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個人的な思い入れの問題だと思うのだけれど、歴代の数多くの日本代表の中で、一番輝きを感じたのはアトランタオリンピックの代表だ。
オフトジャパンが「ドーハの悲劇」で最後の最後になってアメリカワールドカップの出場を逃した後の大きな世界へのチャンスは1996年のアトランタオリンピックだった。とはいってもそれまでオリンピックでさえも出場できずにいた日本がアトランタオリンピックに出られるか??というのはなかなか難しい問題であった。でも、当時の若き代表たちは
「何かやってくれそうな輝き」
を持っていたように思う。チームの中心だった前園や城を始め、レギュラーを掴みかけていた川口能活、中田英寿、清水からは伊東輝悦、白井博幸、松原良香が選出されており「新三羽烏」として注目も浴びていたことで、アトランタ組には否が応でも注目していた。
現ガンバの西野監督率いる代表チームはアジアの強豪を打ち破り、オリンピック出場を決めた。一戦一戦が修羅場であり、苦しい闘いだったはずだ。その末に掴んだオリンピックへの切符。フランスワールドカップを決めたときほどではなかったにしろ、「世界の舞台」に日本が戻ってきたことは大きな力を生み出したように思う。そして、いよいよ本大会で
「マイアミの奇跡」
は起こった。日本がブラジルに勝利するなんて、誰が考えても不可能なことだと思っていた。今でも「ゴッドファーザー」の1シーンのような集中砲火を浴びながらも全て跳ね返してみせた川口のセーブは印象深い。そんな中で手にした大金星に興奮したのは紛れもない事実だ。その影でもうすでに
「チームは崩壊していた」
なんて思いもしない中・・・
西野監督もインタビューで語っていたが、完全にチームは監督から離れ、個々がバラバラになっていた。それでも、彼らの心の中には、
「俺たちの力で日本のサッカーの歴史を塗り替えてやろう」
という「野心」が大きく存在し、
「下手なプレーはできないぞ」
という心は全員が持っていたと思う。だからこそ、Jリーグのスタートという環境の中で生み出された「野武士」のような強烈な個性と自己主張を持った集団は明らかに世界を驚かせる仕事をやってのけた。
ただ、その後、ワールドカップへと駒を進めることができた選手はほんの一握りだった。特にチームの象徴であった前園の凋落振りは見ていて「無残」に感じられるくらいのものだった。中田英のスッテップアップと比べ、あまりにも対照的ですらあった。また当時の選手たちの多くも既にJの表舞台からは去っている。川口、伊東、田中誠・・・いまだ第一線で残っているのはわずかだ。中田英寿や城も昨年現役を去っていった。
ここで考えるのは彼らが「ブラジルに勝った」というサッカー選手として最高の快感を味わったことで、
「もう俺はこのスタイルでいいんだ」
と思ってしまった選手と、
「まだまだ自分の力を磨かなければいけない」
と思った選手の2つにはっきり分かれてしまったのだろう。川口や輝を見ていると未だに自分のプレーに満足することなくプレーしているようにも思われる。逆に前園は「自分から成長することを止めてしまった」ことで伸び悩んでしまったかのように思った。特にヴェルディへ移ってからのゾノにはフリエ時代の輝きは全く見られなかったし・・・
そこで、反町ジャパンだ。今のオリンピック代表たちは技術的には、当時のアトランタ組よりもずっとずっと優れた面を持っていると思う。しかし、どうだろう、
「ゴールに向かう貪欲さ」「自分の存在を世界にアピールしようとする気持ち」
そんな面では遥かに劣っているように思える。監督の言うことに素直に従い、チームとしてまとまろうとする気持ちは必要。しかし、少し悪く言われるだけでへこんでしまうようでは、結果が出なければ
「監督が悪い」
という逃げ道を作りかねない。監督とぶつかることが素晴らしいこととは思わないが、自分たちは
「選ばれた代表」
であるという気持ちを持っていれば下手なプレーーはできないはずだ。例え、監督から批判されても、選考から外れても「なにくそ!!」と思う気持ちがなければ世界で勝つことなんざぁできないと思う。
「マイアミの奇跡」を起こしたアトランタ組は多分日本のサッカーの歴史の中に永遠に残るはずだ。その中の大半の選手にとっては人生で最高の輝きだった瞬間かもしれない。ただ、彼らの「成り上がってやろう」という熱い「野武士魂」は今の変に小さくまとまった日本代表に一番欠けているものじゃないかなあと思う。
明日は過酷なアウェイ、マレーシアでの闘い。反町監督は「熱さ・芝・弱音」を禁句にしたそうだけれど、アトランタ組の選手が聞いたら鼻で笑いそうな指示のように思える。
「随分今の代表は過保護だなあ」
って・・・感じながら。かつて更に過酷な中で、オリンピック出場すら「夢」だった時代に栄光を掴んだ彼らならそんな風に思っても当然かもしれない。でもきっと心の中では
「自分たちのできなかった夢」
を北京でかなえて欲しいって思ってることは確かだと思う。
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