復したのって、1992年でっせ。それも、「リトアニアを含むバルト3国との国交樹立」ってことがなければ、未だにどうなってたか、むちゃ怪しいと思うわ。
政府だけやない。
声高に「憲法死守」を叫ぶ社会党(当時)も、その付属団体みたいなもんの日教組も、全然言及してないやんか。
いかに偏った事柄を取り上げて、ワタシラに植えつけてったか、ようわかるわ。
彼らは、幼いワタシラに、「日本人は加害者で、どうしようもなく残酷で、アカン人種や」って、なんか自虐心植えつけるような教育ばかりで。
「ヒロシです…」なら笑えるが、教育としては笑えんで!
で、いいことも検証できてないのに、加害国になった背景が、目を背けたい過去の仕業が、ちゃんと検証できてるはずがない。
検証もええかげんやから、中国・韓国の主張に、「それは確かにそのとおり、ごめん」も「ちょお待てや、それは事実捻じ曲げてるでっ!」の主張もできない。
ひたすら「はいはい、仰せのとおりに」的外務省の弱腰外交も、もういい加減改めて欲しい。。。
でも、ちょっとだけ強気外交にでたら、今、中・韓関係冷えてるけどね。
ええやん、今まで何でも、下手に出てたから、アチラも過剰反応やで。
最近の、中・韓政府の物言いには、結構ムカッ腹が立つ。
あれ?話が変な方向へ行ってしまった。
先日、「たかじんのそこまで言って委員会」で、東京裁判のことをやってたけど。
初めて聞くような事実とか、いっぱいあった。
「戦犯の合祀」が問題になってるけど、戦犯の中には、「捕虜虐待」ってのがあって。
捕虜に、腐った豆を食べさせた、とか−−−→そりゃ、納豆や。
甘い豆(外国ではありえない)食べさせたとか−−−→そりゃ、小豆や。ええ待遇やんかぁ。
木の根をたべさせた−−−→そりゃ、ゴボウや。
で、「虐待の罪により、死刑」ってのが、ホンマに、事実あったそうで!!!
そんな事実も知らないのって、私の勉強不足?
それだけじゃないやろう?
戦後60年。
改めて、戦争のことを、客観的に検証する方法は、ないでしょうか。。。ね。
…読み返してみて、なんか訳わからん文章になってしまった。すみませぬ。
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東京裁判自体に米国側からもあれは間違っていたという話を聞いた事もあり、どさくさにまぎれて誰かのせいにしなきゃあいけないからしちゃったけどうらまないでね。祀るから・・・って日本人によくあるパターンな気がしてます。
2005/8/18(木) 午前 8:17
橋下弁護士が「あの裁判は、事後に制定された法律によって過去を裁いているのだから、裁判自体が違法だ」って言ってましたね。なんか初めて、「このひと弁護士なんや」と思った(笑)
2005/8/18(木) 午後 0:29
ゴボウを食べさせて戦犯になった、という話は史実ではありません。私も長いこと信じていましたが、都市伝説やデマの類いであるようです。
2013/7/31(水) 午後 0:03 [ gyokucyuusai ]