オレンジ戦士列伝!

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我が家の隅っこに飾られているもう10年前の2005年シーズンに三保グラウンドで取った1枚の写真。

この年、高卒ルーキーで入団した選手、決して巧くはないけれど、必死に取り組む姿に惹かれるファンも少しずつ増えてきた頃に一緒に撮ってもらった写真は今となっては宝物です。

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4月16日、マインツの岡崎慎司選手が29歳の誕生日を迎えました。

ちなみにこの日は日本平のスタジアムDJ、鈴木克馬さんが49歳、更にフレドリック・ユングベリ選手が38歳の誕生日ですってよ。。。。。。

正直、この頃は「岡ちゃんが日本代表になる」「岡ちゃんがブンデスリーガで大活躍」とか言ったら「頭がおかしいんじゃないか???」と言われることは確かかな・・・・


エスパルスで、代表で結果を出し、ドイツへ旅立っていった頃の岡ゴール


マインツでゴールを重ねている姿にはかつてない巧さもくわわったかな???

10年前は普通に声をかけていた岡ちゃんがかなり遠いところに行ってしまったのは間違いないのですが、もっともっとビッグになって欲しいと思うし、

「一生ダイビングヘッド」

この言葉を忘れずにゴールに向かっていく姿を今後も見せて欲しいし、その後姿を応援していければ・・・と思っています。
仙台に行きたいものの重要な仕事がある中、断念せざるを得ない週末・・・

週末にフットボールがない人生なんて味気なさ過ぎるじゃあないっすか????

そりゃあ今が勝てなくて苦しい状況なのは十分承知だけれど、どんな状況であってもチームと闘う気持ちだけは忘れたくないなと思います。

次の参戦はホームの川崎フロンターレ戦。

この試合が4月8日に行われる・・・ということにすごく大きな意味を感じてしまいました・・・

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4月8日、3度目の山田泰寛さんが旅立ってしまった日

亡くなる数日前に話したときには病気なんて思いもしなかったし、あの当時はシーズンが開幕して1勝もできていない中で

「エスパルス、なかなか勝てないねえ」

と古巣を心配するようなことも言っていた野太い声を今でも思い出して、今でも亡くなってしまったことが嘘のよう・・・

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Jリーグで31試合、JSLで14試合というのは決して多い数字ではないかもしれない。

それでも清水エスパルスというチームの創世記を作り出し、プレーした実績はチームの中に永遠に残ることは間違いないと思うのです。

その4月8日に公式戦が行われることに強い想いを持って臨みたい。

そういえば山田さんのお通夜の日は等々力でフロンターレとのナビスコカップだったな・・・

絶対に忘れないあの日にかける想いを改めて感じる。
清水エスパルスから横浜FCへ旅立って行き、昨年は関西1部リーグのアルテリーヴォ和歌山でプレーしていた永井雄一郎選手がザスパクサツ群馬と正式に契約を結ぶといううれしいニュースが入ってきましたねえ。。。。
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「昨シーズン、地域リーグでプレーしていましたがずっとJの舞台に戻ると強い意志でトレーニングしてきました。」

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やっぱりJの舞台を諦めていなかったんだなと・・・

清水での3年間が「ストライカー」としての本来の姿を見せられなかった時期だったことは確かで、35歳っていう引退を考えてもおかしくない時期に練習生として必死にチャンスを掴もうとした結果がザスパとの契約になったんだなあと思うとうれしくなります。

「ピッチを切り裂く刃」のチャレンジが再び始まる!!!

「これがもちろんゴールではなく、スタートだということ。

自分が高校を卒業してレッズに入団した時と同じ気持ちでいます。」

新たにルーキーの気持ちで臨むザスパクサツ群馬の永井雄一郎の2015年、清水エスパルスもこのベテラン選手に負けてはいられないなと思います。
日本代表の発表があった日ではありましたが、それ以上にビックリというか、こういう話題が出てくる寂しい季節になってきたなあと。。。。
  ↓

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V・ファーレン長崎、佐藤由紀彦選手が引退・・・

清水エスパルスから始まり、モンテディオ山形、FC東京、横浜F・マリノス、清水エスパルス、柏レイソル、ベガルタ仙台、V・ファーレン長崎と続いた現役生活、それぞれのチームでそれぞれの思い出を残した選手だったと思います。

清水市立商業から入団したスター選手は「清水のプリンス」と呼ばれていました・・・

ただ、高校時代に残した実績が大きいがゆえにプロの壁にぶち当たり、サテライトでプレーする姿を見ることが多かった由紀彦が当時JFLだった山形へ旅立って行ったのは自らの成長のための必然だったのだと思います。

その後、FC東京の主力として一気にスターに駆け上がった姿はうれしかったものの、敵として何度も悔しい目にあってきたのも確か。

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マリノスを経て長谷川健太体制と共に故郷に帰ってきたときはうれしかった・・・

期待いっぱいだったはずの2005年の開幕戦、気合が入りすぎたのかいきなり怪我してしまったけどさ。

この年のマリノス戦、0−1のビハインドの中、ジェジンの動転ゴールを生んだFKは美しかったと今でも思い出します。

結局、2006年シーズン途中で山形時代の恩師、石崎監督に呼ばれるような形で柏に移籍してから最後はJFL時代からプレーした長崎で現役を終える波乱のサッカー人生。

清水というチームで輝けなかったことは残念ではありますが・・・

2度目の在籍となった清水での1年半の中で岡崎慎司という新人を育て上げたのはまんがの「岡崎慎司物語」にも描かれています。

自分も練習試合の中でピンポイントで岡崎に合わせるクロスを上げる場面を見た覚えがあったなあと・・・

プロ生活のスタートが「アイドル的な扱い」だったものの、サッカーに対して真摯であるが故に自分を厳しい環境に追い込んで追い込んで成長し、プレーし続けた20年間だったのかもしれません。。。本当にお疲れ様でした。

佐藤由紀彦選手コメント:
「私事ではありますが、2014シーズンをもちまして現役を引退することを決意いたしました。
20年間のプロサッカー人生においてお世話になりました、清水エスパルス、モンテディオ山形、FC東京、横浜F・マリノス、柏レイソル、ベガルタ仙台、V・ファーレン長崎のサポーター、現場スタッフ、選手、フロント、スポンサー、そして両親、家族。すべての皆さんに、感謝の言葉しかありません。
素晴らしいサッカー人生でした! 
ただ、まだシーズンは残っていますので、あと少しの時間にはなりますが、現役生活をチームメイトと共に全力でもがきたいと思います。本当にありがとうございました」
久しぶりに懐かしい名前を聞いたと思ったらそれが引退発表だったという寂しい話
  ↓
http://www.hochi.co.jp/soccer/national/20141008-OHT1T50215.html

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元G大阪、清水の児玉、32歳誕生日に引退決断

2011年シーズンを最後にセレッソ→大分と移籍していった児玉選手が無所属のままだったというのは申し訳ないけれど知らなかったという・・・

ガンバから京都を経て清水に移籍してきたのが2007年シーズン

個人的にはこの年の第18節の柏戦で岡崎のゴールを演出したクロスに惚れたっていう感じ。

守る!走る!スーパーポテンシャル!っていう1年目のキャッチフレーズそのまんまのプレーを見せてもらったような気持ちになったのは確か。

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最後は太田宏介にポジションを奪われる感じになってしまった中、2011年に復帰に向けて黙々と走っていた姿が印象的でした。→これが清水の選手として最後の姿になってしまったけれど…

ブログで自家農園の話題を更新していたキャラもなかなか素敵でした。

その結果、当時流行った選手プロデュースTシャツがこんな感じに・・・

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正直、32歳なんてまだまだ若いと思うんですが本当にお疲れ様でしたと・・・

まさに新たなスタートとなるわけですが、清水の左サイドを駆け抜けたアグレッシブな精神でこれからの人生を突き進んで欲しいと思います。

おーあらたー、ららららら、こだまあらたー♪♪♪



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