鈴与清水ラブリーレディース

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昨日、富士駅を歩いていたら1枚のポスターが目にとまり、まじまじと見てしまいました。

12月の「人権週間のポスター」でボールを持った少女たちの真ん中で微笑んでいるその人は…

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半田悦子さんじゃないですか????

木岡二葉さんと共に清水第八の7連覇の中心メンバーであり、その後の鈴与清水ラブリーレディースの象徴と言っていい選手。

1996年のアトランタ五輪代表では、清水は半田さん、木岡さん、泉さんの3人を送り込んだんです。今年のなでしこフィーバーの中、元祖なでしこと言ってもいい半田さんをテレビでお見かけすることもあったのですが、静岡県のこの起用には拍手!!!

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人は絆で、強くなる。という言葉は半田さんにふさわしいと思います

現在は、常葉橘高校、女子サッカー部監督として活躍し、S級ライセンスも獲得した半田さん。後進を育てる役目となっていますが、その暖かい表情は現役時代の厳しい表情とはまた違った感じがします。

もちろん、試合になれば昔の厳しい表情となるんでしょうが(笑)

先日たまたたまチームの選手たちのランニングを自転車に乗って先導する半田さんを見掛けてちょっと微笑ましくなってしまいました。

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そんな半田悦子さんの現役時代の写真です

対戦相手がOKIウィンズっていうのも香ばしい感じですが。。。。。。

これから世界に羽ばたいていく女子選手を育てている半田さんの笑顔がこうして見られたこと、こうして清水の女子サッカーのレジェンドを起用してくれたことに感謝をしています。
 な〜んか、暑いっすねえ…

 この前の日曜日に1試合観たら今年の愛用ユニが七部袖のため、腕が変な風に日焼けしてしまいました…

 ところで、ずっと前に入手しながら紹介しそびれていた品を…

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なに???普通のPUMAのジャージにしか見えないって???

 では後ろ側を見てくらはい…

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SUZUYO SHIMIZU FCの文字が輝く!!

そう、これは鈴与清水ラブリーレディース選手使用ジャージです。
※ヤフオクで発見した一品です。

 既製品とは思いますが、チーム名の文字ははっきりと記されており、「PUMAマーク」は盛り上がった頑丈なつくりです。

 ただ、いつ頃の品かは全くわからないのですが、実は大きなヒント発見!!

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 肩の部分とパンツの部分に

17番の刺繍が!!???

 使用した選手を特定する大きなヒントになることは確かなのですが、今は、情報が少なくて困っているところです。

 そんな訳で情報求めます!!
 世間は「スポーツ」というとWBC一色ですが、まだ体調が戻らないおいらは今日注射を打たれてきました。

開幕に間に合うんだろうか??

 そんな中ですが、昔の写真が出てきました。

 1996年のLリーグの写真です。

鈴与清水ラブリーレディースvs.OKI WINDS

※両方、もうないチームなんだよな。

 当時、ひいきだった選手は半田選手、木岡選手でもなく、間違いなく、

背番号13、杉山育代選手

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でした。当然スター選手が揃っていた清水の中ではやや地味ではあったのですが、

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守備で相手に向かっていく激しさ、一所懸命さ
攻撃に移る時のスピード
が好きでした。(ルックス的にも…というのは内緒の話で…)
※関係ないですが、1月1日生まれということは知っております。

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 2005年のシーズンに大原学園に所属していたことを聞き、観に行こうと思ったのですが、当時の自分は、エスパルスのサテライトを取ってしまったのです。
 今思えば、馬鹿だった…

 今、杉山育代選手が何をしていらっしゃるのか、情報知っている方、教えてくらはい。

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 やっぱり忙しくて、キレそうになりながらも必死に仕事をした(つもり)の今日1日でしたが、明日ゲームが行われる富士陸上競技場は、取りあえず、天気回復です。

 ※朝は霧でしたが・・・

 そんな中、また貴重な資料が手に入りました。

 鈴与清水ラブリーレディース・ユニ(おそらく1996年)

 そう、これですよ、おいらの見ていたラブリーレディースのユニは!!

 背番号「2」は荒木知栄子選手(下のプレー中の写真が残っていました!!)

 青と白の縦じまですが、青の部分に「PUMA」のロゴが薄く見えて、なおかつ「Lリーグ」のワッペンが光る!!

 特に高い値段ではなく、正直「安すぎる」落札価格でしたが、

 本格的にラブリーについてまとめなきゃいけないと思った。清水の

   「消えた歴史」

をはっきりとさせなければ!!

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 さて、鈴与清水ラブリーレディースの背番号7、長峯かおり選手について・・・

写真の左側、ヘアバンドをした選手。(ちなみに隣は半田悦子選手)

 Wikipadiaからもこれだけの情報が得られます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B3%AF%E3%81%8B%E3%81%8A%E3%82%8A

 1968年6月3日生まれ(学年違いだが生まれた年は同じですな)東京都小平市出身。

 1983年に中学3年生(15歳)で日本女子代表入り。

 翌1984年10月22日のオーストラリア女子代表戦(中国・西安)で初出場。
第11回アジア競技大会(1990年)、第1回FIFA女子世界選手権大会(1991年)に出場。

 1991年に日本大学文理学部を卒業し、所属チームのない状態が8ヵ月も続いたが、母校の男子サッカー部の練習に参加しながら、代表でのプレーを続行。
その年の11月に世界選手権を戦ったあと、91年12月からイタリアの女子サッカー1部リーグ(セリエA)のレッジアーナ・ザンベッリ(ACF REGGIANA ZANBELLI) でプレー。

移籍したレッジアーナはイタリア代表が11人もいる強豪チームでしかもシーズン途中の移籍だったが最初からフル出場。

 KAZUがイタリアでプレーするのは更にこの後1994年のこと。これがどれだけすごいことか!!

1993年6月に鈴与清水FCラブリーレディースでプレーするかたわら、準指導員コースの講習にも通った。

 第12回アジア大会(1994年)第2回FIFA女子世界選手権大会(1995年)に出場。

 最後の召集となった1996年までに 日本代表として64試合に出場。代表48得点は2004年に澤穂希に抜かされるまで永らく日本女子の歴代トップの成績。

 2000年に鈴与清水FCラブリーレディースが廃部となり引退。

 そのころ公認C級指導者ライセンス(2004年の資格改正により公認B級コーチ)を取得し、2001年からJリーグの川崎フロンターレの下部組織でサッカースクールのコーチとして小学生の児童や中学生以上の女子の指導にあたり、また2004年には中学生を中心とした女子チーム「CCCフューチャーズ」を結成し監督を務めている。

とのこと。

 昨日書いたフジタ戦での力強い突破やシュートを思い出し、その実績から来る「重さ」に震えます。

 こんなに凄い選手がかつて、清水にいました。ラブリーが廃部にならなかったとしたら??

 

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