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永い間ご無沙汰をしていましたが、少しづつ再開しようとおもいまして・・・・。
宜しくお願いします。
無地の「志野茶碗」なのか「志野織部茶碗」なのか・・・? よくわかりません。
つまり、志野織部には絵があることが前提だと考えれば「無地志野」となりますし・・・・。
箱に写真のキャプションが入っていまして、『無地志野茶碗』となっています。過去にどこかで展示された
時のものとおもいます。
キャプションには弥七田窯とありますが、某先生からは「高台、口縁、釉調などから弥七田窯ではない」
とのお話がありました。
また、時代は形状からは元和〜寛永のものではないかとのことでした。
最近の研究では、志野は今まで考えられていた時代から少し下がり、寛永あたりまで焼いていた可能性が
あると聞いていますので、この茶碗に期待しています。
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やっぱり桃山から江戸初期の志野は、薄手でカリッと焼かれていますね。高台の土を見ても磁器に近いような感じ。これは良いですね〜
ひるがえって現代志野は、なぜ厚手でボソボソした土で、いかにも軟陶という焼きなんでしょうか? 個人的にはどうも好きになれません。現代作家さんも本作のようなカリッカリに焼けた本歌の志野を勉強して欲しいと思います。ナイス
2017/9/29(金) 午前 11:08
> 越前屋平太さん
横レスで失礼します。
窖窯と登り窯の「志野」、私は別物だと思っています。
「大萱の志野」あたりが本物かと・・・(笑)
現代志野は志野ではありません。
備前も信楽も萩もそう・・・(ToT)
2018/6/5(火) 午後 6:36